第50話 進むべきか、休むべきか

 その日の移動は終始順調に進んだ。……順調すぎたと言っても良かった。道中巡回のスケルトンはことごとくエプリの探査によって回避し、一度だけどうしてもぶつかる所では、アシュさんが一人でスケルトン数体を撃破する。しかもわざわざダンジョン用核の部分を傷つけないという器用なやり方でだ。正直に言って俺やヌーボの出番は一切なかった。強いて言うならバルガスを運ぶのが仕事か?


「困りましたね。このまま行くとダンジョンを出るころには丁度真夜中です」


 しかし順調すぎたのが仇となった。昼頃に俺達は途中の部屋で、昼食の用意をしながらこれからのことについて悩んでいた。


 ちなみに今回の昼食は、いつもの保存食に加えて野菜たっぷりのスープ。たまには温かい物を食べないと調子が悪くなると言う事で、全員分のスープをまとめて作っているのだ。俺達の分はジューネが奢ってくれるのでありがたい。ジューネの用意した鍋に材料を投入し、今は火にかけてスープが出来上がるのを待っている。


 今回は通路にそれぞれ簡単な罠を張っているので、全員集まった上で相談が出来る。まあ最低限の警戒はアシュさんもエプリもしているようだが。


「そのままダンジョンを出ても、一番近くの町までしばらくかかる。夜中に進むのは出来れば避けたいんだがな」


 成程。予想よりペースが速すぎるという事か。元々は明日の朝ダンジョンを出る予定だったからな。そこから歩いて数時間であれば町に付くのは昼過ぎ。休憩をはさみながら行っても夕方までには充分辿り着くっていう訳だ。……ペースが速すぎるというのも考え物だな。


「とりあえず選択肢は二つですね。一つ目はこのままのペースで進んでダンジョンを出て、夜通し歩いて町まで向かう。二つ目は少し休みを取りながらペースを落とし、明日の朝頃にダンジョンを出るように調整する。皆様の意見を聞きたいのですが」


 ジューネは簡単にこれからの予定をまとめる。しかしどうするか。


「まず私の意見から言わせてもらえば、私はこのままのペースで良いと思いますよ」


 口火を切ったのはジューネだった。


「私の意見はシンプルですよ。情報の価値は時間が経てば経つほど下がっていく。多少無理してでも急ぐに越したことはありません。故にペースは落とさずこのまま行きたいと考えます」


 これは商人としての意見だな。儲けと安全を天秤にかけた上で急ぐことを選択している。言い終わると、ジューネはそのまま話を促すようにこちらを見てくる。こっちの意見を待っているのか? 


「俺は…………そうだな。俺もペースはこのままの方が良いと思う」


 俺は少し悩んだが、顔を上げてそう話し出した。


「ちなみに何故ですか?」

「確かに夜間に移動するのが危険だって言うのは分かってる。でもバルガスの身体が問題だ」


 今日の朝からまた出発したのだが、バルガスはどうやら凶魔化の副作用らしく身体の衰弱が激しい。自分で動こうとするとふらつくようで、まだ俺が荷車で運んでいる。今もまた眠っているが、時折眠りながらうなされているようだ。なにぶん凶魔化なんて事例がほとんど知られていない以上、なるべく早く医者なりなんなりに見せた方が良いと思う。ということをジューネ達に説明する。


「それに単純な危険度で言えばこっちの方がおそらく上だ。いくらモンスター自体はそこまで強くないとは言え、ここはダンジョンだということを考えると長居はしない方が良いんじゃないか?」


 これは俺のこのダンジョンに対する勝手な考えなのだが、どうにも妙な感じがするのだ。そこまで強くないモンスターに、ただやたらと広く長いこのダンジョンの構造。これだけなら人に入る気を起こさせないための配置だ。なのだが……このまま長くいると何か嫌な予感がする。


「分かりました。ではエプリさんはどう思われますか?」


 ここまでですでに二人の賛成。眠っているバルガスや話せないヌーボ(触手)を除くと、ここにいる半分が賛成をしたことになる。多数決ならもう半ば決まったようなものだ。それでも律義に全員に聞こうとするのは、ジューネの気質によるものだろうか? エプリは通路を見張りながらこちらに近づいてきた。


「…………私はペースを落とした方が良いと思う。賛成のアナタ達には悪いけどね」


 ここで初めて反対の意見が出た。


「……多分アシュも気付いていると思うけど、このまま進み続けるのは難しいと思うわ。だって……アナタ達もバルガスほどではないにしても相当疲れが溜まっているもの。もちろん私も」


