第64話 人は引っ張り、骨は押す
「…………ダメだったか」
俺はがっくりと肩を落とした。色々言ってはみたが、こればっかりは俺一人で行くわけにもいかないしな。石は俺たち皆で見つけたものだから、自分だけの意見を通すことは出来ない。ジューネがそう言うってことは自然とアシュさんもそっちに味方するだろうし、ここで仲間割れする訳にもいかない。仕方ないが諦めるしかないか。許せ野良のダンジョンコア。
「あの、何か勘違いしてませんか?」
「…………へっ!?」
ちょっぴり落ち込んでいた俺に、ジューネが不思議そうな声で言う。何だよ? こっちはしょんぼりモードだから優しくお願いします。
「私はダンジョンを出て町に向かった方が良いとは言いましたが、今すぐに売り払おうとは言っていませんよ」
「っ!?」
おや、なにやら流れが良い感じになってきたぞ。俺はその言葉を聞いてむくっと起き上がる。
「確かに長期的な視野で見れば、こちらの方が良いのかもしれません。しかし今の戦力では、たとえその石の力を合わせてもダンジョンの踏破は難しいでしょう。苦労の割に儲けにはあまりなりませんしね。なのでより確実に戦力を増やしつつ、そしてより多く儲けるために動きます」
「ちなみに具体的には?」
「簡単です。私が元々情報を売りつけようとしていた相手。このダンジョンにやってくる調査隊ですよ」
そう言えば元々ジューネ達はそのために来ていたんだよな。調査隊より先にこのダンジョンを調査して、情報代をせしめるのが目的だった。当然初見の場所に突入する調査隊なのだから、それなりの戦力を揃えているだろう。そこにこのコアを売り込むという事か。
「これまでの情報と共にこのダンジョンコアを売り込みます。調査隊にとっても利の有る話ですから、交渉自体には乗ってくる可能性が高いでしょう。後は互いにどこまで信用できるかという点ですが、そちらのコアについてはアシュも大丈夫だと言っているのでおそらく問題ありません」
う~む。アシュさんの信頼度高すぎだな。一言ああ言っただけでジューネが素直にコアの言っていることを信じたぞ。……ここまで頑張って説得しようとしていた俺の立場は? ちょっぴり涙目になりそうだ。
「後は向こうの調査隊の方ですが…………こればかりは実際に会ってみないとなんとも言えませんね。まあ何人かは知った顔もいるでしょうが、指揮官によって集団と言うのは大分変りますから」
確かに上に立つ人が誰かによって部下の動きとかも違うよな。人間関係によっても相当変わるし。
「という事で、ひとまず当初の予定通りダンジョンから出て町へ向かいます。ここまでで異論はありませんか?」
「俺は雇い主様についていくだけだぜ」
「私もダンジョンから出るまでは異存はないわ」
いつの間にか集まっていたアシュさんとエプリはそのまま同意する。早く医者に見せたいバルガスは言わずもがな。ちなみにヌーボ(触手)改めボジョは、さっきからコアや動きを止めたスケルトンをしきりに触手で撫でまわしている。うっかり溶かすとか壊すとかしないでくれよ。
「よっしゃ。それで行こう。……ただ一つだけ問題がある」
「問題? 何ですか?」
「……一つ聞くけど、このコアが何で宝箱の中に押し込められていたか分かるか?」
ジューネは少し考えるが、答えが見つからなかったようで首を横に振る。
「答えは簡単。
「……残るのはただ広いだけのダンジョン。罠と食料さえ気を付ければ踏破されてしまう。再配置しようにもこちらのコアが造った部分には手が出せない。まず
「多分な。用意が出来るまでは幽閉扱いだったんだと思う。それとあの隠し部屋に関しては、元々こっちのコアが造りかけだったらしい。造りかけだったから少し介入できたって所かな」
これであの隠し部屋の違和感の正体が分かった。違う奴が造っていたんだからちぐはぐになる訳だ。それにあそこは宝を護る部屋じゃなくて、宝を閉じ込める部屋だったんだから罠も当然多い。あのダンジョン内であればコアの修復も多少は可能だろうから、罠が少々過激になっても構わないと。
「つまり今このコアを外へ持ち出すと、中のモンスターがほとんど消える可能性がある。今消えるとコアの能力が証明できないから、その分交渉が難しくなるってことなんだ」
「……厄介なのは可能性があるという事ですね。絶対に消えるのならそれはそれで売り込み方もありますが…………」
俺とジューネは揃って頭を抱える。コアを外に出すのは避けたい。かと言ってここに置きっぱなしと言うのもマズい気がする。今のところ取り戻した護衛はスケルトン一体のみだ。これでは何かあった時に守り切れない。……一応こっちのコアにも
「ちなみにコアが外に出てモンスターが消滅した場合、その分のエネルギーはどうなるの?」
「その場合残ったダンジョンコア。つまり向こうのコアのエネルギーになるな。むざむざ相手を強化するというのは嫌だな」
エプリの質問に夢の中で聞いた話で返す。折角今は向こうが手を出せないのだから、なるべくこちらのコアで押さえておきたい。倒してエネルギーにするかそのまま制御を取り戻すかは別にしても。
「じゃあ一時的に誰かがこのコアと一緒に残って、その間に他の奴が外に出て交渉するというのはどうだ?」
