第19話 足手まといにはなりたくない

「大丈夫? トキヒサちゃん?」

「……すいません。前に出ちゃいました。でも、一発かましてやりましたよ」


 イザスタさんが差し伸べてくれた手を取り、俺は立ち上がりながら謝る。あいつに一撃食らわせたことは後悔してないが、約束を破ってしまったのは少し申し訳ないからな。


「もう。無茶しないでよねん。……でも、さっきのセリフはちょっと格好良かったわよ。ガンバレ男の子って感じで、お姉さんちょっと手助けしたくなっちゃった」


 イザスタさんは苦笑交じりに言う。手助けとはさっきの水玉の援護のことだろう。あれがなかったら多分刺されてた。我ながらカッとなると後先考えずに動くのは悪い癖だ。これまでもよく陽菜や“相棒”に注意されていたが中々治らない。


「……でも、ここからはアタシの出番みたいね」


 俺を立たせてくれると、イザスタさんは黒フードの二人に向けて鋭い視線を向けた。黒フードの方はというと、貯金箱を食らった方はもう起き上がろうとしていて、小柄な方は俺に風魔法を使ったきり動きがない。味方が強烈な一発を食らったというのに動きがないのは逆に不気味だ。


「クフッ。よくも……よくもやってくれましたねえ」


 ゆらりと起き上がったのっぽの方が、怨嗟の声をぶつけてくる。あれをまともに食らってすぐに起き上がってくるとは意外とタフだな。俺だったらしばらく悶絶して動けないレベルだけど。


「いやいや。今のは効きましたよ。あなたも空属性持ちとは驚きました」


 空属性? のっぽのセリフに一瞬首を傾げるが、すぐに向こうの勘違いに気づく。あいつ俺が貯金箱を出したのを見て空属性と勘違いしてるな。実際は自分の属性もまだ分かってないんだけど、別にご丁寧に教えてやることもないのでそのままにしておく。


「別にここで適当にあしらって追い払っても良かったのですが、気が変わりました。私と同じ空属性。万が一ということもありますし、ここで始末しておいた方が良さそうですね」


 あののっぽこっちを見て何か怖いことブツブツ言ってる。すると、突然のっぽの姿が視界から消えた。っ!? どこだ? まるで瞬間移動でもしたみたいな…………はっ!!


 俺がそれに気づいて振り返った時、そこにはのっぽの黒フードがすでに両手にナイフを構えていた。一体何本ナイフを仕込んでるんだコイツは?


 しまった。空属性は自分を移動させることが出来るってイザスタさんが言っていたのに、瞬間移動がどんなものかピンと来なくて頭から抜けてた。


「危ないっ!!」


 一瞬早く気付いていたイザスタさんが俺を突き飛ばす。そこをナイフが襲い掛かり、イザスタさんの頬の薄皮一枚を切り裂いて通過していく。だが、ナイフを振り切ったその隙を突いて彼女は反撃に転じた。ひゅんと風切り音を立てて繰り出される強烈な回し蹴り。直撃コースだったそれを、のっぽは再びの瞬間移動で回避。後方五メートル程に移動すると、そのまま両手に持っていたナイフをこちらに向けて投げつけてくる。


「おわっ!?」


 俺は咄嗟に貯金箱を手元に出してナイフを弾く。イザスタさんの方は……流石だ。軽くステップを踏んで躱している。


「やっぱり空属性は厄介ね。こっちがちょ~っと目を離したら姿を消したり、一撃が決まったと思ったら躱されたりするんだもの」

「……ただの邪魔者かと思っていたら以外にやりますねぇ。忌々しいことに。以前にも空属性との戦いに経験が?」

「まあそんなところね」


 二人は互いに構えながら言葉を交わす。まいったな。俺は傍から見ているのだが、二人とも動きが尋常ではない。俺が何とか反応出来ているのはアンリエッタからもらった加護のおかげだろう。さっきのナイフだって貯金箱で弾けたのは半ば偶然みたいなもんだ。あののっぽに一撃食らわせられたのは、どうやら向こうが相当油断していたかららしい。……俺、役に立つどころかこのままでは足手まといだ。そう歯噛みしていると、イザスタさんがこう切り出した。


