第51話 約束

 俺とエプリはそれぞれ壁にもたれかかるように座った。アシュさんやジューネとは少し距離があるので会話の内容は聞こえないはずだ。


「それで? 何の話だ?」

「……そろそろ良い頃合いだと思ってね。このダンジョンから出たらどうするか話しておこうと思って」


 俺の問いかけに、エプリはそう切り出した。……やっぱりか。ダンジョンから出る目途が立ってきたし、そろそろ言ってくる頃じゃないかと思ってた。


「…………ここから出たら、私はクラウンと連絡をとって合流する。アナタとの契約はそこで終了することになるわ」

「……そっか」


 予想以上に単刀直入な言葉に、俺もついぶっきらぼうに返事をしてしまう。


「半金は既に貰ったからいいとして、残りの半分、このダンジョンで手に入れた物を売った分の二割だけど…………その分はいずれ請求するから準備しておいて」

「……それを手に入れるまでは一緒に行けないのか?」


 ではなく。ついそう漏らしてしまったのは……何故だろうな。何だかんだで頼りになったし、パートナーとしてはとても良い奴だった。第一印象は悪かったけど、これからも一緒に行きたいと自分でも思っていたらしい。俺のその言葉に、エプリはゆっくりと首を横に振る。


「元々あちらの方が先の依頼主だもの。あちらを優先するのが筋でしょう。……その件に片が付いたら、アナタから半金を貰いに行くから」


 そうだよなぁ。いくら依頼主が性格悪くて変な笑い方してちょ~っとだけ俺より背が高いからと言っても、順番は順番だ。プロとしてはそこは妥協してはいけないのだろう。


「……でもまずはここから出てからの話。雇われた以上、アナタは必ず脱出させてみせる。その点は心配しなくても良いわ。…………それと、これを渡しておく」


 そこで急に、エプリは何か懐から珠のような物を取り出して俺に差し出してきた。この珠……なんか見覚えがあるような。


「…………それって! ジューネにタダにしてもらってた品だよな?」


 思い出した! 以前俺がジューネからあの箱を買った時、エプリがこの珠を貰ってたんだった。結局あの時それが何なのか聞けなかったんだよな。


「……前に私が空属性について言ったことを憶えてる? ダンジョン内では基本的に空属性やそれに類するスキルは使用不能だって。あれは実は正確じゃない。ダンジョンの中から外へ、あるいは外から中への移動は難しいけど、ダンジョン内の移動はそれなりに出来るの。そして私は空属性は使えないけど、これで代用するわ」


 そう言われるとこの珠はとてもすごい物だと感じられる。見た目はただのピンポン玉くらいの黒っぽい珠なのにな。


「これは転移珠と言って、空属性の転移を一度だけ使えるようになる道具なの。かなり希少で値も張るのだけど、いざと言う時に持っていて損はないわ」


 そんな希少なもんをタダにしてもらってたんかいっ!! 約束とは言えジューネからしたら良く元が取れたな。……案外それが選ばれるなんて思ってなかったりして。


「……ごく最近出回り始めた物だから、私が知らないって思っていたんでしょうね。それを選んだら微妙に困った顔をしていたわ。約束は約束だから構わず貰ったけど」


 当たってたよ。俺は心の中でツイていなかったジューネに合掌する。


「使い方は簡単。これを手に持って、跳んでいきたい場所か人を頭に思い浮かべながら魔力を注ぎ込めばいい。そこに到達できるだけの魔力が入った時点で自動的に発動するから制御も要らないわ」


 なんとお手軽。この珠がそんな力を持っているとは驚きだ。使い方が簡単なのも実に良い。適当に簡単な魔法を使う感じで握れば良いのか。……しかし、


「なぁ? 使い方は分かったけど、空属性って相手の距離とかによって必要な魔力の量が違うんだろ? しかもかなり多く必要だって聞いたぞ。俺にも使えるのかな?」

「……その点はおそらく大丈夫」


 エプリは問題ないというように軽く頷く。何でも、これまでの脱出行の中でざっと見立てたところ、俺の魔力はそこそこ多い方らしい。……魔力の元である魔素はそこら中にあっても、それを自分用の魔力に変換するのは時間が掛かる。魔力が多いというのは、この場合最大貯蓄量と現在の所有魔力が多いという事を指す。説明によると、相手が余程遠くに居ない限り一、二度程度なら問題なく使えるという。


「問題は他の魔法に回すだけの魔力が残るかという点だけど…………金属性はあまり関係はないわね」


 そうなのだ。金属性は使う魔力が他の属性に比べて極端に少ない。それは魔力の代わりに現物である金そのものを消費しているから…………決して嬉しくなんかないぞ。俺の場合は“適性昇華”によって使う魔力量は少し増えているかもしれないが、それでも相当少ないと思う。


