閑話 風使いは月夜に想う その六

 影の刃はいくつにも枝分かれし、十近くの数でこちらを刺し貫こうと飛び出してくる。いけないっ! 躱しきれない!! “竜巻”の発動を中止して咄嗟に後ろに飛び退くが、影の刃の内一本が左腕を掠めていく。予想通りというか何と言うか、影の刃はローブと私の皮膚を切り裂いていた。


 視線だけ動かして攻撃者を見ると、クラウンの影の中から何者かが姿を現していた。私やクラウンと同じく黒いローブを纏い、顔もフードで分からない。体格は私と同じくらいでかなり小柄。男にしては背が低いけど、一概に女と断じることも出来ない。


「くっ!? このぉっ」


 速度を重視して無詠唱で“風刃”を何者かに向けて放つが、相手はそのまま地面に潜って回避してしまう。……油断していた。まだ仲間が居たらしい。しかしあんな奴は『勇者』襲撃の時の顔合わせではいなかったはずだけど。


 何者かの潜った辺りに“風弾”を打ち込むも反応が無い。やはりもう移動したか。今のは“影造形シャドウメイク”と“潜影シャドウダイブ”。“影造形”は影に一時的に実体と形を持たせる魔法。“潜影”は影の中を水中のように潜って移動、又は隠れる魔法だ。


 両方ともある種族の種族魔法である闇属性のものだけど……一部のモンスターや特殊なスキルを持った者も使う事があるから絶対ではない。


 私の“微風”はまだ周囲一帯に作用している。しかし、流石に影の中までは探れない。つまりこの何者かは、という事になる。

 

「クフフフフ。ご紹介しますよエプリ。こちらはセプト。。本来なら事が済んだ後に貴女を始末してからという話でしたが、居なくなったのでそのまま後任になってもらいました。……まあ多少順序が違ってしまいましたが良いでしょう。どちらにしても…………ここで貴女は死ぬのですからぁ」


 相変わらず良く回る口だ。動けない状態でもペラペラと喋ってくれる。…………しかし私の後任か。周囲に“微風”による探査を行うものの、まだ影の中に潜っているらしくまるで反応が無い。“潜影”を長時間続けるのには相当量の魔力が必要なので、基本的には長期戦に持ち込むのが対応策だ。だけど。


 私は先ほど切り裂かれた左腕を見る。血が指先からぽたぽたと垂れているが、まだ感覚はある。筋を切られたわけではないのでまだ動かせる。しかし早く止血しないと体力を消費するばかりだ。長期戦はこちらも都合が悪く、だが下手に薬を取り出そうとすればその隙を突かれる可能性が高い。……我慢比べね。私は警戒を緩めず立ったまま再び近くの岩に寄り掛かる。


「…………どうしたの? この通り私は片腕を負傷している。攻めかかるなら今じゃないの?」


 一応軽く挑発をしてみるが、その言葉は空しく周りの岩場を通り過ぎていくばかり。クラウンと違って自分から姿をさらすような愚は犯さないか。私の後任だけあって中々やる。……相変わらず探査には引っかからず、どこかの影に潜んでいるみたいね。


 “潜影”には他にも制限があって、一度潜ったらその影と重なった影にしか移動できない。そしてさっき潜ったのは近くの岩の影。幸いその影はあまり周りの影と接していない。つまり、ある程度は場所が絞れる。あとはその周囲に注意を払えば良い。それにある程度身体が影から出た状態でないと他の魔法は使えないという弱点もある。


「…………ふぅ」


 私は軽く息を整え、少しでも体力の消費を抑える。血は未だ止まることなく流れ出ていて、少しずつ感覚が鈍くなっている気がする。こちらの方がこのままでは先に参ってしまう可能性が高い。………………仕方ないか。私はローブの中に手をやった。そのままゴソゴソと探っていたその時、


「……当然そう来るわよね」


 その一瞬の隙を突いて、再び影の一部が刃となって襲いかかる。その数はさっきよりも多く、速度も先ほどよりも速い。この一撃で決めに来たようね。…………だけど残念。来ると分かっていれば迎撃できる。


「……“風刃”」


 私は。長期戦を望まないのはこちらも同じ。なら、相手が来るタイミングを自分で選べる今を有効に使えば良いだけのことよ。


 ローブを対価とした“風刃”は影の刃にぶつかり、一瞬だけその動きを止める。私は力を振り絞って横っ飛びし、影の刃は全て先ほどまで私のいた岩場に突き刺さるのを横目で確認する。


 影を操っているセプトは…………居たっ!! やはり目星をつけていた場所の一つ。まさか私が避けられるとは思っていなかったらしく、僅かにだけど身体が露出した状態で動きが止まっている。叩くなら今しかない。


「……くっ!」


 私は自分に“強風”をかけ、風で無理やり崩れた体勢を立て直して踏ん張る。それを見たセプトは自分が誘い出されたことに気づき、慌てて影の中に再び潜ろうとするけど……逃がすと思うの? 私は無詠唱で“風弾”を乱射して奴に攻撃を仕掛ける。ダメージは期待していない。この一瞬だけ動きを止められればいい。


「……もう一度、“強風”」


 私は前傾姿勢を取りながらもう一度“強風”を発動する。風は一直線にセプトへと続く道となり、そのまま終着点であるセプトの動きを制限する。目標までの距離はたいして遠くない。これなら……行ける。私は自分からその風の流れに身を任せ、セプト目掛けて高速で突撃する。


「…………!?」


 奴がこちらを見て驚いている。それもそうかもしれない。私の戦い方は基本的に、相手と距離をとって風魔法で削っていくやり方だ。私のことをクラウンから聞いていたのなら、私がこんなやり方をするなんて予想もできなかったと思う。……これもあんなバカなことをする雇い主トキヒサの影響かもしれない。だけど……これもそこまで悪くはない!


 みるみるうちに縮まっていく距離。セプトは再び影に潜って回避しようと試みるが、風に囚われているので身動きがとれない。そして、遂にセプトの目前へと迫る。…………だけど一切速度は緩めない。


 私は以前戦ったあの女イザスタの動きを思い出し、半ば体当たりのようだけど掌打の構えを取る。……私にはあの女のような近接戦闘の技術も力もない。しかしこの速度で掌底を叩き込めば、ほぼ確実に相手を影の中から引きずり出して空中に打ち上げることが出来る。そうすればそこはもう私の“微風”の中だ。また影に潜る間もなく抑え込める。


「これで……決めるっ!」


 私はさながら暴風のような勢いで、渾身の一撃をセプトに放った。必殺とまでは言わないけれど、当たれば確実に流れをこちらに引き寄せる一撃。それは…………


 その一瞬、私は相手を見失って冷静さを失った。それは時間にして一秒にも満たない僅かな時間だったけれど、戦いの中では実に致命的なものだった。

 

「…………っ!?」


 そこで急に脇腹に鋭い痛みを覚える。するとそこには、


「……クフッ。クフフフフ。油断しましたねぇ。エプリ」


 “風壁”で押さえつけていたはずのクラウンがニタニタと嗤っていた。片手で血の付いたナイフを弄びながら。

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