閑話 風使いは月夜に想う その四

 私の対価を貸しにするという言葉に、アシュは宙を睨んで軽く何かを考えているようだった。


「何かまずい相手に借りを作った気がするが……まあ良いだろう。じゃあ情報を貰おうか」

「ええ。……だけど、だから全ては話せない。それでも良い?」

「……そういうところは信用問題になるから仕方ないな。じゃあ言えない所はぼかしてくれ。こちらである程度推測するから」


 こういう時は互いに仕事が似ている分話が早い。傭兵の仕事は信用が第一だ。簡単に前のとは言え依頼人の情報を漏らすような傭兵には良い仕事は回ってこない。アシュはすぐに方針を決め、私に話を促した。


「では話すわね。……私がそいつに会ったのは、今から七日前のこと。ヒュムス国王都でのことよ」


 そう。私にはトキヒサの他にもう一人思い当たる奴がいた。私がクラウンに雇われてすぐ、『勇者』を襲撃するためのメンバーは下見を兼ねて現地で集まったのだ。


 私も含めて全員黒いローブとフードで素顔は分からない。だが、その際にちょっとしたいざこざがあった。幸い軽い牽制をしあうだけで済んだのだが、その時一人のローブが少しめくれて左腕が露わになった。そこにあったのは、アシュの言うように幾つかの線がくっついたような奇妙な痣だったのだ。


「左腕…………ねぇ。これまでのメンツには無かった場所だ。……これは当たりか?」

「……何?」

「あ、いや。何でもない。続けてくれ」


 アシュの呟きに妙な違和感を感じながらも、私は続きを話し始める。そいつは声の調子から男だとは分かったけれど、それ以外は不明。そしてその男には奇妙な能力があった。


 そいつは…………


「止めるって…………どんな風に?」

「……何と言えばいいのか。彼が手を伸ばすと、突然見えない何かに捕まったみたいに止まるの。そしてそいつがそこらに投げるような仕草をすると、止まっていた物も同じように飛ばされてしまう」

「……なるほどねぇ。確かに妙な能力だな」


 私はこれを見てからずっと対処法を考えているのだが、強いて言うならこちらが認識できない所からの不意打ちくらいだろうか。風属性は見えづらい物が多いので、そういう意味では相性が良い。しかし正面からではどうにも勝ち筋が見えてこない。


「その男は今も王都にいるのか?」

「…………分からない。それ以来私は会っていないから。ただ、そのメンバーの中には空属性持ちがいるからもう多分移動している可能性が高いと思う。……今のところ私が話せるのはこれくらいね」

「う~ん。他に何か特徴とか手掛かりとかはないか? これだけだとどうも……」


 確かに情報としては弱いか。これだと大した貸しにはならない。……しかしこれ以上はクラウンの方にも関わってくる。あとは……。


「……じゃあ俺からいくつか質問するから、答えられなかったら答えられないって言ってくれ。それなら言っていないから問題はないだろう?」


 アシュの言葉に私はこくりと頷く。あくまで推測なら問題ないだろう。確証はないはずだ。私はそうしてアシュの質問に時には答え、時には答えなかった。しかし流石と言うか、アシュは何らかの情報を得ていたようだった。


 周囲への警戒をしながらの長い話し合いが終わった頃には、もうすぐトキヒサとの交代の時間だった。アシュはそれなりに情報が得られたと思ったようで、「結構参考になった。確かにこれなら借り一つ分にはなるな」と言って自分の寝床に戻っていった。そしてトキヒサを起こした後に、私もまたゆっくりと眠りについたのだ。





 次の日は元凶魔のバルガスも加え、私達はダンジョンを脱出するために進み続ける。途中あの女イザスタとアシュがどうやら身内だと知ったことにはやや驚いたが、アシュが弱点になると言うよりはアシュの弱点のようだったので切り札にはなりえそうにない。……いざとなったら貸しを使って手を貸してもらおうと思ったのだが残念だ。


 トキヒサが夜中に誰かと連絡を取っていることもその日に分かったのだが、どうやら特定の相手だけにしか連絡できないようだし、トキヒサが何も言わなかったという事はそれは隠したい何かという事。無理に聞き出すことはないと言ってそのままにしておいた。


 …………何のことはない。自分も秘密を持っているのだからお互い様だ。下手に踏み込んでこちらのことに必要以上に踏み込んでくるのを避けただけ。……そう。それだけのはずだ。


 それからもトキヒサが呪われた指輪を手に入れたり、隠し部屋を見つけて入ったりと様々なことがあった。あの時隠し部屋でトキヒサが崩落に巻き込まれ、目の前で落ちていく彼を見た時は正直焦燥に駆られた。


 必死に手を伸ばしても届かない。自分も速度を上げて追いすがるが、ボーンバット達が邪魔をしてギリギリ近づけない。一体が額を掠めて血が流れた時も、焦っている私には痛みよりもただ邪魔だとしか思えなかった。


