第63話 コアの力

「…………」


 俺のその言葉を聞いて、何故か皆唖然とした顔をした。そんなにおかしなことかな?


「あの…………本気で言ってます?」

「本気だとも。本気で一つの選択肢として提案してる」


 ジューネがおそるおそる聞いてくるので、俺は胸を張って断言してみせる。こういうのは自信満々に言った方が良いんだ。自分が出来ると信じていないのに相手に信じさせるなんて出来ないもんな。


「考えてもみろよ。コイツの言う事が本当なら、このダンジョンはコイツが……いや、コイツとコイツのマスターが造ったものだ。当然ここの構造は誰よりも熟知しているはずだ。突破するのは簡単だろう」

「簡単だろうって…………そもそもその石は自分で動けるの?」

「そりゃあ無理だ。歩くための足も飛ぶための翼も無いんだから」


 何故だろう? エプリに返した今の一言で皆からジト~っとした視線を向けられている気がする。……まあ気持ちは分かるけどな。しかしここで終わるわけにはいかない。


「それにコイツはこのダンジョンにおいて凄い力を持っている。いやあ残念だなぁ。近くにスケルトンでもいたら見せられるのになぁ」

「おっ! 丁度近くにスケルトンが一体いるようだ。折角だからわざとこちらの場所におびき寄せてみよう」


 俺が残念そうな顔をしてみると、アシュさんがそんなことを言って早速スケルトンを呼んできた。上手い具合に一体のみで、手にはボロボロの剣を一本持っている。スケルトンは俺に気づくと、カタカタと音を立てながら向かってきた。


 他の人を見ると、俺以外全員壁際に退避している。いつの間にっ!? 俺はスケルトンに対して構えを取ろうとするが、考えてみればこれはチャンスだ。コイツの能力を知ってもらえば多少は話も変わってくるだろう。


「よしっ! こいや~!」


 俺は片手に石を持ったまま、もう片方の手でちょいちょいと挑発する。それが効いたのかは知らないが、スケルトンはドンドン俺に近づいてくる。そして俺の目の前まで来ると、侵入者を排除しようとばかりにボロボロの剣を振り上げる。ここで逃げるなり反撃するのは可能だ。しかしそれでは意味がない。俺がとるべき行動は……これだっ! 


 俺は手に持ったままの石をスケルトンの前にかざした。次の瞬間、石から眩い光が放出されて周囲を照らす。静かで揺らめくような青色の光。それを浴びたスケルトンは、握っていた剣をポロリと取り落として動きを止めた。


「よおし。そのまま…………両手を上にあげろ」


 俺がそう言うと、スケルトンはゆっくりとした動きで万歳の体勢を取る。…………ふぅ。上手くいったか。


「これはいったい!?」

「…………ほう!」


 ふっふっふ。皆驚いているな。よしよし。…………まあ俺自身もちょっと驚いている。正直上手くいかなかったらこのまま一撃貰うんじゃないかとビビっていたことは内緒だ。だがそんな態度はなんとか隠しながら、当然だろという風に皆の方に振り返ってニヤリと笑ってみせる。


「この通り。このダンジョン内においてコイツが作ったモノであれば、ある程度は言う事を聞かせることが出来る。と言っても宝箱の中に押し込められて力の大半を失っているから近くの相手限定だけどな」


 これは夢の中で説明を受けたのだが、ダンジョンを乗っ取られたとはいえコイツはまだダンジョンコアだ。つまりダンジョンにおける権限はまだ残っていることになる。正確にはこれはマスターの権限だが、ダンジョンコア単騎でもそれなりのことは出来る。やろうと思えばモンスターの命令や召喚も可能という訳だ。


「…………ちょっと待って。それなら何故隠し部屋を脱出する時にスケルトンやボーンバットが襲ってきたの? 言う事を聞かせられるなら、自分が巻き添えを食わないように襲うのを控えさせると思うのだけど」

「それには理由があってさ、さっきも言ったけどコイツは宝箱に押し込められて力の大半を失っている。あの時も出来たのは精々俺に話しかけることぐらい。それも聞こえるか聞こえないかぐらいのものだった」


 実際あの状況でスケルトン達を黙らせられればあそこまで苦労はしなかったと思う。しかしあれが実は必要なことだったりする。


「コイツが力を取り戻す方法は一つ。ダンジョン内でモンスターを倒していって、それを使エネルギーを回収していくことだ。偶然だがあの隠し部屋でスケルトンを大量に倒したため、僅かだけどコイツの力が戻ったという話だ」


 と言っても作るのに使ったエネルギーがそっくりそのまま戻ってくるという事ではないらしい。もしそこまで回収できるのだったら、ダンジョンは事実上無限に近い勢いでモンスターが湧き出てくる危険スポットになっているだろう。大体だが、今のコイツがスケルトン一体を作り出すためには、スケルトンを四、五体は倒す必要があるという。


「という訳でスケルトンが来ても戦闘にならない。むしろ場合によっては戦力が強化されるという具合だ。これならどうだジューネ? 十分に俺の提案も考える余地があるんじゃないか?」


 俺一人だけの意見で周りを巻き込むのはマズいからな。出来れば皆に賛成してもらいたいところだ。特にジューネ。だが、


「そうですね…………やはりダメですね」


 うわっ!? 一蹴された。一体何故?


