第45話 どっちもどっち
「それにしても、イザスタさんに
俺が半ば呆然としていると、アシュさんはそう言って俺の全身を値踏みするように見てきた。なんだろういきなり。
「……あぁ。スマンスマン。あの人結構気分屋な所があるからな。そのイザスタさんが気に入って手を貸す。更には一緒に行こうなんて誘うとはどういう事かと思ったんだが…………なるほどな」
「なるほどなって…………一人だけで納得しないでくださいよ」
一人でうんうんと頷いているアシュさんに、たまらず俺はまた聞き返す。
「いやなに。…………単純にあの人の好みだったんだよ。性格とか見た目とかな。見た目はまず確実にドンピシャ。あの人ちょっと小柄な方が好きなんだ」
グハアァァ!? ちょっと今のは予想せずしてダメージがっ! …………確かに俺は平均よりちょ~っと背が低めかもしれない。しれないのだが、これからまだ伸びるはずだ。……多分。しかし、背が低めでないと一緒に行ってくれないというのか!?
「勿論それだけじゃない。俺は昨日初めて会ったが、昨日バルガスを助けようと奮戦していたことからお前がかなりの善人だってのは分かる。あの人はそういう奴も好みなんだ。そういう意味でトキヒサ。お前はモロに好みに合っている訳だ。…………気の毒なことにな」
うん!? 何故に気の毒? 俺が不思議そうな顔をすると、アシュさんは少し他の二人から離れて、こっそり俺の耳元に顔を近づけて言った。
「…………あの人は気に入った相手にとことん構うんだよ。俺も昔何故か気に入られて、それはもうエライ目に合ったんだ」
話していると、急に遠い目になって虚空を見つめるアシュさん。…………何か色々あったらしい。確かに途中イザスタさんから妙な悪寒を感じたことがあったが、あれはそういうことの前兆だったのだろうか?
「…………そう言えば、イザスタさんはエプリも好みだと言っていました」
「マズいな。確かにエプリの嬢ちゃんも小柄だし、素顔によっては好みの範疇に入りそうだ。あの人は好みに男女の区別が無いから、以前も何人かの女性からお姉さまなんて言われてご満悦だった」
アシュさんはエプリのフードの下を見たことが無いから断言はしない。しかし後半部分だけ聞くとどうにも百合百合しいな。まさか本当にそういう趣味は無いよな? 俺が一応その懸念について訊ねると、アシュさんは困ったような顔をして黙ってしまった。……せめて否定してほしい。このままだと男女どっちもいけるという色んな意味で脅威の人になってしまうぞ。
「…………この話題はもうやめときましょう。聞けば聞くほど色んな意味でマズそうですから」
「そうだな。考えてみれば俺も身内の恥を晒しすぎた気がする。自分と同じような目にあいそうな奴が放っとけなかったという事かもな」
俺とアシュさんは、この時僅かに通じ合ったような気がした。……とりあえず、次にイザスタさんと会った時は、節度ある距離感を保った上で一緒に行こう。俺はそう固く誓うのだった。
その夜、俺はパチパチと音を立てる焚き火の前で悩んでいた。時間はもうすぐ夜の十二時。他の皆は眠っていて、次の見張りであるエプリの番までまだ大分ある。
「…………たった一日ちょいで怒涛の展開だもんなぁ。絶対怒ってそうだよな。どうしてそんな肝心な時にワタシに相談しなかったのよとか言いそうだ」
俺が今日の見張りを最初に買って出たのは当然理由がある。そろそろあの女神との連絡時間だからなのだが、ここまでの出来事を三分でまとめる自信がない。あと確実に何か文句を言われる気がする。それもかなり耳に来るレベルで。耳栓でもあればいいのだが、バレたらマズイことになりそうだしな。
「いっそのこと連絡しないというのも手だな。……いやダメだ。向こうからも連絡できるんだった」
ひどく悩んでいた。……ものすごく悩んでいた。誰が好き好んで自分から死地に足を突っ込むか。かと言って放っておけばドンドン後が怖くなる。連絡したくないけど連絡しなければならないこのジレンマ。最適解はさっさと連絡することだというのは分かっているが、中々踏ん切りがつかないこともあるのだ。
「………………仕方ないか」
俺は覚悟を決めて、連絡用のケースを取り出した。ケースを開いて中の鏡をのぞき込む。電話のようなコール音が三度なったかと思うと、プツンと音を立てて鏡にアンリエッタの姿が映った。映ったのだが……。
「あのぅ。アンリエッタさん? 何でわざわざこちらに背中を向けていらっしゃるのでしょうか?」
ついつい敬語になってしまう俺。相手のことを考えればそれは普通かもしれないが、どうにも見た目小学低学年くらいの相手に敬語を使うというのは気恥ずかしい。その俺が敬語を使って下手に出なければならない程、今のアンリエッタは背中で凄まじい不機嫌オーラを醸し出していた。今の彼女は逆らっちゃいかん人だ。
