第68話 投げっぱなし隊長

 ゴッチ隊長が軽く指を組んでこちらの言葉を待っている。と言ってもどうやって話したもんか。


「あの、説明は俺が夢の中でコアと話した時の所感とかも混じっているんですが……良いですか? あと説明とかも苦手なんで、ところどころ下手な話し方になると思うんですが」

「構いませんとも。是非話をお聞きしたい。コアと直接長い間話すなんてことは非常に珍しいですから」


 考えてみれば、ダンジョンコアと話し合いをするなんてことは珍しいのだろうか? 確かに持っている相手にしか声が届かないのだから話しづらいとは思うけど、それでもダンジョンから出るまでの間に会話位するんじゃないだろうか? もしや普通のコアは無口なのか? ……いやいや今はこっちの話だ。集中しろ俺。


「じゃあ失礼して。話した限りだとこっちのコア……いちいちこっちのって付けるのも面倒なので、前のコアを縮めてマコアって呼びますね。マコアは何度か俺に話しかけてきました。声が小さくてとぎれとぎれだったからほとんど聞き取れなかったですけど。はっきり話が出来たのは一度夢の中で話をしてからです。ちなみに直接持っていたから繋がったって言ってましたけど、他のコアも持っている人に話しかけたりとかするんでしょうか?」

「う~ん。そういったことはあまり聞きませんね。元々ダンジョンを踏破してコアを持ち帰ること自体があまり多くないですから。基本は喋らないと言うのが通説です。ただ時折声のような物が聞こえたという話を聞きますが、大半が単語というより音の類だったという話です。しかし最初はとぎれとぎれだったという事ですから、案外コアが話しかけていても気がつかなかった場合もあるのかもしれませんね」


 ゴッチさんは話しかけられても気がつかなかった可能性を指摘する。しかし誰も彼もが気がつかないなんてことがあるのだろうか? これは次にマコアと会ったら聞いてみた方が良いかもしれない。


 俺はそのまま夢の中でマコアに今のダンジョンの内情などを聞かされたこと。起きてから皆でそのことを話し合い、おそらく嘘は言っていないと判断したことなどを自分の言葉で何とか説明した。後の方はアシュさんの話とあまり変わらなかっただろうけど、ゴッチ隊長は時折気になった点を聞く以外は黙って説明に耳を傾けていた。この人かなりの聞き上手だと思う。


「あとこれはあくまで俺の感じたことなんですが、さっきアシュさんが言っていた「こっちのコアも完全に信用してくれているかって言ったら違う」という事ですけど、それは多分間違っていないと思います。だけどそれはこちらを敵視しているからというよりも、単に人を知らないからだと思うんです」

「ヒトを……知らない?」


 ゴッチ隊長はどこか不思議そうに首を傾げている。よく見ると他の人達も同じような反応だ。これはちょっと考えれば分かりそうなもんだけどな。


「他のダンジョンがどういう戦略を立てるのかは知りませんが、マコアはダンジョンマスターと一緒に一年間ずっと隠れ住んでいました。実際隠れ方も巧妙で、発見されたのはごく最近。つまり圧倒的に人と接した回数が少ないんです。唯一入ったのは今ダンジョンマスターに成り代わっている奴のみ。これじゃあ人を信用できなくて当然ですよ」

「そうですか…………するとトキヒサさんは、そのマコアさんと共闘するのは難しいとお思いですか?」

「……いえ。知らないから信用できないって言うなら、互いにこれから知っていけばいいだけだと思います。それに戦う相手は同じですから、それなりに仲良くできると思いますよ」


 と言ったものの、流石に俺も誰とも彼とも仲良くなれるとは思っていない。相性だってあるだろうし、性格の問題もあるだろう。それでも、相手のことを知ろうともせずに共闘出来ないとは言えないし言うつもりもない。……知った上で仲良くできないと言うのは仕方がないけどな。……あとゴッチ隊長もマコアって名前を使い始めた。これでほぼ通称は決まったな。


「成程。これから知っていけば……ですか。よく分かりました」


 ゴッチ隊長はそう言うと軽く目を閉じ、そのまま数秒ほど身じろぎ一つしなかった。そしてカッと目を見開くと、椅子から立ち上がってこちらを見下ろす形になった。


「…………やはり実際に会ってみないとよく分かりませんね。アシュ先生もよくおっしゃっていました。“百の噂を聞くよりも、実際に会って話す方が意味がある”と。という事で時間も時間です。さっそくダンジョンに向かってみましょう」


 えぇ~っ!? 最後は諸々ぶん投げたよこの人! 会う前に事前情報は必要だと思うんだけどな。

 

「あのっ!? それで良いんですかっ!? まだダンジョンを踏破した場合のコ……マコアの処遇とか、色々と話すことがあるのでは?」


 一瞬コアの呼び方をどうするかどもったが、ジューネが何とか止めようとする。しかしそれはかなわずゴッチ隊長は外へ飛び出していく。すぐに俺達も追いかけて外へ出ると、すでに隊長の号令で調査隊の人達が整列を完了していた。どうやら他の人達も準備は整っていたらしい。


「驚いただろ? ゴッチの奴は一見落ち着いているように見えるが意外と行動派でな。一度やるって決めたら即実行って所があるんだ。そういうとこトキヒサに似てるかもな」


 アシュさんは追いかけながらそんなことを言う。俺ってアシュさんからそういう風に見られていたのか。そこまで無茶なことはしてないつもりなんだけどなぁ。あれか? バルガスの一件か?