 しかしトキヒサは、なんと途中に引っかかっていた網を利用して跳ね上がるという無茶をやってのけた。さらにそのままでは落下する勢いがありすぎるという理由で、自分の落ちる先で金属性の魔法を使って爆発を起こすという無茶の重ね掛けまでもだ。


 この雇い主は無茶をしすぎる。…………もう一つ言えば、私に被害が出る可能性を考えたのか、事前に先に行くようにと私を遠ざけたことも気に入らない。ギリギリまで近くにいれば、それだけ速度等の調節が出来て危険を減らせたのだ。


 あのまま網ごと落ちていくこともあり得たし、爆風で自分が酷いダメージを受ける可能性もあった。私が手を掴めなければ、そのまま再び勢いを失くして落ちていくところだったのだ。もっと考えて行動してほしい。途中で彼が口走ったことに関しては……聞こえていたとだけ言っておく。


 その後、私はトキヒサを連れて部屋を脱出したが、そこでフードが取れて周りに私の素顔が見られてしまう。


 ……私を見た時の反応は大体予想できたものだった。いや。予想よりは大分マシな方か。最悪攻撃されてもおかしくはないと思っていたけれど、ジューネもアシュも顔色を変えていただけで敵意らしきものはあまりなさそうだった。


 私はトキヒサと二人で話し合い、自分がどういった存在なのか打ち明けた。白髪に赤い瞳。両親が別々の種族である混血。ほとんど全ての種族から忌み嫌われている禁忌の存在だと。居るだけで厄介ごとを引き寄せかねない者だと。


 全てを打ち明けて返事を聞く前に、私は安易な同情は要らないと釘を刺した。…………私は怖かったのだ。私がどんな存在なのかを知ることで、トキヒサの私に対する態度が変わることが。


 トキヒサが善人であるのは行動を見ていればすぐに分かる。こちらのことを考えて何かする可能性は高い。しかしそれは、同情からされたのでは大抵惨めになるだけなのだ。

 

 アシュ達の所に戻り、もう一度契約内容を確認する。護衛するのは変わらないが、一緒にいるのが迷惑だと思うのなら、その場合は陰から姿を見せないように護衛しても良い。私の提案にトキヒサは……一緒に行こうと普通に答えた。


 そこには特に気負った様子もなく、さも当然というかのような自然さで。そしてその理由と言うのが、自分は雇い主兼荷物持ち兼仲間だからだと言ってのけたのだ。


 これには私も唖然とした。…………私が一緒にいて得られる利点はほとんどない。むしろ厄介ごとの方が多いだろう。トキヒサはバカではあるが損得勘定が出来ないわけではないと思う。当然このことも説明を受けた時に分かっていたはずだ。それでもトキヒサは一緒に行くと言った。雇い主であり仲間として。


 そして、寝たふりをして話を聞いていたジューネも、私に向けて頭を下げたのだ。商人として客に対してとる態度ではなかったと。理由は多少妙ではあったが、それはあまり気にならなかった。


 トキヒサもジューネも、おそらくアシュも、私のことが分かってもなおまともに接してくれる。それだけで…………私は嬉しかったのだ。

 それから元ダンジョンコアのマコアと出会い、脱出後に調査隊と合流。再びのダンジョン突入など、非常に濃厚な数日間だった。





「…………色々あったなぁ」


 三つ並んだ月をぼんやりと眺めながら、私はこれまでのことをとりとめもなく思い返していた。月明かりで私や岩の影はとても長く伸び、一帯は静寂に包まれ、生き物の気配もまるでない。これから来るであろう依頼人クラウンが来るまで、ここにいるのは私ただ一人。







「…………と、油断していると思った?」


 私は突如近くの岩陰から飛来したナイフをすんでの所で回避し、飛んできた方向に向けてお返しにこっそり用意しておいた“風刃”を放った。“風刃”は岩陰に当たる直前で何かに弾かれ、そこから誰かが歩いてくる。姿を現したそいつを見た時、予想通りの顔だったことに私は軽い失望を覚えた。


「クフッ。クフフフフ。な~ぜ分かったのですかぁ? 私がここにすでに居たことに?」

「……私がここに来た時、軽く周囲の様子を探ったけれど、全く生き物の気配が感じられなかった。だけどそれはおかしいのよね。いくら近くにダンジョンがあって、こんなごつごつした岩場であったとしても、なんてあり得ないもの。……つまり、何かがあってここら一帯から皆いなくなったか、又は強力な隠蔽の魔法が使われているか。だからこれから来る相手よりも、ここに最初からいた何かに向けてずっと集中していただけよ」

「それはそれは。私の能力を知っている貴女なら、空属性でこれからやってくるであろう私に向けて注意すると思ったのですが……いやいや残念」


 そう言って嗤うクラウンを前にして、私はゆっくりと立ち上がって臨戦態勢を取る。予想の一つではあったけれど、やはり裏切られると言うのは心がささくれる。


「……さて。説明してもらいましょうか? 何故護衛である私を攻撃したのか。筋の通った答えが出来るのならね」

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