「…………でも何でそんな希少な物を俺に? 自分で持っていた方が良いんじゃないか?」

「……ダンジョン内でこれを使うような事態になるとすれば、強力なモンスターの襲撃を受けて逃げる時か集団と離れて一人孤立した時くらいよ。どちらにせよ私よりもアナタがそうなった時の方が危ないわ。だからアナタに渡しておく。その方が護り切れる可能性が増えるでしょ」


 正論である。確かにエプリなら大抵の状態になっても一人で生還できそうだ。それを考えると俺に持たせた方が正しいというのは納得できる。ただ、


「ちょっと聞いて良いかエプリ。……何でそんなにも俺を護ろうとするんだ?」

「何を今更なことを……契約だからに決まっているでしょう」

「契約だからってだけにしては、ちょっと度が過ぎている気がするけどな」


 素っ気なく返すエプリに、俺は一つずつ推測したことをぶつけていく。と言っても責めるような言い方ではなく、ただ単に何故かという疑問からだった。それが後々にどんな影響を与えるかも考えずに。






「まず最初に気になったのは、バルガスがゴリラ凶魔になって暴れていた所に初めて出くわした時だ。あの時エプリは先に部屋に入っていたけど、俺に来るなって言ったっきりゴリラ凶魔と対峙していたよな。すぐに逃げるって手もあっただろうにそうしなかった。あれは下手に逃げたら追いかけられて、って思ったからじゃないのか? 結局あの後俺が部屋に突入したからなし崩し的に戦うことになったけど、そうじゃなかったらお前ひとりで戦うつもりじゃなかったか?」


 俺の言葉にエプリは何も言わない。


「沈黙は消極的な肯定って受け取るぜ。……次に気になったのはバルガスが目を覚ますのを待つ間、ジューネから一緒に行くかって誘われた時だ。俺が契約を解除しようかって言った時、エプリは傭兵としての沽券にかかわるからって断ったよな? あれも良く考えるとおかしいんだ。この場合契約者自身が打ち切ろうとしているんだから、何かあったとしてもあくまで責任は俺の方にある。だから沽券も何も考える必要はなかったんだ。目撃者ジューネもいたから正当性の方は証言できただろうしな」


 やはりエプリは何も言わず、黙って俺の話に耳を傾けていた。そのフードの下はどんな表情になっているのかは分からない。


「そして今の一件だ。ジューネが困った顔をしたってことは相当値が張る品だろ? いくら護衛対象を護るためとはいえ、そんな貴重な物を普通に渡したりはしないだろう。それももうすぐ契約が切れて別れる相手にだ。…………ここまで重なったら俺にも分かるよ。エプリが俺を護ろうとしているのは、単に契約だからってだけじゃなさそうだって」


 そう言い終わると、俺は一度黙ってエプリの方を見る。何故エプリがここまで俺のことを護ろうとするのかは分からない。接点は牢獄であった時が最初のはずだし、初対面の互いの印象はほぼ最悪に近いモノだった。このダンジョンに一緒に跳ばされてきた時も、いきなり俺を殺そうとしてきたぐらいだ。特に好感度が上がるようなことをした記憶もない。


 …………もしやあれか? どさくさで言った愛の告白にもとれる言葉で好感度が上がってしまったとか? いやいやそれはないだろう。あの後エプリ自身が冗談で流していたのだ。しかしそれ以外に何か好感度が上がることなんて……。


「…………ふぅ」


 エプリは軽くため息を吐いてこちらを見返す。フードからちらりと見えるルビーのような緋色の瞳。視線は空中で交差し、俺達は互いに見つめあう。………………先に根負けしたのは俺の方だった。視線を逸らし、どこを見るでもなくぼんやりと虚空を眺めながら傍らのエプリに問いかける。


「俺はそこまで護ってもらうほどお前に何かした覚えはないんだよな。恨まれる覚えなら結構あるけど。だから知りたいんだ。…………教えてくれないか?」

「……別に話す必要はないわね。これはただ契約でやっているだけのことなんだから。……こちらの用は済んだから、ちょっとアシュとこれからの道のりについて確認してくるわ」


 エプリはそう言って立ち上がり、フードの位置を確認するとアシュさんの方へスタスタと歩き出した。聞き方を間違えたかな? 個人的に何か話したくないことがあるのかもしれない。これ以上は踏み込むのは無理か。俺がそう考えていると、エプリが急に足を止めてそのままの体勢でポツリと話す。


「………………無事にアナタをダンジョンから脱出させたら、そのことについて少しだけ話すわ。このまま行ってまた同じようなことを聞かれても面倒だしね」


 そう言い終わると、今度こそエプリは歩き出す。俺はその背中に向かって「分かった! 約束だぞ!」と声をかけた。……きっとエプリにもしっかりと届いていたのだろう。彼女は振り向くことはしなかったけれど、そのフードは微かに、だけどハッキリと頷いたように動いていたのだから。

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