第52話 隠し部屋

 昼食を終え、俺達は再びダンジョンの入口に向けて移動を開始する。陣形はこれまで通りアシュさん、エプリ、ジューネ、俺、バルガス、ヌーボの順だ。俺は相変わらずバルガスとヌーボを乗せた荷車を牽いていた。


 休息を取ったばかりなのでそれぞれの士気は高い。エプリの探査も絶好調であり、探査する度にほぼ間違いのない精度で突き進んでいる。敵らしい敵にも遭わず、先にある分かれ道や通路の内容もほぼドンピシャである。


 アシュさんは真っ先に部屋に入って安全を確認し、ジューネは時折自分の持っている地図に何かを書き加えているが、この調子なら新しく地図の一つや二つ出来そうな勢いだ。バルガスの状態はまだ不安定ではあるが、少しずつ起きていられる時間も多くなってきたように感じられた。ヌーボはいつも通り荷車に乗りながら後方警戒だ。


 ダンジョンの入口まであと少し。無理やり進めば今日中にでもダンジョンを抜けられるだろうが、余裕を持って夜はどこかで休もう。この調子ならもう大丈夫だ。メンバーのほとんどにそういう雰囲気が漂ってしまったのも仕方のないことかもしれない。


 だが、だからこそ仕掛けるには今が絶好の機会だったと言える。





 状況が動いたのは、夜になったのでそろそろ最後の休息にしようと、丁度良い場所を探しながら進んでいる所だった。しかし中々丁度良い部屋が見つからず、仕方なくそのまま進み続けて夜の八時を少し回ったところだ。予定では急げば今日中にダンジョンを抜けられるということなので、もう本当に入口の近くまで進んでいると言えた。


「…………待って。そこの壁、何かあるようよ」


 いつも通り定期的に行う探査を終えると、エプリは突如そんなことを言い出した。


「!? おかしいですね。この通路は以前通ったはずですが?」


 どうやらこの通路は、ジューネとアシュさんも前に通ったことがあるらしい。ジューネは首を傾げながらエプリの見ている壁を確認する。


「……いや。どうやらエプリの嬢ちゃんの言う通りみたいだぜ。見てみな。ここに小さな取っ手がある。……どうやら特定の方向から見ないと分からないみたいだな」


 アシュさんは壁を注意深く調べて、壁の一部に数センチくらいの取っ手があるのを発見した。……本当だ。俺も試しに反対の通路から見てみると、取っ手は丁度壁の継ぎ目に重なって見えなくなっている。だまし絵みたいな壁だな。


 アシュさんが軽く取っ手を引っ張ってみると、壁の一部が横にスライドして穴が開いた。手を離すと壁は元の所に自動で戻っていく。


「取っ手を引っ張るとその間だけ穴が開くようだな。中はそれなりに広い空間になっているみたいだが…………隠し部屋の一種かね? どうする。入ってみるか?」

「当然です! ダンジョンの隠し部屋と言えば、ごくまれにしか見つからないことで有名。何のためにあるのかは諸説ありますが、私は宝の保管場所という説を支持しますよ! それに隠し部屋を見つけたとあれば、この情報の価値も一気に上がるというもの。悩む必要はありませんとも」


 アシュさんが訊ねると、ジューネは鼻息荒く目をキラキラさせてそうのたまった。……しかし隠し部屋か。ダンジョンにはお約束のものだけど、考えてみると何のために有るんだろうな?


「なぁエプリ。ジューネの言ってる説以外のやつって何があるか知ってるか?」


 ふと疑問に思って聞いてみる。本当は直接ジューネに聞くのが一番だが、あのやる気に満ちている状態に水を差すというのも何か気が引ける。アシュさんは真っ先に乗り込もうとしているジューネを抑えるので手一杯だし、バルガスは今意識を失ったばかりだ。ヌーボは意思疎通は出来ても喋ることが出来ない。となると残るのはエプリという訳だ。


「……詳しくは知らないけど、ダンジョンが出来る時の設計ミスとか、何かの事情で使われなくなったというもの。宝ではないけど何かの保管場所というもの。あとから別の誰かの手で増設されたというもの。…………あと一番厄介なのは」


 そこでエプリは言葉を言い淀む。


「…………成程な。今の反応で察しがついたよ。トラップだな?」

「そう。部屋そのものが侵入者をおびき寄せる一種の罠だという説。宝の部屋だと期待して入ったらそのまま…………と言う事も良くある話よ」


 やっぱりかぁ。ダンジョンでそんな美味い話ばかりじゃないよな。俺はアンリエッタとしたダンジョンの話を思い出す。あの時、ダンジョンの構築にはエネルギーが必要だという話だった。そしてそのエネルギーを稼ぐためには、生物をダンジョンに誘い込んで死亡させることが一番だとも。その点でこの隠し部屋は色々役に立つ。


 例えば中に宝を置いておけば、それだけで今のジューネみたいな人は誘い込まれる。そして、加えて罠の一つでも仕掛けておけば、労せずして罠に向こうから引っかかってくれるという寸法だ。つまるところ、多分諸説の内一つが正しいのではなく、いくつも正しいのだろう。


