第46話 初めてのダンジョン考察(初級編)
『さっきの連絡から十分か……正直五分で来なさいよと言いたいところだけど、エプリが起きだしたのは予想外だったから仕方ないわね』
あれから少し経って、俺はまたアンリエッタへの連絡を取っていた。今度こそ他の人を起こさないように細心の注意を払っている。
『ちなみにこれまでの出来事に関しては大体知ってるから言わなくて良いわよ。時間がもったいないし』
「……分かってるよ」
一応これまでのことを一分でまとめる用意をしてきたのは内緒にしておこう。……それもバレてるかもしれないが。
「じゃあこれまでのことは省くとして、これからのことだ。ジューネの予定によれば、大体明後日の朝ぐらいにこのダンジョンから脱出する道のりらしい。だけど正直、俺はそう上手くいかないと考えている」
ジューネ達を疑っているわけじゃない。ただ、ダンジョンと言えば予想外のアクシデントが付き物だ。それにこっちには弱っているバルガスもいる。それを踏まえると一日ぐらい遅れても仕方がないと思う。
「あと気になるのはこのダンジョンだ。これは小説やら何やらで色々ダンジョンを見てきた俺の感想だけど……このダンジョンなんか妙なんだよな」
『妙って何が?』
「…………普通ダンジョンってのはな、製作者の意図っていうか癖が出るんだよ。例えば何かを護るためのダンジョンなら、どうやって護るかというコンセプトがある。モンスターを山のように配置して物量作戦をとるとか、罠を大量に張って地道に侵入者の力を削いでいくとかな。それで俺の見立てだとこのダンジョンのコンセプトは…………
『……どういう事なの? それ』
アンリエッタは首を傾げている。映像越しだがこういう仕草は中々に愛らしい。見た目がちびっ子だから微笑ましいというべきか。
「まずここに居るのはスケルトンばかりだろ? スケルトンは倒しても旨味が無いから大抵皆スルーする。それにこのダンジョンの構造だ。全体的に真っ暗で、だだっ広い通路と部屋のシンプルな構造。罠らしいものはほとんど見かけなかったけど、こんな所を延々とただ歩きたがる奴はあまりいないと思うね。探索だって常に周囲に気を張ってないといけないし、食料や水だって必要だ。だけどここにいるのはスケルトンばかりだからまともに補充も出来ない」
『……よく分からないけど、つまり冒険者にとって嫌なダンジョンってこと?』
「簡単に言えばそういう事だ。単純に入りたくない。そのためにモンスターをスケルトンやボーンビーストに限定しているとしたら筋金入りだよ」
とにかく広くてどこまで続くか分からないダンジョン。途中に利益になりそうな資源もなく、ただただ食料と水を消費していくのみの探索行。途中に補充するあてなどなく、強くはないがあえてカタカタと音を立ててやってくるスケルトンを警戒していくことで徐々に体力を奪われる。罠がほとんど見当たらないのが唯一の救いだ。
「……なあアンリエッタ? 昨日ジューネが、
俺は前々から疑問だったことを試しにぶつけてみる。アンリエッタはこの言葉を聞くと、少しだけ押し黙った。どうやら何処まで言うべきか悩んでいるらしい。
「別に世界の真理を教えろって訳じゃない。何故ダンジョンが出来るのかとか、存在する意味は何なのかとか。そういうのは今は聞く必要はないし、そもそもこの世界の人達が考えるべき問題だ。今は答えられるところだけでいいから答えてくれ」
『…………分かったわ。だけどこのことはあんまり言いふらさないでよ』
アンリエッタはそう前置きをすると、ポツリポツリと話し始めた。
『ダンジョンの成長はものによりけりだけどね。一応話せる範囲で言うと、ダンジョンの構築はダンジョンマスターが基本的に行うわ。勝手に大きくなるということはまずないわね』
成程な。そのマスターが任意で成長させるタイプと。と言ってもそのことは外からじゃ分かんないもんな。他の奴から見れば、いつの間にか大きくなっていたって感覚なのかもしれない。
「大きくするって言っても、無制限にモンスターを配置したりダンジョンを滅茶苦茶に広げたりは出来ないんだろ?」