『…………エプリと取引したのは良いわ。あの場合、下手に一人と一匹で彷徨うよりも、道案内が居た方が効率が良いのは確かだもの。ジューネとアシュとの同行もまあ悪くはないわ。物資の補充や戦力としては大分あてになりそうだしね。……ワタシが怒っているのはその前。どうしてバルガスを助けようとしたの?』
そこで彼女は振り向いた。その顔に浮かんでいたのは大きな怒りと、僅かではあるが俺の身を案じるような表情だった。ちなみに前の失敗を踏まえて、大きな声を出しても周囲には音が聞き取りづらいように、通信機を向こうで調整したらしい。
『あそこでバルガスを助ける必要なんてなかった。凶魔の危険性は良く知っていたでしょうに。倒すだけなら最初から
それからのアンリエッタは、まるで癇癪を起したかのように烈火のごとき勢いで俺の行動をなじり続けた。やれハラハラさせるなだの金を惜しまず使えだの、あと女神であるワタシにもっと敬意を払えだの色々だ。……最後のはあまり関係がない気がする。
だけど……その言葉の端々から感じるのは、俺の身を案じる気持ちだった。それが俺という人間個人へのものでも、俺というこのゲームにおける手駒を失わないためであったとしても、どちらにしても俺が返すべき言葉は一つだ。
「それでも……また同じようなことになったら、やっぱり助けようとすると思うよ。もちろん俺が死なない程度にだけどな。…………ありがとな。心配してくれて」
『っ!? アナタがあそこで凶魔にペチャンコにされたら、ワタシの手駒が居なくなって困るってだけよ。それに、まだ課題を全然こなしてないじゃないの。せめてアナタを選んだだけの元を取れるまでは頑張りなさいよねっ!』
礼を言ったら何故かプイっと顔を背けてそんなことを言ってる。照れ隠しなのか素なのかどうにも分からない。顔が赤くなってたらまだ可愛いところがあるんだけど、こちら側からでは見えない位置だ。
『…………ああもうっ!! お人好しなアナタに説教をしていたらもう時間が無くなってしまったじゃないの! いい? 今日の分はもう一回あるから、通信が切れたら話したいことをまとめてまた連絡してきなさい。ただしあんまり待たせすぎないようにね。分かった?』
そう言い終わると同時に通信が切れる。制限時間三分間を使い切ったようだ。……こういう時に三分間っていうのは短い気がする。さて、話をまとめてすぐにまた連絡したいところだが一つ問題がある。それは、
「………………何?」
「何で起きてんのエプリ? まだ時間には大分あると思うんだけど」
俺の後ろに静かに立っているエプリをどうしたもんかってことだ。一応他の人と距離は多少取っていたし、声は潜めていたから周りには聞き取りづらかったはずだけどな。
「私は眠りが浅い体質なの。奇襲避けには良いんだけど休みたいときにはやや不便なのよね。アナタが誰かと話しだしている所から目が覚めていたわ」
「そ、それは…………」
どうしようか。正直にアンリエッタのことを話すべきか? しかし、このことは一応秘密である。厳密には誰にも話すなと言われたわけではないが、そうホイホイ漏らしていいものだとも思えない。
「……それは通信機みたいね。私にも使える?」
エプリは俺の持っているケースを見て言う。
「多分。でも繋がる相手は一人だけで、他の人と連絡することは出来ないぞ」
「そう…………なら良いわ」
俺が正直に言うと、エプリはそう言ってそのまま興味を失ったかのように自分の寝袋に戻っていく。……ありゃ?
「聞かないのか? 俺が誰と話していたのかとか、何故黙っていたのかとか」
「……別に。アナタみたいな善人がそれのことを何も言わなかったってことは、それは秘密にするべき何かってこと。もしくは言っても意味のないこと。仕事に必要なら聞き出すけど、そうでないなら無理に雇い主の秘密を聞き出そうとは思わない。…………誰にだって隠しておきたいことはあるもの」
そのままエプリは自分の寝袋に入り、時間になったら起こしてと言って目を閉じ、すぐにすぅすぅと寝息を立て始めた。眠りが浅い割に寝付くのも早いな。…………それにしても、根掘り葉掘り聞かれると思ったんだけどな。
「まったくもう。アンリエッタといいエプリといい、人をお人好しだの善人だのと。……自分達だって大概だろうに」
何だかんだ相手のことを思いやる。そんな二人に言われたくはないな。さて、また女神さまが怒りだす前に、今度こそ話をまとめて聞きたいことを聞いておかないとな。
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