第65話 外の世界へ
アシュさんの言葉を聞いて、俺達の勢いは格段に上がった。正確に言えば俺とジューネの勢いだ。ジューネは少し疲れが取れたと言って荷車を降り、自分の足で再び歩きはじめる。俺もいよいよ外に出られると思うと、自然と足取りも軽くなる。ジューネが降りたことで本当に重量が軽くなっているのも大きいか。
何しろ実のところ、俺はこの異世界に来て一度もまともに外に出ていない。最初はいきなり牢屋からスタートだったし、やっと出られると思いきや今度はダンジョンの中だ。ず~っと屋内だったので外への期待はとても大きい。
「……もうすぐよ。風の流れがよりはっきりとしてきたわ」
エプリの言葉にますます奮い立つ俺。額から汗をダラダラと流しながらも全く気にならない。そして歩き続けることしばらくして。
「…………見えたぞ! 外の光だ!」
アシュさんが通路の先を指さす。まだ少し距離があるようだが、かすかにだがそこには光が見えた。そして先ほどから、前方から風が吹いているのを感じる。…………間違いない。外だ!
俺達はタイミングを合わせたわけでもないのに自然と同時に走り出していた。この時ばかりはジューネも疲れを忘れて猛ダッシュだ。エプリやアシュさんも周囲を警戒しながら走る。俺はバルガスの乗った荷車を牽きながらなので他の人に比べて遅かったが、それでも負けじと走る。…………あとスケルトン達もカタカタと音を立てながら走る。何か追われているように見えるのは気のせいだろうか?
走って、走って、走りぬいた先で、遂に俺達はダンジョンの入口に到達した。そこから見えたのは……。
「…………うわぁ」
そこに広がっていたのは、荒涼とした岩場だった。よく見ればあちらこちらに砂塵が舞い、どうにも埃っぽい乾燥した風が吹いている。どことなく西部劇の舞台を思わせる景色。どこを向いてもごつごつした岩場ばかりで色気も何もない風景だが……空だけはどこまでも澄み切った青空だった。
「何か久しぶりに見た気がするなぁ。青空。…………おっと」
急に明るくなったので眩しくて目を細める。ずっと真っ暗なダンジョンの中にいたからな。しばらく目を慣らさないとダメだなこりゃ。俺はダンジョンの入口で立ち止まる。これ以上進んだらコアがダンジョンを出てしまうからな。
「まず俺とエプリの嬢ちゃんで周囲を探るから、もう少しここで待ってな」
「分かりました。…………ここで一度お別れですね」
ジューネが俺に向かって、正確に言えば俺の持っているコアに向かって言う。……そうだな。交渉がどのくらいで終わるかは分からないがしばしのお別れだ。
『短い間だったけど助かったよ。こちらでも待っている間に出来る限り戦力を集めておく』
俺は入り口付近で整列して待機しているスケルトン達を見る。確かにダンジョンを取り返すにはあれだけじゃ足りないだろうからな。今のダンジョンコアとマスターがどれだけの相手か知らないが、一度踏破されたぐらいだから相当なものだろう。戦力が多いに越したことはないな。
「分かった。こっちも交渉が成功しても失敗してもまた来るからな」
これは移動しながら決まったことだが、交渉の結果に関わらず十日程で一度ここに戻ることになっている。そのままダンジョン攻略と言う風になるかどうかは分からないが、コアは最悪の場合取り戻した手勢だけで再び戦いを挑みかねないからな。上手く交渉が進むことを祈る。
ちなみに次来た時、野良のスケルトンと間違えて戦いにならないように、互いに合言葉ならぬ合印を決めておくことにした。手勢のスケルトン達は皆身体の何処かに白い布を巻いているのだ。この布はジューネが扱っていた売り物であり、大量に渡しておいたのでそう簡単には品切れにならないだろう。ちなみにその代金(三百デン)は俺持ち。コアが金が無いからって何故に俺が? 解せぬ。
逆にこちらは腕に黒い布を巻く。元々暗いダンジョン内では色は識別しづらいのだが、スケルトン達は暗くても関係ない。布を巻いた相手は攻撃せず、コアの元に案内するようにという指令を出しておけば初対面のスケルトンでも大丈夫だろう。
「…………近くに危険な生き物は居なさそうね」
「こっちも大丈夫そうだ。ここから近くの町まで一気に行くぞ。荷車のことも考えると三時間はかかるからな。準備は良いか?」
