第67話 交渉事は苦手なのに

「……とまあ色々あったんだ」

「成程。そうだったんですか」


 ここはダンジョンから少し離れたところにある場所。開けていて岩が少なく、見晴らしも良いので襲撃を察知しやすい。調査隊はここに手際よく拠点となるテントを張っていった。そして張り終わると、各自忙しく道具の点検や昼食の準備を始める。


 昼食はデカい寸胴鍋で何かの肉や野菜を煮込んだもので、それを当番の人達が汗だくになりながら調理している。俺達も何か手伝おうかと思ったが、お疲れでしょうからゆっくりお休みくださいと言われてしまった。


 そうして予備のテントで休んでいると、昼食の用意が出来たという事でゴッチ隊長のテントにお呼ばれする。バルガスとラニーさんは怪我人や病人用のテントで待機だ。


 隊長のテントは他の人達の物とあまり差はなかったが、調査隊の人達が何人かで一つテントを使うのに対しこちらは隊長一人で使っているらしい。持ち運び可能な簡単な机などが置かれていて、ちょっとした部屋のようだ。


 そこで食事を一緒にご馳走になり、食べながらアシュさんとジューネによるダンジョン内で起きたことの説明がされていた。俺やエプリは所々の補足説明に留める。交渉事は苦手なんだ。地球でも“相棒”や陽菜に交渉事は任せていたからな。こっちでも得意な人にお任せしよう。


「おいおい。そんなに素直に信じて良いのか? なかなか信じづらいことを言ったと我ながら思っているけどな」

「……へっ!? だって先生がおっしゃるのですから間違いないのでしょう?」

「俺はお前の信頼度の高さが怖いよ」


 まったくだ。しかしゴッチさんはそのままおかしそうに笑いだしたので、これは冗談だとすぐに分かる。


「いやあすみません。流石に全て無条件で信じたりはしませんよ。…………しかし先生が意味のない嘘を吐くとは思えません。人をからかったりすることはよくありますけどね」

「確かに雇い主である私もよくおちょくってきますね」

「でしょう? 先生にご指導いただいていた時も、何度か訓練だと言って食事の一部にニガリ草を混ぜられました。誤って食べると凄まじい苦みで悶絶するので大変でしたよ。無事避けて食べきったらアシュ先生自身が食べることになったのはいい思い出です」


 なんかめちゃくちゃやってるなアシュさん。ゴッチ隊長も懐かしそうに語っているけど微妙に苦労してたんだなあ。ジューネも分かる分かるという風にうんうんと頷いている。肝心のアシュさんは苦笑いだ。アシュさんはもっと反省してほしい。





「という事で、私個人としては今のお話を信じます。しかしだとすると相当な大事ですね。ヒトの凶魔化にダンジョンコアの強制的な変更。そして元のダンジョンコアとの共闘ですか」

「…………あの、その前に一つよろしいですか?」


 ゴッチ隊長は口元に手を当て、そのままの状態で目を閉じて考え込む。確かに一つでも厄介なことが、ここまで一度に発生したら大事だ。そうして考えている所に、ジューネが手を挙げて質問を求めた。ゴッチ隊長のどうぞという言葉に、ジューネは軽く咳払いをして話し始める。


「これは本来先に聞いておくべきだったのですが、調査隊の皆様はどうしてこちらに? ダンジョンに挑むのは早くてももう数日はかかるという話でしたが?」

「……あぁ。やけに情報が早いと思っていましたが、出発予定もすでに耳に入っていましたか。それが急な話でして、ジューネさんは先日ヒュムス国の王都が襲撃されたことはご存じで?」

「王都が……襲撃!?」


 ジューネは驚いた顔でこちらをチラリと見る。……俺も知らなかったぞ。牢獄でのことは話していたが、跳ばされた後のことは分からないからな。どうやらあの後かなりの大事になったらしい。またあのクラウンの奴が何かしたのだろうか? ……イザスタさんやディラン看守は大丈夫かな?


「どうやら丁度ダンジョンに入ったので情報が入れ違いになったみたいですね。王都に突如凶魔の集団が現れて暴れまわったとか。人的被害もさることながら、王都に設置されていた国家間長距離移動用ゲートが破壊されたという話です」

「それは大変なことじゃないですかっ!?」

「はい。そのためヒュムス国との国交が難しくなりまして、近々一度交易都市群の各都市長が集まって会談を行うことになりました。議題はこの事態への対応について。細かい日程や会談場所まではまだ未定ですが、その前に足元の不安を解消したいとのことで、予定を繰り上げたダンジョン調査の命が下ったという訳です」


 つまりこれからビッグイベントがあるから、その前に厄介な案件を早めに片付けて来いと偉い人から言われたのか。いきなり予定を繰り上げられた方はたまったもんじゃないな。そして予定が繰り上がったのは王都が襲撃されたからで、その襲撃にクラウンが関わっていたとすれば…………あの野郎ホント碌なことをしない。


 話からすると、国家間で行き来できるゲート……よく分からないが大人数を一度に跳ばすための道具か何かかな? それを壊されたと。俺が余計イザスタさんと合流するのが遅れるじゃないか!?


