第49話 一緒に行こう

「つまり、アシュさんの知り合いにこの指輪の呪いを解呪できる人が居るんですね?」

「本当に大丈夫ですかアシュ? ただの呪いじゃないんですよ。特大ですよ特大! 並の術者では解呪しようとしただけで逆に呪いを受けるランクですよ! それにそれだけの術者となると相当の依頼料も発生します」


 驚いて俺やジューネが口々にそう言う中で、アシュさんは大丈夫だと胸を叩く。


「俺が知っている中で解呪できそうな人は二人いるけど、どちらも実力的には心配ない。それに依頼料の方も俺が頼めば多分心配いらない」


 おお二人も!! それにこの自信たっぷりの態度。これなら期待できそうだ。


「しかしアシュ。いつの間にそんな凄い人物と知り合いに? 少なくとも私と一緒に行動していた時には、そんな人が居るなんて一言も聞いたことがありませんが?」

「あぁ。それな……」


 そこでアシュさんは一度言葉を切ると、どこか言いづらそうに口をもごもごさせて視線を泳がせた。


「……アシュ?」


 ジューネが無言でじ~っとアシュさんを見つめる。……よく見たらどさくさでエプリも一緒になって見つめている。フードではっきりとは分からないがきっとそうだ。必死で目を逸らそうとするアシュさんだが、少女の視線は時として男の隠そうとする心を容赦なく刺し貫く凶器になる。遂に耐えられなくなったのか、アシュさんは両手を挙げて大きく息を吐いた。


「分かった。分かったよ。だからそうじ~っと二人がかりで俺を見るなって。……正直言うとな、今回みたいな非常時じゃない限りは接触は避けてるんだよ。色々あってな。……深くは聞くなよ」


 アシュさんが真面目な顔をして言うので、俺達は一様にうんうんと頷く。誰だって言いたくないことの一つや二つはある。聞く必要のないのに無理に聞くこともない。


「それに伝手はあっても行くまでが一苦労だ。一人はまだ交易都市群の何処かだが、もう一人は魔族の国デムニス国だ。このメンツで行ったら場合によっては袋叩きに遭うかもよ」


 確かに魔族とヒト種は仲が悪いというのはファンタジーのお約束だ。実際仲が悪いというかヒト種から見れば不倶戴天の敵らしく、ここ数十年は停戦状態ではあるもののいつ戦いになってもおかしくないという。魔族側からすればまだ比較的敵意は少ないのだが、それでもヒト種だからと言う理由で絡まれることは多々あるというのは以前のイザスタさんの言だ。


「変装するという手もありますが…………ふとした拍子にバレることも充分考えられますね。とするとデムニス国へ行くのはあまり現実的ではありませんか。もう一つ伝手があるのならそちらの方が良さそうです」


 だよなぁ。交易都市群って言うくらいだから交易をしてる訳で、交易をしてるんなら人も多いんだろうな。それなら解呪出来た後で売る相手にも困らなそうだし、色々と情報も集まりそうだ。あと足も調達できればイザスタさんとも合流できるかもしれない。





「よし。そんじゃあここから出たら、俺の伝手を頼って交易都市群の方に行くとしますか!! …………ところでこの箱はどうする? ぶっちゃけた話、ジューネがトキヒサから一度全部買い取って終わりにするっていうのもアリだと思うぜ?」

「そうですよトキヒサさん。バルガスさんのことはお任せするにしても、無理に解呪にまで同行することはありません。時間もかかるでしょうし、金額の相談は一度ダンジョンを出てからとしても、それからは別行動で良いのですよ?」


 確かにここで、羽やら指輪やらのことを全てジューネ達に丸投げするのも一つの手だ。指輪の値が何処まで付くのかは分からないが、金だけ貰えばあとは自由の身。少なくとも数万デン以上は儲かるのは確実だし、それだけあれば当座の資金としては充分だ。その資金を基に金策をするのも良し。ひとまずヒュムス国に戻るために使うのも良し。だけど…………。


「いや。俺もこのまま一緒に行っていいかな?」

「何故です? お金のことなら相応の額をご用意しますよ。と言ってもダンジョンを抜けてからのことですが。……それとも物自体を手放したくないとか?」


 ジューネは不思議そうな顔をする。


「それも間違ってないよ。実際青い鳥の羽は俺も欲しいしさ。だけど問題なのはもう一つの指輪の方だ。こんな危ない物を誰かに押し付けて、それで自分だけ楽して儲けようっていうのが何か座りが悪いというか……。一応今の持ち主はまだ俺なわけだし、これがどうなるか見届けないとな」

「しかし、話を聞くとそちらにも予定があるとのこと。ここに来るまでに一緒にいたイザスタさんと合流するのではないのですか?」


 イザスタさんの名前を聞いて、アシュさんが一瞬ビクッとした感じになる。よっぽど苦手らしい。それは置いといて、俺はジューネと向かい合う。エプリは話を聞いているようだが何も言わない。


