第21話 遅れてきた男

 フードの下の素顔を見た俺は硬直した。そこにあったのは…………美少女の顔だったのだ。歳は俺と同じくらいだろうか? 髪は新雪のような白髪。瞳はまるでルビーをはめ込んだかのような緋色。どこか幻想的とさえ思えるその顔立ちは、俺にはまるで妖精か何かのように感じられた。


「……綺麗だ」


 ついそう呟いてしまったのも無理からぬことだと思う。だが、それを聞くと彼女はすぐにフードを被りなおし、俺に向かって怒気のこもった言葉をぶつけてきた。これまでのぼそぼそとした言葉ではなく、はっきりと耳に残る声。もはや怒気というよりも殺気と呼んだ方がしっくりくる感じだ。


「…………殺す。私の顔を見た者は生かしておけない」

「ま、待って待って!? これはつまりアレか? 顔にコンプレックスを持っているから目撃者を抹殺しよう的な流れ!?」


 黒フード……彼女の周りに凄まじい風が吹き荒れ始めた。さっきまでの風を突風とか強風と言うのなら、これはもはや暴風、台風のレベル。必死に踏ん張ってはいるが、少しでも気を抜けば飛ばされる。そうして頑張っていたのだが、じりじりと身体が浮いていく。そして遂に、


「……“竜巻”トルネード

「う、うわああぁぁっ!? カハッ!!」


 目に見えるほどの風の流れが直撃したことで完全に身体が宙に浮き、そのまま猛スピードで天井に叩きつけられる。背中に鈍い痛みが走り、そのまま五メートル下の床にうつぶせに落下。漫画的表現なら人型の穴が開く所だが、そうはならずにただ床に激突。目の前に火花が散り、鼻からは生暖かい液体が流れ出す。せめて顔以外からぶつかってほしかった。


 一言で今の状況を言うと……めっちゃ痛い!! 痛みで身体の動きが鈍く、何とか起き上がろうとするがどうにものろのろとしか動かない。


「…………今ので死なないなんて。……さっきの“風刃”ウィンドカッターの傷もやけに浅かったし、何か防御用のスキルでも持っているの? …………まあいい。それなら……死ぬまで続けるだけ」


 確かに普通四、五メートルくらいの高さから顔面から落ちたら、こんな悠長に考えられるほど無事じゃないよな。顔がまともに見れないぐらいズタボロになっていても不思議じゃないが、それにしては鼻血が出て目がチカチカする程度で済んでいる。


 しかし物騒なことを言ってくれる。こんなのをまたやられたらたまったものじゃない。


「ま、待てって。話し合いで解決しようじゃないの」


 息も絶え絶えだが何とかそう言葉を絞り出す。相手が女の子、しかもすこぶる美少女とあっては殴るに殴れない。かと言ってこのまま黙ってやられていたら俺の身がもたない。となればあとは話し合いによる平和的解決を目指すしかない訳だが。


「…………話すつもりはない。“竜巻”トルネード

「のわああぁぁ。ま~た~か~っ!?」


 今度はくるくると空中を錐もみ回転しながらまたもや顔面ダイブ。言葉にすると気楽そうだが、実際は常人ならとっくに閲覧禁止の事態になっている案件である。頭がクシャっていくレベルだからな。それでも俺がまだ無事なのは、おそらくアンリエッタの加護とこっちの召喚特典のおかげだろう。身体強化の二重掛けとかありえそうだ。しかし本当にこれ以上食らったらマズイ。


「……本当にしぶとい。これでトドメ」


 少女が右手を振り上げる。またさっきの魔法を使う気らしいな。何とか起き上がり、せめて少しくらいはこらえようと身構える。イザスタさんがもうすぐ鼠を止めて戻ってくるはずだ。それまで少しでも時間を……。


「終わったわよトキヒサちゃん。もうすぐ術式は自壊するわ。この巨人種の人ももう大丈夫」


 タイミングが良いのか悪いのか、こらえようとしたところでイザスタさんの声が牢屋内に響き渡った。それを聞いて少女の注意が一瞬だけイザスタさんの方に向かう。今がチャンスだっ!!


「でやああぁぁっ」

「うっ!?」


 俺は何とか力を振り絞って少女に突進する。向こうが気付くよりも一瞬早くタックルが決まり、そのまま二人でもつれ合いながら倒れこむ。少女は必死に振りほどこうとするが、俺も死に物狂いで掴みかかる。体格は同じくらいだが、筋力自体はこっちの方が上なので何とか優勢だ。


 思った通りだ。風魔法は脅威だが、あくまで中距離から遠距離用のものが大半。ならば組み付いてしまえば大半の魔法は封じることが出来る。俺は少女のマウントをとって両腕をガッチリと押さえつけた。


「は、離せっ!!」

「やなこった。距離を取られたらまたさっきのように竜巻大回転だからな。もう絶対に離さないぞ。そっちこそ諦めて降参しろっての!!」


 暴れる少女を封じながら降参を進める俺。ここまで来ても出来れば女の子は傷つけたくないのだ。素直に降参してくれると助かるんだが。早くイザスタさんが来てくれれば。


「…………トキヒサちゃん」


 来た。天の助け! イザスタさんなら傷つけずに無力化する方法の一つや二つくらい持っているだろう。女スパイだもの。


「トキヒサちゃん。あなた……こんな所で何を……?」

「何をって、見れば分かるでしょう。こうしてこの人を……」


 ここでふと今の状況が周りからどのように見えるか考えてみた。


 暴れる少女に跨って押さえつけている男。服はもつれ合っていたのだから当然乱れ、互いの息は今まで全力で戦っていたのだからこれまた当然荒い。またもや彼女のフードはめくれ上がり、その眼にうっすらと見えるのは涙だろうか?