「そうだったんですか」

「はい。ですので今回の情報はこちらとしても非常に助かります。なるべく早期に成果を出したいところでしたし、ある程度の危険度や構造、内容が分かれば調査がしやすいですからね。情報が正しいことを確認出来たらそれ相応の謝礼はさせていただきます。額は…………そうですね。かなり精密な地図ですし、全て正しければおおよそこのくらいで」


 そうしてゴッチ隊長は、持っていた算盤の珠をパチパチと弾くとジューネの方に提示する。……なんでゴッチ隊長も持ってるの? ここの世界は算盤の使用率が高い気がする。ちなみに「“戦いだけでなく損得勘定も出来ないと人の上には立てない”と言うのがアシュ先生の教えです」と言うのがゴッチさんの談。ホントに色々教えてんなアシュさんっ!?


 その提示された額を見て、ジューネは少し顔色を変えている。俺の方からもチラッと見えたのだが…………予想してた額の倍くらいないか?


「……相場より大分高いようですが?」

「今は情報がとても必要だったのもありますし、それだけしっかりした内容だったという事です。……まあ先生の前なので、多少気前の良いところを見せたいという気持ちも無い訳ではないですが」


 ゴッチさ~~んっ!? 前半は普通に褒めてたのに、後半で微妙に残念感が漂ってるよ。言わなきゃいいのに。ジューネやエプリもどこか困った顔でゴッチ隊長を見ている。それで肝心のアシュさんはというと、頬をポリポリと掻きながら素知らぬふりをしている。目を逸らしてもダメだと思うぞ。


「な、成程。では情報の値段交渉はここまでにして…………本題に入りましょうか」


 ジューネのその言葉に、そこにいる全員の雰囲気が引き締まる。ここからの交渉の結果如何によって、俺達のこれからの動きが大きく変わってくるのだ。できればあの野良コアにも良い知らせを持って帰ってやりたいところだが……さてどうなるか。





「まずですが、私の権限だけでは人の凶魔化やダンジョンマスターの強制的な変更という類の話には手が出せません。よってこちらの話は、近いうちに町へ戻って上に報告させていただきます。場合によってはその時の状況なども聞かれると思われるので、ダンジョンの調査が済むまでしばらくは町を拠点にして活動していただきたいのですが」

「しばらくって…………七日ぐらいですか?」

「そのくらいは見ていただけると助かります。なにぶんかなりの広さと深さを持ったダンジョンのようですからね。調査だけでもそれなりの時間が掛かりそうでして。私だけ先に町に戻ると言うのも手ですが、ダンジョンに入る以上出来れば連携なども万全の態勢で臨みたいですから」


 確かにいざ入るって時に指揮官がいなかったらマズいよな。しかも初めての場所だから、普段より慎重にいかなければならない。どうしたって時間かかるよな。


「次に、我々調査隊の目的は必ずしもダンジョンの攻略ではないことを申し上げておきます」

「それは分かってる。攻略可能であれば行うが、あくまで第一の目的は調査だろ? だから明らかに危険な場所だと分かれば即撤退するし、調査期間を過ぎてもやっぱり撤退する」

「その通りです。なので途中までの共闘であればまだしも、新しいダンジョンマスターとの戦闘までは確約できません。話を聞くとかなりの手練れのようですからね。部下達に死ぬ可能性の高い相手との戦いを強要することは出来ません」


 アシュさんの指摘にゴッチ隊長は静かに頷く。確かに調査ならそうだよな。あまり深追いをせずに安全第一と言うのはある意味好感が持てる。やはり最初に潜った奴が生還するかどうかは後々に響いてくるからな。


「しかし、途中までなら共闘は可能なのですよね?」

「はい。少なくとも渡された地図の確認と、それ以外の階層の調査が一段落するまでは可能でしょう。勿論部下達の賛同が得られればですが」

「それは仕方がありませんね。そもそもダンジョンコアとの共闘なんてものは前代未聞ですから。信用できないという人もいるでしょうね」


 まあ当然だよな。これまで戦っていたのが味方になるって言うのも変な感じだろうし、いざと言う時に信じられるかと言ったらほとんどの人は否って答えると思う。


「こっちのコアも完全に信用してくれているかって言ったら違うだろうな。…………ここから先はトキヒサ。説明は任せた」


 え~っ!? いきなりこっちに振られたよ。ゴッチ隊長はこちらをじっと見ているし、よく見たらアシュさんはこっそりこっちにサムズアップをしている。何ですかその場は暖めておいたぜ的な顔は!? ジューネもお手並み拝見ってばかりに動かないし、エプリに至っては私は関係ないわって感じで腕組みをして一人立っている。


 …………え~い交渉事は苦手だっていうのに仕方ない。こうなりゃいっちょやったるわい。俺は内心ビクビクしながら交渉事に巻き込まれた。

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