第20話 フードの下は……
「俺が倒れてる人の所に行っても出来ることないですから。だからイザスタさん。行ってください」
俺は向かっていこうとするイザスタさんを手で制しながら言った。もう片方の手には、すっかり武器として使われている感のある貯金箱を構えて。イザスタさんはのっぽとの戦いの前に、仕込まれた魔法陣は別の魔力をぶつければ自壊すると言っていた。どのみち俺はやり方を知らないのだから行っても何もできない。ならイザスタさんが行って元を断つ間、邪魔されないようにするのが得策だろう。
「でも大丈夫? あっちも見た限り結構強そうよ。ここでは魔法は多少制限されるけど、それでもさっきみたいなモノが直撃したら命にかかわるかも」
イザスタさんは俺を心配してそう言ってくれるが、ここで動かなかったら何のためについてきたのか分からない。本当にただの足手まといになってしまう。
「時間を稼ぐくらいなら多分いけます。魔法はさっき見たから何とか躱せそうですしね。それに…………これから一緒に行く仲間としては、格好いい所の一つも見せておかなきゃいけませんから」
「トキヒサちゃん…………」
相手を警戒しながらなので彼女に背を向けたまま話す。顔が見えないからどんな表情なのかは分からない。生意気なとばかりに思っているのか、それともまだ心配そうな顔なのか。俺は敢えてそれを確認せず、小柄な方の黒フードに向かって歩き出す。だって……下手に格好つけたから今頃気恥ずかしくなってきたんだよっ!!
「っ!? すぐ終わらせて戻るからね」
背中越しにそんな言葉を聞きながら俺は走る。振り向かずとも彼女も走り出しているのが目に浮かぶ。あとは、彼女がこの事態を収めるまで目の前の相手を止めるだけだ。
「立場が逆になったな。イザスタさんが鼠を止めるまで邪魔させないぞ」
周囲の鼠凶魔はさっきの一撃でそれなりに数が減り、残りは前に出たウォールスライムが押さえてくれている。のっぽの奴はしばらく動けない。あとはコイツだけだ。俺は目の前の小柄な黒フードに指をクイクイっと曲げて挑発する。と言ってもコイツの顔は口元くらいしか見えないし、ほとんど喋らないからイマイチ効いてるのか分からない。
「…………“
「うおっ!?」
コイツはいきなり最初に食らった風魔法を使ってきた。話し合う気もなしかよ。突風が俺に向かって吹き寄せる。だが、同じ手は二度は食わないとも。俺は前傾姿勢を取って踏ん張り、じりじりと距離を詰めていく。
これまでの奴の動きから察するに、肉弾戦よりも風魔法で距離を取って戦うタイプと見た。こっちも漫画やライトノベルでこういう奴の対処法は知っている。すなわち、何とか近づいてぶっ飛ばすのみっ! 脳筋な考え方だと思われるかも知れないが、実際これが意外に有効なのだ。
「こ、こなくそ~」
じりじりと進む俺に対し、向こうは風を放ちながら少しずつ後退る。俺が一歩進めば、向こうも一歩下がるといった具合だ。距離を保つつもりだろうがこっちとしては好都合。時間が経てばイザスタさんがこの事態を何とかしてくれる。最悪勝てなくても追い込んでいれば良いのだ。だが、やはりそう簡単にはいかないのがお約束か。
「
目には見えないが、何かが飛んでくる気がして咄嗟に貯金箱を目の前にかざす。すると貯金箱に何かが当たったような衝撃が、そして右足に鋭い痛みが走った。見れば膝の部分に切れ目が入り、うっすらと血が滲んでいる。コイツは“
内心で悪態を吐くが、突風で機敏に動けない状態でこれはキツイ。このままでは良い的だ。実際どんどん見えない刃が飛んできて、貯金箱でカバーしていない所に傷を増やしていく。幸いなのは一撃の威力は大したことないようで、軽く刃物で切ったくらいの傷しか負っていないという点。むしろ服がスパスパ切れていくのが痛い。おのれ俺の一張羅をっ。美女の服ならともかく俺の服など誰得だと言うんだ。
「このおぉぉっ」