「……約束したからな。いずれ合流はするよ。するけどもだ。今ここで色々ほったらかしにして戻っても多分怒られると思うんだ。『お姉さんは悲しいわトキヒサちゃん。だってトキヒサちゃんが女の子に色々丸投げして自分だけ帰ってくる悪い子だったんだもの』とかな」


 アシュさんがうんうんと頷いていることから、どうやら本当にそのようなことを言われる可能性が高そうだ。それは出来れば避けたい。


「だから一緒に行く。…………まあうまいこと指輪の呪いが解けたら相当な値打ちものかなぁという思惑もあるけどな。それから売り払った方が高そうだろ?」


 呪い付きで二十万デンだからなあの指輪。呪いが解けたらどれだけの値になるか分からない。最悪高すぎて売れないってことになったら貯金箱で換金してしまえばいい。呪いがなければアンリエッタも怒らないだろう。むしろ綺麗な指輪だって喜ぶかもしれない。そうすれば査定額に色が付くかもな。


「それはそうですが……」

「安心しろよ。解呪出来ても優先的にジューネとの取引には応じるから。羽だってちゃんと渡すとも。ちょっともったいない気もするけど、ジューネなら売ってもいいと思うし」


 実際幸運を呼ぶなんて代物は自分で持っているのが一番だが、自分より欲しがっている相手が目の前にいるしな。いきなり羽一枚に査定額の倍の値段を提示するくらいの食いつきようだ。羽もそこまで欲しがってくれるならそっちの方が良いだろう。





「…………分かりました。諸々の持ち主は貴方です。トキヒサさん。持ち主の承諾なしで譲ってもらう訳にもいきません。指輪が解呪されるまで一緒に行きましょう。…………エプリさんはどうしますか? 先ほどから黙っているみたいですが」


 ジューネはエプリの方に矛先を変えた。だけどなぁ。エプリは。


「……私はここから出たら用があるの。おそらくそこでお別れね」


 そうなんだよな。契約ではここを出るまでの付き合いだ。そこでおそらくクラウンの奴が迎えに来るのだろう。…………そう言えばもしクラウンに襲われた場合の対処法を考えてなかった。俺も牢獄の時よりは少しはマシになっていると思うが、それでも一対一で勝てるかどうか分からない。一応こっちも雇い主ということでエプリは攻撃してこないとは思うが、最悪二人がかりで来られたら勝ち目はないな。その場合はダッシュで逃げよう。数々の修羅場を潜ってきたこの逃げ足を舐めるなよっ!


「そうですか。貴女の探知能力はとても正確だったので是非同行してほしかったのですが……残念です」


 ジューネは言葉通りとても残念そうに言う。なんか俺の時とえらく対応が違うな。確かに俺はあまり役には立たないが、それでもここまで差があると少し落ち込む。


「…………ではエプリさんはダンジョンを抜けたらお別れとして…………残るはこれですね」


 そう言ってジューネは俺の方に向き直ると、そのまま深々と頭を下げてきた。なになに!? どうしたんだ?


「トキヒサさん。元はと言えば、私が商品の仕入れの時に情報集めを怠ったのが原因。この度は商品に不備があり、誠に申し訳ありませんでした」

「良いって別に。元々箱は安かったし、ジューネだって中身のことを知らなかったんだろ? なら仕方ないって」


 俺は慌ててそう言うのだが、ジューネは頭を下げたまま上げようとしない。


「良くなんてありません。商人としての信用にも関わる話です。買ったお客様が明らかに損をする事態は商人としては悪手です。商売は出来るだけ互いに良い物でなければっ! ……つきましては、補償として何かさせていただきたいのですが」


 俺はその言葉を聞いて少し悩んだ。確かに商人としては信用はとても大事だ。いや、商人だけではなく、仕事をする者にとってと言い換えても良い。エプリもそうだったからな。今回俺はそこまでの被害を受けたとは思っていないのだが、ジューネの側からすれば大問題なのだろう。だとすればここで何も要求しないのは逆に失礼に当たるかもしれない。なら……。


「……それじゃあ悪いけど、このダンジョンから出るまでの俺とエプリの食事代を奢ってくれないか」

「そ、そんな簡単なことで良いのですか?」


 ジューネは頭を上げて俺に聞き返す。もっと凄いことを要求されるとでも思っていたのだろうか? 数万デンくらいよこせとか?


「それで良いよ。それに意外に大変だと思うぞ? エプリは見かけより食うからな」


 俺の言葉にエプリはコクコクと頷く。実際少なくとも俺の倍近くは毎回食ってるので間違いではない。間違いではないのだが…………普通そう言われたら、女性は否定するものではないだろうか? ジューネは何か考えていたようだが、意を決したように顔を引き締める。


「……その補償内容、確かに了承しました。ダンジョンを出るまで毎食必ずこちらで用意しましょう。これまでに食べた分も内容に合わせた分の金額を補填しましょう」


 ようし。飯代が浮いた。それにこれまでの分も払ってくれるという。これからの予定も大分定まってきたし、あとはこのダンジョンを抜けるだけだ。俺は心の中でこっそり気合を入れていた。





 ここで俺は忘れていたのだ。こういったダンジョン物で一番危ないのは、であるということに。

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