第53話 コンセプトの違和感

 こうして俺、ジューネ、エプリの三人は、アシュさん、ヌーボ、バルガスと一時別れて隠し部屋に侵入する。一応入る前に、アシュさん達には二十分経ったら状況に関わらず戻り始めると言っておいた。帰りの時間を合わせると最大四十分だ。時間を決めておかないと危ないからな。待っている方も待たせている方も。





「そういえば、地図上でここら辺ってどうなってるんだ?」

「……丁度一部屋分の空白地帯が出来ている所ね。この分なら私じゃなくても地図を見て誰かが発見していた可能性が高いと思う」

「一部屋分ね。確かに広さはこれまで休むのに使った一部屋分くらいなんだけどな…………あと地図には縦の高さも記述した方が良さそうだぜこりゃ」


 俺達は壁沿いに話していた。これはいわゆる螺旋階段というものだろう。正確には部屋は円形ではなく四角形なのだが、壁沿いに下へと続く階段が延々と伸びている。斜度はそれほどでもないが、その分とにかく長い。


 中央にはフロアの半分近くの面積を占めるほどの巨大な穴が開いていて、暗いこともあって底が見えない。試しにコイン(石貨)を一枚落としてみると、大体四、五秒くらいしてから何か当たるような音がした。…………結構深いぞ。俺達は各自明かりを準備して下りていく。


「……これは明らかに二、三階層くらい下りてるだろ。俺とエプリが跳ばされた階層よりも下手すると深い所まで行っているんじゃないか?」

「かも、しれませんね」


 俺の何気なく言った言葉に、ジューネが息を切らせながら答える。体力ないのに無理してこんな長い階段を進むからだ。途中で引き返そうかと言ったのだが、ジューネは頑として戻ろうとはしなかった。片手にカンテラを提げ、壁に手を突きながら一歩一歩着実に進んでいく。その様子からは、ジューネがただのかよわい女の子ではないということがひしひしと伝わってくる。


 それから俺達は黙々と階段を下り続けた。聞こえるのは互いの息づかいぐらいのものだ。間違っても穴に落ちないように、足元を明かりで照らしながら。……そしておおよそ十分ほど経った頃、


「…………どうやら着いたようね」


 ようやく階段が終わり、平らな床に到達する。そこは明らかに怪しい場所だった。わざわざ部屋の中央には台座のような物が設置され、そこにはあからさまに宝箱と思われる箱が置かれている。箱のサイズは目算で直径五十センチ位。なかなかに豪奢な作りをしていて、見るからに高そうだ。


「…………罠だな」

「罠ね」

「罠ですね」


 ほぼ間違いなく罠だろう。いくら何でもこれで罠じゃなかったら逆におかしい。……しかし妙だな。このダンジョンを造った奴にしては、ここまであからさまな罠を用意するというのはどこかイメージが合わない。


「エプリ。一応周りを調べてみてくれるか? 多分宝箱に近づくか開けようとするかで発動する罠だとは思うけどな」

「もうやってるわ。…………どうやら周りの壁に僅かな風の流れが有る。仕掛けがあるのはおそらくそこね」


 俺が言う前にもうエプリは周囲を探っていたらしい。流石行動が早い。エプリはそのまま探査を続行する。


「そうか。この状況でそうくれば、考えられる手はシンプルだな。モンスターの軍勢が壁から飛び出てくるか、対生物用の殺傷力のある罠か…………水攻めとかの手もあるな。どのみちのが分かっていればやりようはあるか」


 俺は手元に貯金箱を呼び出して周りの査定を開始する。大半はただの壁と表示されるが、いくつかの場所に壁(罠有り)と反応がある。よしよし。ここだな。


「な、なんなんですかトキヒサさんそれは!? どこから出したんですか!?」


 そう言えばジューネに見せるのは初めてだったな。しかし今はあまり説明する時間がないので、あとで説明すると誤魔化しておく。…………よし、反応があったのは全部で五か所か。ここから何か出てくる可能性が高いな。反応の有った場所に簡単な印を付けておく。


「ジューネ。一つ聞くけど、そのリュックサックの中に網みたいなものは無いか? 出来れば頑丈で簡単に破れないのが五枚以上あるとありがたいんだけど」

「なんですか急に? …………まあ有りますけど。ただし売り物ですよ」


 こんな時にも金とるんかいっ! というツッコミを飲みこみ、俺は網五枚を購入する。ちなみに全部で千デンとかなり値が張る。トリックスパイダーという珍しい蜘蛛の出す糸で編まれた物らしく、高い柔軟性と丈夫さが売りだそうだ。いや、そこまで凄い物じゃなくても良かったんだけどな。俺はその網をそれぞれ壁の反応があった場所に設置する。壁に貼り付けるようにしているので、もしここから何か出てきても上手くいけば引っかかって進みが遅くなるはずだ。


「…………大体調べ終わったけど、壁にはもう仕掛らしきものは無さそうよ。あとはあの台座と宝箱だけど、そっちは準備は良い?」

「ああ。ちょっと待ってな。あとはこの網を仕掛け終われば…………よし。出来上がり。それじゃ残るはあの台座と箱だな。どれどれ」


 こんな時、あってよかった貯金箱ってね。俺は査定の光を台座と箱に当てる。台座の方は…………特に反応なし。これはあくまで装飾らしい。あと本命の宝箱の方だけど。


 宝箱(内容物有り。罠有り)

 査定額 六百デン+???