「確かに有能であることは認めましょう。この元ダンジョンコアが居れば、探索が大いにはかどることは間違いありません。しかしアシュが先ほども言ったように、その石が本当のことを言っているのか分からない以上信用しきれません。それに仮にその石に協力してダンジョンを踏破したとしても、それから先はどうするのですか? 元のようにダンジョンコアに戻って、そのまま私達を攻撃するという事も十分考えられますよ」

「それは……」

「まだありますよ。百歩譲って協力したとしましょう。なんとかダンジョンを踏破したとして、ダンジョンコアが私達を攻撃しなかったとしましょう。…………それで私達に何の利益がありますか? まさかダンジョンコアが二つ手に入るなんて言うんじゃないでしょうね?」


 そんなことは言わない。だってだ。そこまで行ったらもうコイツは半ば仲間みたいな関係になっていると思う。そうなったらもう売るなんて話にはならない。ジューネが言っているのは多分そういうことだろう。なんだかんだジューネも商人としては取引相手に優しい方だと思うからな。簡単にそういう事態が予想できる。


「利益か。まぁ正直に言って…………あんまりないな。ダンジョンコアも結局は一つしか手に入らないし、そのくせ苦労は並大抵じゃないときた。なにせ巧妙に隠されていたダンジョンの入口を見破り、このやたら複雑な作りの内部を潜り抜けて最深部まで辿り着いたんだから。相当な強敵だろうな」

「それならば何故?」

「決まってる。こっちのコアの方が長い目で見たら良いと思ったからだ」


 これはダンジョンコアと話していて思ったのだが、コイツは人に対して特に害意を持っていない。戦うことを好まなかったというマスターの影響を受けているのかもしれないが、こっちから仕掛けなければ多分襲ってくることはないだろう。ダンジョンの構造も、自分から侵入者をどうこうしようという類の罠はほとんどなかったしな。


 対して新しく替わった方はどうにも怪しい。普通ダンジョンコアを入れ替えるなんてするか? それによくそんな物を手に入れられたなと思う。技術として世間に出回っているのなら分かるが、ジューネ達の反応を見ているとその確率はほとんどない。


 どうにもそういう胡散臭そうな奴がダンジョンを好き勝手にするよりは、周りに迷惑かけずに引きこもっている奴の方が良い気がする。という事をジューネ達に説明すると、


「………………う~ん」


 予想以上に悩んでいる。短期的に考えればすぐに町に向かって石を売り払った方が良い。しかし新しいダンジョンマスターとダンジョンコアがどういうものか分からない以上、放っておけばドンドン状況が悪化する可能性が否定できない。勿論この石の言う事を信じるという前提の元だが。


「なあトキヒサ。その石は俺とは話は出来ないのか?」

「どうでしょう。俺は持っていたから声が聞こえたわけですが、アシュさんも持ってみますか?」

「分かった。試しにやってみよう」


 アシュにそう言われて、俺はダンジョンコアをそのまま手渡す。


「ほぅ~これが」


 アシュさんは持ってみて軽く目を閉じる。あれはイザスタさんがヌーボと話をする時の姿に似ているな。もしやアシュさんもそういう能力が?


「………………うおっ!? 何か声が聞こえてきたな。ふむふむ。成程な」


 どうやら石の方からアシュさんに話しかけているらしく、アシュさんは時折ふむふむと相槌を打ちながら俺達から少しだけ離れる。別に話の内容ぐらい聞かせてくれても良いのに。それから一分ほどしてまた戻ってきた。そして開口一番。


「多分コイツは嘘を吐いていない。トキヒサに語ったことも本当だろう。だから安心していいぞジューネ」


 と自信満々に言ってのけた。何故だろう? その言葉には妙な説得力があった。それを聞いて、ジューネはますます考えこんでいる。何か気になることでもあるのだろうか? 


 そしてしばらくの間じっとしていたかと思うと、突如声をあげて「……決めました」と呟いた。いよいよか。俺は姿勢を正してジューネの答えを待つ。ちなみに石は今度はエプリに手渡され、そのまま耳元に当てられていた。貝じゃないんだから海の音とかは聞こえないぞ。


「結論から言いますね。トキヒサさん。色々と考えたのですが…………やはり私はこのままダンジョンを出て町へ向かった方が良いと思います」


 どうやらジューネを説得することは出来なかったらしい。

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