第48話 破滅の呪い

  異世界生活九日目。


「開いたんですか? あの箱!?」


 今は朝食の席。皆が起きてきて、焚き火の前で思い思いに食事を摂る中、俺はジューネに昨日のことを話していた。驚いた様子のジューネに、俺は目の前で箱を出してみせる。蓋はあらかじめ開けてあるので、ジューネはそのまま中を覗き込む。


「……中身を取り出しても構いませんか?」


 ジューネが確認をとってくるので、俺はどうぞどうぞとジェスチャーですすめる。ジューネは箱を受け取ると、荷物からハンカチを取り出して床に敷き、そこに箱を置く。中身を汚さないためだろう。今度は手袋を取り出して手にはめ、慎重に中身を取り出していく。


「…………これは!? まさか、幸運を呼ぶフォーチュン青い鳥ブルーバードの羽!?」


 ジューネは品物を取り出すと物凄い顔をした。俺が目の前に好物のブラックサンダー十年分を差し出されたらあんな顔をするかもしれない。目の前にあるのが信じられないって顔だ。


「何なの? その羽」


 エプリが横から話に割り込んでくる。見張りはまたアシュさんが引き受けているらしい。なんかゴメン。アシュさん。


「幸運を呼ぶ青い鳥。一種の伝説とされているモンスターです。滅多に人前に姿を現さないことで有名で、その名の通り幸運を呼ぶ力があると言われています。羽一枚だけでも効き目があるとされ、ごくまれに市場に出回ることがあると、好事家の間では数万デンで取引されることもあります」


 商人モードの口調になったジューネが説明する。数万デンか。査定でも三万デンって出ていたから嘘ではなさそうだ。しかし羽一枚でも効き目があるのか。


「…………数万デン……ねぇ」


 エプリが羽の方を見てそうポツリと呟く。…………そう言えば契約内容に、俺がこのダンジョンで手に入れた金目の物を売った分の二割を渡すということがあったな。これも売らなきゃダメかね? こういうのはお守りとして持っていたいものだが。


「トキヒサさん。一つ商談があるのですが、この羽を譲ってはいただけませんか? 無論お代はお支払いします。……五万デンで如何です?」

「五万デン!?」


 いきなりアンリエッタの査定代を大きく越えた提示額に、俺も内心心臓バクバクだ。貯金箱の査定額はあくまでアンリエッタが決めているものだから、他の人から見たら違う値段になることは十分ある。しかし羽一枚で五十万円である。その青い鳥は全身これ金になるらしい。


「足りませんか? ならもう少し上乗せも考えますが。……六万デンでは如何でしょうか?」

「い、いや。まだ他にも箱に入っているから、話は全部見てからの方が良いんじゃないか?」


 俺が黙っているのを値段が足りないからだと思ったのか、ジューネは即座に値上げしてきた。俺はここで流されるままに話を進めるのはマズイと思い、一度心を落ち着けるためにも交渉を後回しにする。ジューネもここで事を急く必要はないと思ったのか、素直にまた箱の中身の検分に戻った。と言ってもあと残っているのは一つだけなのだが。とびきり厄介な奴が一つ。


「もう一つは…………指輪ですか? 見たところかなり古い品のようですが、何か魔法が掛かっているようですね」

「気を付けてな。何か変な呪いが掛かっているみたいだから」


 何かを察知したのか魔法が掛かっていると言うジューネに、念のため事前に呪いのことを説明しておく。何故呪いのことが分かったのかは俺の能力だと説明しておいた。能力についてあまり詳しく突っ込んでこなかったのは正直助かる。


「呪いですか。どのようなモノか分かりますか?」

「詳しくは分からないが、どうやら破滅の呪いってものらしい」


 それを聞くや否や、ジューネは顔色を変えて丁寧かつ迅速に指輪を箱の中に戻す。


「………………ちなみにランクはどの程度ですか? 小ですか? 中ですか? ……まさか大なんてことは」

「ランク? そう言えば特大ってあったな」

「特大っ!?」


 それを聞くと、ジューネは脱兎のごとき勢いで猛ダッシュして距離をとった。特大って言うくらいだから相当ヤバいものだとは思っていたけど、どうやらそれは的中していたらしい。


「と、特大って、持ち主だけではなく周りの人にまで被害が出るランクじゃないですかぁ!? なんでそんな物が箱の中にっ?」

「知らないよっ!」


 えっ!? そこまで物騒な物だったの? 焦りまくって口調も商人モードから素に戻るジューネだが、こっちだって知らなかったのだ。聞いた後ではこの指輪がまるで不発弾か何かのように感じられる。


「しかし…………これがその箱に幸運を呼ぶ青い鳥の羽と一緒に入っていたんですよね? そうなると、下手に二つを引き離したら危険かもしれません」

「どういう事だ?」


 一度深呼吸をして、真剣な表情で考え込むジューネに、俺はたまらず聞き返す。


「本来破滅の呪いというのは程度にもよりますが、小であれば少し運が悪くなるくらいで済むものです。物を落としやすくなるとか、少しツイてないことが重なるというくらいで。しかし中、大とランクが上がるごとに少しでは済まないほどの不運に見舞われ、特大ともなれば持ち主とその周囲の人物を最終的に破滅させると言われています」


 なんちゅう酷い呪いだ。持ち主だけではなく周りまで不運になるなんて。


「しかし、もし破滅の呪いが特大であればその指輪、正確には指輪が入っていた箱を持っていた私やアシュは、とっくの昔に相当の不運に見舞われていることになります。しかし、今のところそんなことにはなっていません。貴方が嘘を吐いているという考えも出来ますが…………違うみたいですね」


 ジューネはアシュの方を一瞬チラリと見ると、そのままかぶりをふって自分の考えを否定する。信じてくれたのは嬉しいけど何でだ?