このまま時間を稼いでも良さそうだが、コイツにも一発食らわさないと腹の虫が収まらない。俺は多少の傷を覚悟の上で貯金箱を掲げながら突撃した。どんどん身体と服に傷が増えていくが気にしない。しないったらしない。傷だらけになりながらも奴の間近まで近づいて拳を握りしめる。
「……
いきなり横殴りの風が収まったかと思うと、今度は真上から猛烈な風が吹き下ろしてきた。ウォールというくらいだから壁か? ちょうど殴る前のタメをしていたところに急に風の方向が変わったため、反応が遅れて一瞬体勢が崩れる。そこにさっきの横のベクトルにまた変更すれば結果はお察しだろう。俺はまた入り口の方に吹っ飛ばされた。このままではイザスタさんの邪魔をされかねない。だが、
「そうはさせるかっての!!」
俺は飛ばされながらも貯金箱を操作し、俺の飛ばされる方向にイザスタさんのクッションを出現させた。これは今日の朝、ディラン看守を待っている間に発見したのだが、一度換金したものを再び取り出す場合出現場所をある程度決められるのだ。例えば、自分の目の前ではなく周囲のどこかといった具合に。試しに軽く検証したところ、自身の半径五メートル以内であればどこでも出せる。下は試せなかったが、上空にも出せるようなので意外に便利だ。
そしてこのクッションは凄まじい弾力性を誇る。イザスタさんも「一度試しにダイブしたら、そのまま跳ね返ってぼよんぼよん跳ね続けていたわ」なんて笑いながら言っていたほどの弾力がある品だ。ちなみに俺も看守を待っている間にちょっと使わせてもらった。結果は…………少し勢いをつけすぎて天井にぶつかった。だが今回はその弾力性が役に立つ。
俺はそのまま入り口に激突し、クッションの反発を利用して再び黒フードに向かって跳ね返っていった。気分は横向きのバンジージャンプだな。本来なら相当なGがかかって意識が朦朧としそうなものだが、やはりアンリエッタの加護が効いているらしく何とか耐えられた。
「っ!?
俺が再び猛烈な勢いで向かってくるのに気付いた黒フードは、慌ててさっきと同じように二種類のベクトルの違う風を吹き荒らさせる。これならまた俺を近寄らせないことが出来ると踏んでのことだろう。だが甘いな。その手口はさっき見たぜ。
「もういっちょぉぉ」
俺は再び貯金箱を操作してあるものを奴の目の前に出現させる。それは、イザスタさんの牢屋で換金した本棚である。あえて黒フードに向かって倒れこむように出したそれは、中身が入っていないのでこの突風に長くは耐えられないだろう。だが一瞬の目くらましにはなる。
一瞬後に風で飛ばされてしまう本棚。奴はそのままの勢いで俺を吹き飛ばそうとするが、俺の姿はそこにはない。見失っただろ。どこだと思う?
「上からだこんにゃろう!」
わざわざ斜めに角度を付けて出現させた本棚。その狙いは奴を一瞬目隠しすることと、俺の走る足場を作るため。俺は突撃する勢いを緩めずに、そのまま本棚を駆け上がっていたのだ。俺は黒フードの真上に飛び上がっていた。
普通ならこのまま奴の頭上を飛び越えてしまう勢い。だが、今のコイツは真下に吹き下ろす強力な風の壁を張っている。つまりそれにわざと引っかかることで、勝手にコイツの方に引き寄せられるって訳だ。
急激に身体が下方向へ引っ張られるのを利用して、片足をピンと伸ばした体勢をとる。よし。今こそ一度やってみたかったあの技を試す時。
「喰らえ。今必殺の、ラ○ダーキィィック!!」
「くっ!?」
俺の必殺キックが直撃する直前、コイツの身体が急激に後ろに後退した。どうやらお得意の風を自分に使うことで回避したようだ。だが、キックの衝撃で奴の黒フードがめくれあがった。
「フードもらったぁ。さあて、素顔を見せてもら……えっ?」
「……………………見たな……私の顔を」
そのフードの下にあったのは…………俺と同じくらいの年の女の子の顔だった。
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