 内訳

 宝箱 六百デン

 ??? ???(買取不可)


 …………これはまた妙な感じの結果だな。宝箱に罠が有ると言うのは予想できたことだから驚かない。内容物が???なのは昨日の箱の例もあるから分かる。多分外から観測できない物は???になるんだろう。しかしそれにしてはなのはどういう事だ? 


「…………どう? 何か分かった?」

「それが、やっぱり宝箱に罠が有るみたいだ。罠の種類までは分からないけどな」


 しかしここは何かおかしい。宝の部屋に罠を仕掛けるのは道理だ。しかしそれにしたって、侵入者を倒して得られるエネルギーと、この罠及び宝を用意する手間暇が釣り合うのか不明だ。


 それにまずこのダンジョンのコンセプトと合わない。人を来させないための場所に、わざわざ人を集めるための宝の部屋を造るだろうか? どうにも造り手の意図がチグハグだ。…………おっと。また考え込みそうになった。エプリやジューネがどうしたのかというようにこちらを見ている。


「ゴメン。考え事をしてた。とりあえず罠の解除は難しそうなので、箱に触るか開けるかした瞬間罠が作動すると思う」

「ではどうするんですか? このまま宝を目の前にしてみすみす戻ると言うのはどうも……」


 ジューネは未練たらたらに言う。それはそうだろう。朝の青い鳥の羽に続いて二度目だもんな。商人としてはたまったもんじゃないだろう。だが、


「勘違いしないように。諦めるなんて言ってないぞ」


 そう。確かに俺は罠の解除などは出来ない。箱を開けたら中から何か飛び出してくるとか、周りの壁からモンスターの集団が襲い掛かってくる可能性は十分ある。ならば、


「箱に触ったら危ないって言うなら、持ち帰れば良いだけのことだ」

「そんなことどうやって…………いや、その手が有ったわね」


 エプリは気が付いたみたいだな。ジューネは訳が分からないのかきょとんとしている。つまり、


 唯一気にかかるのは、中身の部分だけが買取不可だったということ。つまり箱を換金した場合、中身だけが外に放り出されることになるのだろうか? それとも箱ごと消えてしまうけれど、その分の金は入らずじまいと言う事なのだろうか? …………考えていても仕方ないか。アシュさんの所に戻る時間も迫っているし、やるなら早い方が良さそうだ。





「ジューネ。あのな、実は秘密にしてほしいことが有るんだが」


 これからやることをざっと説明すると、案の定ジューネは訝しむような顔をする。それはそうだ。いきなりそんなことを言っても信じられないだろう。なので、実際に適当なものに『万物換金』の能力を使ってみせる。そうしたら、


「トキヒサさんっ! 私、貴方とお知り合いになれて良かったですっ!」


 まさに喜色満面とでもいうような輝かんばかりの笑顔をこちらに見せてくる。……笑顔は良いのだが、気のせいかまたもや目が金マークになっている気がする。デカい儲け話を見つけたとでもいうような顔だ。出来れば教えたくなかったのだけど、こうでもしないと罠に確実に引っかかるからな。情報には価値があるって豪語するような奴だから、そうそうあちこちに触れ回るようなことはしないと思うけれど…………しないよな?


「任せてください。トキヒサさんの秘密は誰にも話しませんとも。…………適性な価値を付けてくれる人が来るまでは」


 後ろのセリフはボソッと言ってたけど、聞こえてるぞ。……ここは宝を諦めて撤退した方が良かったかもしれん。大金を積まれたら誰かにポロッと話しそうな気がする。大丈夫かな?


「内密で頼むな。そういう訳だから、ジューネとエプリは階段のところまで下がっていてほしい。換金したら一目散に脱出するからな」


 直接触れなくても、何か他の罠が発動する可能性もあるからな。出来れば離れていてほしいのだけど。


「……いえ。私はアナタとジューネの中間に待機するわ。いざと言う時にどちらにも対処できるようにね」


 成程。道理だ。エプリはジューネの護衛も頼まれているからな。両方を護らないといけない。


「分かった。だけどいざとなったらジューネの方を優先して護ってくれよ。俺の方がまだ一人でも何とかなると思う」

「私からすればどちらもそこまでの差はないけどね」


 失礼な。知識ではともかく、流石に体力面ではジューネより俺の方が上だぞ。……さぁてと。それじゃあ早速取り掛かるとするか。出来れば罠が作動しない方が良いけど……この流れだと無理だろうなぁ。

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