「それでも良いですが、交渉がどれだけかかるか分からない以上移動の手間も考えると、場合によっては数日はかかります。流石にそれだけの期間をダンジョンに置き去りと言うのは……」
だよなぁ。自分でも言ってるうちにこれはダメだって思い始めたもんな。だとするとどうすれば……。
「…………悩んでいても仕方がありませんね。立ち止まっていても時間が過ぎていくだけですから、この件は移動しながら考えるとしましょうか。入口までは二、三時間も歩けば到着します。それまでにスケルトンに会うようでしたら戦力に加えていくということにしましょう」
そのジューネの鶴の一声で、俺達は入口目指して移動を再開した。……のだが、
「はぁ。はぁ」
肝心のジューネは歩き始めて一時間ほどでもう息も絶え絶えだ。無理もない。これまでの探索でも疲れが出ていた上に、昨日は大変だったからな。宝を見つけたばかりの時はアドレナリンがドバドバ出ていたから平気だったろうが、今は完全に反動が来ている。ハッキリ言うと全身筋肉痛だ。
身体のあちこちに湿布のような布を張り付けて、痛みで時折呻き声をあげながら歩く商人少女。…………誰得だと言うんだこんな状況。
エプリもまだ微妙に疲れが残っているようで、息切れこそ起こしていないものの動きのキレが悪い。ちなみに俺の体調はほぼ万全に戻っていた。これもアンリエッタから貰った加護による身体強化のおかげだな。身体が回復しやすいというのはそれだけで助かる。
さてここで問題だ。明らかに足取り重く疲れが溜まっている少女が一人。対してこっちは疲れのほとんど残っていない荷車の牽き手。そして荷車には外付けの追加部品があり、その部分に少女一人くらいなら乗せることが出来る。これらの情報から俺に起こる展開を予想すると、
「……まあこうなるわな」
俺はバルガスとジューネ、そして二人を護りながら周囲を警戒するボジョを乗せた荷車を力の限り牽いていた。当然ジューネの荷物である巨大リュックサックも一緒なため、合計の重量は三桁に届くんじゃないだろうか? 本当に加護で強化されていて良かった。
「大丈夫かトキヒサ? ……すまないな。ジューネまで乗っけてもらって」
「……それにしても体力があるわねアナタ。護衛する方としては助かるけど」
時々前を行くアシュさんやエプリが、歩きながらペースを落としてこちらを気遣ってくれている。ありがたいけどこっちは大丈夫だ。
「「…………」」
道中でコアが制御を取り戻したスケルトン計七体。コイツらがカタカタと骨を鳴らしながら荷車を押す姿があった。
コイツらは結構力が強いので、三体ほどに後ろから押してもらうことで大分楽になった。残りはボジョと同じように周囲の警戒をしながらついてくる。傍から見ると荷車が襲われているように見えるかもしれないな。バルガスなんか起きて後ろを見たらかなり驚いていた。そのまままた気絶した方が良かったかもしれないが、今は目を覚ましている。
これまではなるべくスケルトンに会わないルートをエプリとアシュさんが選んでいたが、今はコアが居るのだから単純に最短距離を進めばいい。出会ったスケルトンは片っ端から制御を取り戻し、むしろ戦力が強化されるという具合だ。敵が味方になるっていうのはどこか燃えるな。
「これだけいれば護衛としては何とかなるんじゃないかジューネ?」
「そうですね。……まだ不安は残りますが、向こうのコアがこの階層に手出しが出来ないのであればしばらくは大丈夫だと思います。あとはこのダンジョンに他の誰かが来た場合ですが…………スケルトンばかりで倒しても旨味が無いのにわざわざ攻撃する者もあまりいないでしょう」
ジューネは横になりながらそう話す。無理に身体を起こそうとすると痛がるので、そのままでいるようにと俺とアシュさんで説得した結果だ。
「そうだな。わざわざこんなスケルトンばかりの場所に好き好んでくる奴はそうは居ねえよ。俺もこんなことにならなければ来ることはなかったと思うぜ」
バルガスも後ろのスケルトンを気にしながら言う。まあ普通は出会って数秒でバトルの相手だもんな。それが自分のすぐ近くで黙々と荷車を押しているのだから落ち着かないか。しかしこれなら大丈夫そうだな。
『ありがとう。この調子なら何とか戦う目途が立ちそうだよ』
いきなり懐に入れているダンジョンコアから声が聞こえてきた。今は持っている相手にしか言葉を伝えられないらしいので他の人には聞こえていない。
「良かったな。だけどありがとうって言うのはまだ早いぞ。まだ交渉は始まってもいないんだから」
『分かってるよ』
知らない人が見たら独り言をぶつぶつ言っている危ない奴に見えるが、全員コアのことは知っているので何も言わない。そのまま少しコアのことやこのダンジョンのことについて話していると、先頭を行くアシュさんが声をあげた。
「もうそろそろ入口に着くぞ。ここから出たら一気に環境が変わるからな。気を付けろよ!」
いよいよか。俺のこの三日間のダンジョン生活も、遂に終わりを迎えようとしていた。
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