「それは大丈夫なんですかアシュ?」

「まあ部下を束ねる隊長としては微妙な所なんだが、部下を引っ張っていくという意味では悪くはないな。それに本当に危険だったら流石に行かないし行かせないぞ。それぐらいは心得ている奴だ」


 そうこう言っている内に、ゴッチ隊長は調査隊の人達に何か指示を出しているみたいだ。すると、指示を受けた順に素早く皆行動に移っていく。マズイ。ドンドン話が進んでいく。そして半分くらいの人が動き始めた時に、ようやく俺達はゴッチ隊長に追いついた。ゴッチ隊長もこちらに気がつく。


「ああ皆さん。先ほどは急に走り出してしまって申し訳ありませんでした。どうにも私は思い立ったら即行動してしまう悪癖があるみたいで、部下を預かる身としては直そうと思っているのですが……」


 ゴッチ隊長はどこか申し訳なさそうに頭を下げる。まだ自覚があるだけ良いと思うべきか、自覚しても直らないほど酷いと言うべきか判断に迷うな。


「いやまあ前よりはマシになったと思うぜ。少しずつは進歩してるって。……それで? もう出発するのか?」

「はいっ! そろそろ予定の時間でしたし、先生やジューネさん、トキヒサさんのお話を聞くに、そのマコアさんは話せば分かる相手と見ました。あと先生方は如何しますか? お疲れでしたらここでお休みいただいても構いませんが」


 ゴッチ隊長はどこか期待するような目で俺達…………特にアシュさんの方をチラチラと見ている。あとよくよく周りを見ると、行く準備万端の調査隊の人達も似たような感じだ。……これはアレかな? 先生に成長した自分達の姿を見てもらいたい的なものかな? 何故だかアシュさんがさっきから、学園漫画とかで時々出てくる凄腕教師みたいに見えてきた。


「そうだな。マコアに事情を説明する必要があるから、俺達の誰かは行く必要があるな。お前達の動きも見たいから俺が行きたいところだが…………」


 アシュさんはそこでジューネの方に視線を向ける。アシュさんは立場上ジューネに雇われている用心棒だもんな。ジューネの傍を長く離れるのは出来ない。……ダンジョンの時は安全を確認したうえで極々短時間離れただけだったからノーカンとする。


 それならジューネも一緒に行けば良いかというと違う。ジューネは体力的にもうかなりいっぱいいっぱいだ。テントで少しは休めていたが、まだまだ疲労の色は消えていない。こんな状態でダンジョンの探索には行かせられない。


「それじゃあ俺が行きますよ! 最初にマコアと話したのも俺ですし、向こうからすれば話しやすいと思います」

「……なら私も行くわ。一応ダンジョンの外に出たから契約は完了だけど、最低限の安全を確保するまでは付き合いましょう」


 俺が立候補すると、エプリも行くと言い出した。おう! アフターサービスもしっかりしてるよエプリ。……ホントなんでここまでしっかりした奴がクラウンみたいな悪党についたんだろうか?


「分かりました。一緒に行くのはトキヒサさんとエプリさんですね?」

「あっ!? あとボジョも一緒です。出て来いよボジョ」


 馬車での移動中からずっと俺の服の中に潜んでいたボジョが、俺の言葉に反応してにょろりと触手を服の袖から出す。なんでか今までずっと動かなかったんだよな。調査隊の人達を警戒していたっていうことでもなさそうだし、一体何なんだろうな?


「おや? トキヒサさんはテイマーでしたか? それは心強いですね」


 ボジョを見ても驚くこともなく、だけど何故かゴッチ隊長に感心されてしまった。テイマーってよくファンタジーなんかだと、モンスターの調教師がそう呼ばれるよな? 意味合いはなんとなく分かるんだけど、感心されるほど珍しいのだろうか?


「改めまして、一緒に行くのはトキヒサさんとエプリさん。そしてボジョ……くんですね」


 ウォールスライムの呼び方が分からなかったのか、一瞬言い淀んでからくんづけにするゴッチ隊長。実際スライムに雌雄はあるのだろうか? そのうち聞いてみよう。





「では各自手筈通りに。……出発っ!!」


 ゴッチ隊長の号令により、調査隊の人達が次々と隊列を組んで馬に跨り出発していく。その動きにはまるで乱れが無く、それだけみても相当高い練度があると分かる物だった。


 ダンジョンの場所はすでにある程度分かっていたらしく、今回アシュさんに更に詳しく場所を聞いたので迷うことはないという。


「…………そう言えば、俺達はどうやって追いかけるんだ? 歩いてだとダンジョンの入口までだいぶかかるぞ」


 俺がそう呟くと、残っていたゴッチ隊長と調査隊の人が俺達の前に馬を連れてきた。どうやらこれに乗っていくという事らしい。


「ちなみにお二人は馬には乗れますか? 無理なら私や隊の誰かに一緒に乗ってもらいますが?」

「俺は無理です。エプリは?」

「…………乗って走らせる程度なら何とか。だけどそのまま戦闘は多分難しいわね」


 という事なので、俺達はそれぞれ調査隊の人に同乗してもらうことに。……こっちの世界ではいずれ乗馬の練習もした方が良いかもしれない。

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