二人の周囲の探査が終わり、いよいよ出発の時を迎える。俺はスケルトン達の一体にコアをそっと差し出した。スケルトンは恭しくそのコアを受け取って、これまたジューネから買った小さな袋に入れて首から下げる。事前にコアに確認したが、このくらいの袋なら入った状態でも周りのことが分かるらしい。これなら落としたりしないだろう。
「……じゃあ、またな」
俺はそう言って、ダンジョンの外へと歩き出した。最後に後ろを見ると、コアを受け取ったスケルトンが頭を下げていた。まるで礼を言うかのように。俺は見送りを確かに受け取って、エプリ達と一緒に外に出る。必ずまた来るからな。
俺達はアシュさんとエプリの先導の元、近くの町に向かった。道中はごつごつした岩場ばかりで荷車が進みづらかったが、幸い途中から少しずつ歩きやすい平原に変わっていった。風も埃っぽい物から、どことなく草の薫りを感じさせるものになる。ここだけ見るとちょっとしたピクニックのようにも感じるな。まだ時々岩が散見されるが、これくらいならのどかだ。
「しかし、太陽はこちらでも同じなんだなあ」
俺はようやく明るさに慣れてきた目を少し上の方に向ける。その青空には、地球とあまり変わらない太陽がさんさんとこちらを照らしている。
色合いも形も大きさも別に違わない。まあもし太陽がもう少し地球に近かったり遠かったりしたら、環境は全然違うものになっていたというらしいからな。ここの環境が地球の物と近いとすれば、こっちの太陽かそれに近い物も逆説的に地球の物に近いという事だろうか? 少し気になった。
「こちらでもって……国によって太陽の色でも違ったりするんですか?」
ジューネが俺の呟いた言葉に不思議そうな顔で反応する。……そう言えば、ジューネ達には俺の能力のことは説明したが、『勇者』のこととかは言っていなかったな。どう誤魔化したもんか。
「いや、そうじゃなくて…………そう! 暑さ! こっちでも暑いなあって思ったんだ」
「暑いですか? 今は丁度良い具合だと思いますけど。季節も丁度春ですし、風も気持ちいいですよ」
確かにそよそよと風が吹いていて、暑いというにはやや無理がある。ちなみに以前イザスタさんから聞いたのだが、この世界にも四季はあるようで、地球と同じく月日の概念がある。ただし十二月というのは同じだが、日にちだけは三十日で固定のようだ。それと週の概念もないらしく、日付を指定する時は~月の~日と言うらしい。まあ分かりやすいと言えば分かりやすいのだが、閏年とかどうなっているのだろうか?
「これで暑いって、トキヒサの出身は相当寒いところらしいな。それじゃあこれから夏になったら大変だぞ」
「いや、そうでもなくて。むしろ俺が出発した時はこっちは夏休みだったからこっちの方が暑かったというか」
うまく説明したいのだけど、下手なことを言ったら異世界云々のことも言わなければならなくなる。かと言って嘘を吐くと言うのも出来ればしたくはない。……え~いどうしたら良いんだ。俺が頭を抱えて悩んでいると、不意にエプリが鋭い声をあげる。
「…………静かにっ! 何か近づいてくるわ」
その声を聞いて前方をよく見ると、小さくだが砂ぼこりが遠くに立っているのが見える。規則的に立っていることから何かが移動しているようだ。
「そうみたいだな。あの感じだと…………人だな。それも少なくとも数十人規模だ」
アシュさんは手をひさしにして遠くを見ながら言う。ここからあそこまで結構な距離があると思うのだけどよく分かるな。視力が相当良いみたいだ。
「ここは街道からは少し離れたところにあります。商人の一団にしては通る必要性がありませんね」
「…………盗賊の類でもなさそうね。それにしてはあまりに気配を隠さなすぎだもの。あんなに砂ぼこりをたてて歩いていたら見つけてくださいと言っているようなものだわ」
商人でも盗賊でもないか。すると何だろうか? ますます分からなくなってきた。そう言っている内に、少しずつだがその謎の集団はこちらに近づいてくる。このままだとあと数分もすればぶつかるだろう。
まったく。ようやくダンジョンから出て一息つけると思ったのに、またややこしいことの気配がするよ。いつになったら真っ当に金を稼いで元の世界に戻れるのやら。
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