「だけど逆に考えれば、良いエサじゃないと人なんて入ってこないよな。つまり」

「宝が本物である可能性もある…………と言う事ね。どうする? 一応はアナタの判断に従うわ。もちろん傭兵の立場として言えば危険なので反対だけどね」


 さてさて。どうするか? 中には多分、いやほぼ間違いなく罠がある。道中一度も罠に逢わなかったのは、おそらくエネルギーを無駄に使わないためだろう。このやたら広いダンジョンに、適当にあちこち仕掛けてはいくら有っても足りない。俺が仮に仕掛けるとすれば、何処か特別な場所に仕掛ける。そう。例えばここのような、罠が有ると分かっていても入らざるを得ない場所に。


「……ゴメンなエプリ。エプリには悪いけど、俺も中に入ってみたい。勿論罠が有るだろうなぁとは思うけど、宝という響きにどうしようもなく心躍らせるのも事実なんだ」


 どのみち多少の危険を冒してでも金を稼がないといけないしな。宝というのは見逃せない。エプリはふんと軽く鼻を鳴らすと、そうと一言だけ言って押し黙ってしまった。……ゴメンな。ここから出たら別れる前になんか奢るから。





「それにしても、誰が残る?」


 俺達は隠し部屋の前で集まって悩んでいた。何故ならば、この部屋の入口は誰かが外で取っ手を引いている間だけ開く。中に別のスイッチなりなんなりが有るのかもしれないが、もしものためにここに一人は待機しなければならない。


「それにバルガスさんを連れて行くわけにも行きませんよ。護衛のことも考えると、引っ張る役とその間その人やバルガスさんを護衛する人が必要になります。ちなみに私は絶対行きますからね。ぜ~ったいに!」


 ジューネはさっきから凄いやる気だ。気のせいか宝と聞いて目が金の形になっている気がする。実際は決してそんなことにはなっていないのだが、なんとなくイメージとしてそういう風に見えたのだ。アシュさんはやれやれという感じに肩をすくめている。これは残れと言っても聞きそうにないな。


「となると私かアシュの二択ね…………じゃあ私が残るとするわ。私なら近づかれる前に遠距離から攻撃できるし、アシュよりも拠点防衛には向いている。引っ張る役は…………そうね。ヌーボをつけてくれる?」


 その言葉を聞いて、荷車の上に陣取っていたヌーボがもぞりと動き出す。しかし何でまたヌーボに?


「ヌーボはあまり動き回るのには向かないでしょ? ならここで護衛に専念しましょう」

「…………いや。ちょっと待ってくれ。トキヒサは罠の解除とかは出来るか?」


 これでメンバーは決まりかと思った時、ギリギリでアシュさんが待ったをかけた。俺はその言葉に首を横に振る。この世界のダンジョンは初めてだし、魔法とかが使われていたらもうお手上げだ。


「そうか……じゃあやはりエプリの嬢ちゃんが部屋に入ってくれ。俺が代わりに残るとするわ。部屋に罠が仕掛けられていた場合、嬢ちゃんの探査なら部屋の違和感とかも気が付けるかもしれないからな。解除できないんならせめてその予兆だけでも掴みたい」


 確かにこのメンバーに罠を解除できそうな人はいない。それなら事前に発動の予兆を掴めれば被害を防げるかもってことか。


「…………でもそうなると、アナタは一時的にとは言え自分の雇い主と離れることになるけど良いの?」

「それは嬢ちゃんだって同じだったろう? だがこの場合、自分の雇い主の意向に出来る限り応えるのも仕事の内だ。だから嬢ちゃんもトキヒサが行くのを止めなかったんだろ? 護ること最優先なら、トキヒサに待機を提案しただろうからな」

「……分かったわ。私が最優先で護る対象はトキヒサだけど、ジューネも一時的に護る対象にすることを約束するわ。アナタの代わりになるかどうかは分からないけどね」


 どうやら二人の話し合いは済んだらしい。護られる対象としてはどうにも落ち着かないな。ジューネの方はというと、どうやら考え事をしているようで話を聞いていなかったようだ。ようやく我に返ったかと思ったら、アシュさんがここに残るということで何やら詰め寄っている。肝心な時に居ないで何が用心棒ですか! とか、いつもいつも置いてきぼりにして! とか。まあアシュさんの言葉を聞いて少しずつ落ち着いているようだから、もう少ししたら大丈夫そうだな。


「……こっちも言いたいことはあるのだけれど、そこの所は分かっているの?」

「いや。それはその…………護衛の手間を増やしてスマン。出来る限り自分の身は自分で護るようにするから許してくれ」


 横からエプリの視線を感じた気がして、俺はもう腰を低~くして謝る。これから入るって時にこれである。……いや、これから入る時だからこそ言えるのかもしれないな。この隠し部屋に何があるか分からない以上、入った瞬間言えなくなるようなことになってもおかしくないのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る