そんなことが出来るんなら、ダンジョンはもっと恐れられているだろう。しかし実際は、護衛を一人付けただけの少女商人が乗り込んでくるくらいには何とかなる場所だ。アンリエッタも俺の考えに賛成するように頷く。
『詳しくは話せないけどその通りよ。モンスターを産み出すにしてもダンジョンを広げるにしても、基となるエネルギーが必要になる。このエネルギーの溜め方は大体察しがついているんじゃない?』
「おそらく時間経過か…………中に生物を誘い込んでエネルギーに変換する。と言ったところじゃないか?」
それなら大抵のダンジョンに、わざわざ宝やら何やらが置かれている理由に説明がつく。要は店の客引きと同じだ。
『ほぼ正解よ。時間経過の場合はそこまでエネルギーにならないけど、生物がこの中にいるだけで少しずつエネルギーが溜まっていくわ。死亡した場合は更に多いわね。……なんでダンジョンのことになるとここまで鋭いのかしら?』
アンリエッタが呆れたように言うが、これくらいは世のライトノベル好きなら一般教養の範囲だと思う。
「しかし、そうなるとますますこのダンジョンは妙だぞ。このダンジョンがいつからあるのか知らないが、ここは成長の意思が感じられない」
人が居ないとエネルギーをほとんど増やせないのに、コンセプトは人に入る気を起こさせないもの。さらに言えば、時間経過によるエネルギーがどの程度かは不明だが、その分はおそらく単純にダンジョンの拡張やスケルトン達の補充に当てていると考えられる。それだけでより嫌なダンジョンになるからな。しかしそれではますます人を遠ざける。
「単純に長くここを存続させるのが目的? しかしそれに何の意味が? いや、仮に少しずつ余剰エネルギーを溜め込んでいるとすれば…………」
『ちょっと!? 一人でぶつぶつ言ってないで説明しなさいよ!』
いかん。思考の袋小路に入った気がする。しかしことダンジョンになるとどうも考察したくなるというか。…………この時点じゃあ推測に推測を重ねるだけか。
「ごめんごめん。どうにもダンジョンの話になると夢中になって。だけどまだ仮説ばっかりで話してると時間切れになりそうだ。だからひとまずこのダンジョンの話はここまでにして、残り通信時間はどのくらいだ?」
『あと一分もないわよ。ここまで喋り倒されたんじゃ三分なんてあっという間ね』
あとそんだけか。他に何か話しておくことは…………そうだ!
「そう言えば不思議なんだけど、ジューネのリュックサックは見た目より明らかに物が多く入るよな。以前、エプリはダンジョン内ではスキルのアイテムボックスが使えないって言っていたんだ。アイテムボックスっていうのは推測するに道具袋の能力みたいなものだろうけど、これはどういう事か分かるか? 本人に直接聞いた方が早そうだけど、こういうのは第三者からも聞いときたいしな」
俺の能力もダンジョン内で使えるし、そういう例外的な何かなのかもしれない。
『それは簡単ね。そのリュックサックが特別なだけ。細かくは直接見てみないと分からないけど、空属性と言うより別の何かの能力が働いているわね』
「加護みたいなものか?」
『さあね。それよりそろそろ時間よ。連絡はまた明日の同じ時間に。それと…………無茶しないように。生きて脱出してジャンジャン稼いでもらうからね』
それだけ言うとアンリエッタの映像が消えた。やっぱりそっちの方が善人じゃないか。俺はケースを戻し、音を立てないように周りを確認する。…………誰も起きてないよな? 耳を澄ませてみても、規則的な寝息が聞こえてくるので大丈夫そうだ。今度はエプリもぐっすり眠っているらしい。
「まだ時間は……結構あるな」
腕時計を確認すると、まだ交代の時間まで一時間はある。よし。今のうちに気になっていることをやっておくか。俺はジューネから買い取った古ぼけた箱を取り出した。さてさて、中に何が入っているのか調べてみようじゃないの。こっちには貯金箱と言う頼もしい味方が居るんだぞ! 俺は開かない箱に戦いを挑もうとしていた。
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