「そうなると、一緒に入っていた青い鳥の羽か、納められていた箱のどちらかが呪いを和らげていたという考え方も出来ます。ほらっ! 幸運を呼ぶ青い鳥の羽なんていかにもという物が一緒に入っていたこともそれを裏付けていませんか?」


 つまり持ち主に幸運を呼ぶ青い鳥の羽を一緒に入れることで、幸運と不運の相殺を狙ったわけだ。これは推測に過ぎないけど、案外当たっているんじゃないだろうか?


「つまり、これはこれまで通り箱に納めておいた方が良いと?」

「そういうことになります。……しかしもったいない。折角の青い鳥の羽が目の前にあるのに手に入らないなんて」


 ジューネは心底悔しそうに言う。商人としては喉から手が出るほどに欲しいに違いない。エプリも心なしかしょんぼりしているように見える。……だんだんフード越しでもなんとなく表情が分かるようになってきたぞ。五万デンの二割なら一万デンだ。確かにそれだけの臨時収入がフイになるのは少し落ち込む。


 しかしどうするか? このままでは指輪と羽を引き離すことが出来ない。まだ箱に何か意味がある可能性も捨てきれてはいないので、箱から出すことにも不安が残る。最悪俺が最初に出した時に呪いにかかった可能性もあるが、朝まで不運らしい不運が無かったので少しくらいなら大丈夫だと信じたい。


 いっそのことまとめてアンリエッタに押し付けるか? いや、全部合わせて二十四万デンは魅力的だが、その後に来るアンリエッタの怒りを考えるとはした金のようにも思えるから不思議だ。では何か他に方法は…………。


「なぁ。呪いを解くことって出来ないのか?」


 考えてみれば呪いをかけられるなら解くことが出来ても良いはずだ。どこかの教会に行くとか、かけた本人と交渉して呪いを解いてもらうとか。しかしジューネは首を横に振る。


「ランク小や中ならともかく、特大ともなったら解呪できる人は限られてきます。国中探しても片手の指で数えられるほどしかいないでしょうね。そして大抵の場合、そういう能力の持ち主は国に厳重に管理されています。言わば国にとっての財産ですからね。そんな相手に連絡を取る手段はありませんし、解呪代だけでも場合によっては数万から数十万デンかかります。流石にそこまでの手間はかけられません」

「……私も簡単な解呪くらいなら伝手があるけど、特大となると知り合いに出来る人はいないわね。それにランクの高い呪いの場合、かけた本人でも解くことが出来なくなる場合もあるし」


 エプリも補足説明をしてくれる。しかし、聞けば聞くほど悪い知らせばっかりだな。





「残念ですが、この箱は何処かに処分した方が良さそうですね。羽と箱だけ持って指輪を捨てていくことも出来ますが、下手に放っておいて呪いが周りに放たれたらどれだけの被害が出るか分かりません。破壊してもその瞬間、呪いが周りにはじけ飛ぶ可能性もあります。あまり人の来なさそうな場所に箱ごと封印しないと」


 ジューネは商人としての利益よりも、周囲への影響を考えたのかそう宣言する。それは商人としてはともかく人間としては良い選択だと俺は思うぞ。しかし、封印と言ってもな。どこぞの火山の噴火口にでも投げ込めばいいのだろうか? そこへ、


「…………ちょいとそこの少年少女達よ。一人ぼっちの俺にも話を聞かせてくれても良いんでないかい?」


 ……そう言えばずっとアシュさん一人で見張りをしっぱなしだった。あちらからすれば一人だけのけ者にされたみたいなものだろう。すみません。今話しますから!!


 俺達は話が聞こえるところまで近づき、今まで話し合ったことをアシュさんに伝えた。所々は聞こえていたと思うけれど全部最初からだ。話を聞きながらアシュさんはふんふんと時折頷き、聞き終わると軽く腕を組んで何か考え始めた。そのまましばらく黙考する。


「アシュ。どこか封印するのに都合の良い場所に心当たりはありますか?」

「…………スマンがそういう場所にはさっぱりだな」


 ジューネが沈黙にたまりかねたのかそう訊ねると、アシュさんは首を横に振ってこたえる。アシュさんでもダメだったか。場の雰囲気が一気に重くなる。このまましばらくはこんな調子か。そう思ったのだが、アシュさんの次の発言で一気に場が動き出す。


「だけどな。不思議なんだが…………なんでそうじゃなくて、って聞かないんだ? 


 アシュさんはニヤリといたずらっ子のような笑みを浮かべた。こんな所までどこかイザスタさんに似ているのは、やはり身内だからということなのかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る