 エプリによると、ここまで戦闘はなるべく避けてはいたとはいえ、ただ進むだけで体力は消費していく。特に元々体力のやや少ないジューネと、バルガスを常時運んでいた俺は今の時点でややペースが落ち始めているという。いくら加護で体力が大きく上がっている俺でも、ほとんど一日中荷車を引いていれば疲れが出ていたらしい。エプリ自身も連続で探査していることから、集中力が落ちているのを感じていたという。


「今の時点でまだたっぷり余力があるのはアシュぐらいのもの。だけど、一人だけではもしもの事態になった時に対処できない可能性もある。だからペースを落として、少しずつでも休息を挟んだ方が遠回りだけど安全だと思う」

「俺もその意見に同感だな」


 エプリの意見にアシュさんも賛成する。おっと。これで意見が二対二になったぞ。


「用心棒としては護衛対象の体調も考えなきゃならん。……隠していてもダメだぞ雇い主様よ。軟膏で誤魔化してはいるが、もう足に相当きてるだろ。元々体力はそこまでないのに、ここまで無理に歩き続けりゃそうなるわな」


 その言葉でジューネの足を注意深く見ると、ほんのわずかだが小刻みにプルプルと震えている。そういえば昨日休息をとった時もジューネが一番疲労していた。……しまった。俺は少しだけ疲れづらい体質になっているようだから一晩休めば回復するのだが、普通はこんな強行軍をして一晩休めば全快なんてことはあんまりない。更に言えばここはダンジョンだ。満足な休息なんて取れない状態で、ジューネが平気な顔をして歩き続けているということがまずおかしかった。


「へ、平気ですよこれくらい。今でもまだこんなに元気で……あわっ!」


 ジューネは自分がまだまだ動けることを証明しようと軽くジャンプをしてみせるが、その着地の時に軽くバランスを崩して倒れそうになってしまう。咄嗟にアシュさんが受け止めるが、ジューネは顔を赤くしている。……恥ずかしかったらしい。


「ほれ見ろ。痛み止めと疲労回復の薬を併用しているようだが、それでも回復しきれないレベルで疲れが出ているじゃないか。エプリの嬢ちゃんが言わなければ俺が言うつもりだったが、ペースを落とした方が賢明だぜ」


 うぅ~っとジューネは唸りながら虚空を睨んでいるが、今無理やりに進んでもかなりキツイと言う事が自分でも分かっているようだった。分かっていなければもっと反論するはずだ。


「無論ダンジョンに長くいることの危険性とかも分かっている。だが自分で動けない奴を護りながら行くよりも、自分で動けるようになるまで待ってから行く方がこのダンジョンではやりやすいと思う」


 アシュさんの言う事ももっともだ。バルガスの身体のことを考えると急いだ方が良いのは間違いない。しかし、ここで無理に進んでも途中でどのみちペースを落とさざるを得ないか。……仕方ない。


「…………分かりました。俺も意見をペースを落とす側に変更します。ジューネがそこまで疲れているのにこのまま行くっていうのもマズイですしね」

「すまねぇな。じゃあという訳で、昼食を食ったらちょいと長めの休息をとる。そのあとまた出発して、夜にもう一度休憩。あとは明日の早朝にまた出発して、そのままダンジョンを出て最寄りの町まで休まず進むという予定だ。なるべくお前さんの意見に沿うようにしたつもりだが……何か問題あるか?」


 アシュさんは俺に一言謝ると、ジューネに向けてちゃんと確認を取る。ジューネはまだ少し諦めきれない様子だったが、アシュさんの言っていることが正論だと分かっているからこそ何も言わずうんと頷く。


「そんな顔してないで、そうと決まったら少しでも身体を休めておきな。今度はこそこそじゃなく堂々と薬を使っておけよ。お前さん達もだ。ここで疲れをなるべく残さないように頼むぜ。…………ほらっ。スープも出来たぞ」


 アシュさんはテキパキと昼食の用意を整え、器にスープをよそって俺達に配っていく。その手際がとてもスムーズなので、つい俺は手慣れてますねと声をかける。


「まあな。一応一通りのことは一人で出来るように練習したんだ。…………世話焼きで構いたがりの身内から逃げるためでもあったけどな」


 少し暗い顔をしながらそうアシュさんは語る。……昔のアシュさんとイザスタさんの関係がかなり気になる所だ。





 ちなみに昼食を食べた後、各自にジューネが使っていたのと同じ薬が配られた。塗り薬だったので試しに手足に塗ってみたら、身体が少し軽くなった気がする。即効性あるなこの薬。


「……薬は有料ですからね。使った分はダンジョンを出てから請求しますからそのつもりで」


 これはただじゃないのかよっ! 滅茶苦茶高かったらどうしよう。悩みながらもそれぞれ思い思いの場所で休んでいた時。


「ねぇ。……ちょっといい?」


 エプリが急に話しかけてきた。他の人はそれぞれ別のことをしている。どうやら二人だけで話があるようだ。……何だろうな?

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