 これだけの状況を客観的に見ると………………うん。婦女暴行の真っ最中だね!!


「ご、誤解ですよ。イザスタさん。これはこの人が風魔法を使えないように押さえつけているところでっ」

「フフフ。分かってるわよん。可愛い子だもんね~。アタシも結構好みよ。溢れる欲望を抑えきれなくなっちゃったのよね。だけど嫌がる子に無理やりというのはお姉さんちょ~っと感心しないわ」

「だから違うんですってばっ!!」


 中腰になって何とか状況を説明しようとするのだが、よく見たらイザスタさんはニマニマとうっすら笑っている。自分がからかわれていたのが分かって、ほっとするような恥ずかしいような何とも言えない感じだ。そこへ、


「ふんっ」

「お、おぅ……」


 股間に衝撃が走り、脳天からつま先までビリビリと痺れるような感覚に陥る。全身から脂汗が噴き出し、一瞬力が抜けてしまう。どうやら下にいた少女が空いた隙間を利用して痛烈な蹴りを放ったらしい。流石の加護による身体強化もこれには及ばなかったようだ。


 少女はこの一瞬を利用して拘束から抜け出し、素早く体勢を整えてこちらから距離を取る。


「私の顔を見た上にこの仕打ち。…………コロス。絶対に殺す」


 なんか火に油を注ぐ結果になったというか。ただでさえ殺気が飛んでいたのがさらにすごいことになったというか。もう目に見えるレベルで何か出てる気がする。


「あらあら。な~んかスゴイことになってるわねぇ」

「他人事みたいに言わないでくださいよイザスタさんっ!!」


 少女の周りに再び暴風が吹き荒れ始める。考えてみれば、魔法封じがされている中でここまでのことが出来るってことは、この少女はよほどの実力の持ち主なのだろう。俺と見た目同じくらいの年頃なのにこれとはスゴイと思うんだ。そう言えば“相棒”と陽菜は今頃どうしてるかなぁ。俺、元の世界に戻ったら三人で宝探しに行くんだぁ。


 なんてとめどない思考の現実逃避アンド死亡フラグを続けている中、いよいよ風が形有る小型の竜巻となって少女の周りに出現する。それも一つではなく三つも。


「へ~っ!! ここで“竜巻”トルネード三つ同時展開なんて……やるわねぇ。攻めてよし守ってよしの良い魔法よ。アタシの知り合いにもここまで出来る人はそんなにはいないわ。アナタ……こんな悪いことやめてうちで働かない? 待遇良いわよ」

「なんでこんな時に勧誘してるんですかぁ!!」


 ついツッコミを入れてしまうほどイザスタさんは余裕の表情。いや待てよ。イザスタさんにはこの状況を何とかする作戦があって、だからこんなにも余裕があるということかも。


「う~ん。あれが全部発動したらかなりまずいわねぇ。具体的に言うと、この牢にいる人が自分も含めて全員ただじゃ済まなくて、多分別の牢まで影響が出るレベル」

「とんでもないことじゃないですか!!」


 自分も含めてって、よくそんな危ない魔法が使えるな。俺だったら嫌だぞ。少女をよく見れば、怒りのあまり我を忘れているようにも見える。誰だあんなに怒らせたのは? ……俺だったよコンチキショウ!!


「……全て、全てキエロ。“三連竜トリプルトルネ……」

「悪いがそこまでだ」

「……!?」


 突如人影が飛び出してきて少女を強襲する。一瞬気が付くのが早かった少女は竜巻を一つ使って迎撃するが、人影はなんと形をもった竜巻を霧散させる。


 少女は人影から距離を取り、人影はそのままゆっくりとこちらに歩いてきた。そこに現れたのは


「もうっ。遅いじゃないのん。今日の朝手続きが終わるんじゃなかったの?」

「……すまんな。少しばかり野暮用ができたのと、ここに来るまでにネズミ共を仕留めていたら遅くなった」


 いつもの看守服に加え、両腕に肘まで覆う白銀に輝くガントレットを装着したディラン看守だった。


「……ディラン看守?」

「あぁ。大分手酷くやられたようだな。だが、よくここまで持ちこたえた。あとは任せておけ」


 俺を見て一瞬すまなそうな顔をすると、ディラン看守はそのまま少女の方に向き直って言った。


「さて、俺の領域でバカをやらかした奴に罰を与えに来たぞ」


 両の拳をぶつけあいながらそうのたまう彼の姿は、この牢獄の番人にして罰を与える者。そして正しい意味での看守、囚人を見守る者としての風格に満ちていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る