「空属性の弱点はその魔力消費量の多さ。移動距離や人数によってその消費量は大きく変わるけど、長期戦には向かないはず。このまま戦い続けたら不利なんじゃな~い?」

「確かに、あなたの言う通り長期戦は不利ですねぇ。実を言うと、私は今日仕込みのために既に何度か跳んでいましてね。あと何度か使えばそろそろ休息が必要な具合になるでしょう」


 イザスタさんのカマかけに、何とのっぽの黒フードは素直に自分の不利を認めた。更には自分の情報までさらけ出したのだ。だが、それなのに奴はまったく動じなかった。むしろ言葉には熱が入り、その口ぶりの端々から僅かな狂気が垣間見える。


「しかしもう計画は止まらないぃ。仕込みは済ませ、あと必要なのはたった少しの時間だけ。その時間邪魔さえ入らなければそれで良いのですよぉ。……

“風刃”ウィンドカッター


 のっぽの言葉が終わると同時に、ここまで動きを見せなかったもう一人が何かを呟いた。イザスタさんはそれに気づいて素早くバックステップ。すると、一拍おいて彼女が立っていた床が突然ひび割れた。いや、何か刃物のようなもので切り裂かれたというべきか。あれは風の魔法でお約束の真空の刃というやつか?


「あらら。二対一? 良いわよ。お姉さんもちょっと気合を入れなきゃだけど」

「いえいえ。二対一だなんてまさか。……もう少しいますとも」


 イザスタさんの軽口に、のっぽはそう答えた。……もう少し? それはどういうことかと一瞬考えると、すぐにその答えが目の前に現れた。


「キシャァァァ」

「鼠凶魔!? まだ残ってたの!?」


 鼠凶魔が一体、猛然とイザスタさんに飛びかかっていく。だが一体なら別にどうということもなく、あっさりと迎撃される。しかし、


「このっ! 次から次へと」


 見れば、倒れている巨人種の男に開いたゲートから再び鼠凶魔達が出現し始めている。しかし奇妙なことに、それらは近くにいる黒フード達には目もくれず、イザスタさんや俺を狙って突撃してくる。


「クフッ。クフフフフ。そらそらどうしましたぁ? 私はもうそんなには魔法は使えませんよ。長期戦になったら不利ですとも。かかってこないんですかぁ? ただし、まだまだ凶魔はいますけどねぇ。クハハハハ」


 こののっぽめ。その笑い方腹立つんだよっ! 俺も寄ってくる鼠凶魔達を何とか撃退しているのだが、数が多くて一向に減る気配がない。牢の外に出ようとしている鼠凶魔はウォールスライムが食い止めているが、このままではいつ耐えられなくなるか分からない。


 そしてイザスタさんはと言うと、的確に鼠凶魔を倒し続けているが減る数と増援の数が拮抗している状況だ。それに鼠凶魔だけならまだしも、小さい方の黒フードも時折風の魔法を使ってくるので動きが制限されている。のっぽの方は余裕の表れか動かないが、この状態はとてもマズイ。


「おかしいわね。凶魔が人に従うなんて聞いたことないんだけど」

「クフッ。別におかしなことはありませんよ。凶魔達はただ優先度の高い順に襲い掛かっているだけですとも。襲いやすい順にね」

「……なるほど。凶魔避けのアイテムね」


 戦いながら二人の話を聞くに、この黒フード達は凶魔が嫌う香りを放つ道具を身に着けているので、自然と凶魔達が避けて別の人を狙うという。と言っても強い凶魔には効き目が悪いらしいが。


「さあて、お喋りしていて良いのですかぁ?」

“風刃”ウィンドカッター

「っ!!」

「イザスタさんっ!!」


 黒フードの放った風魔法が、まとわりついていた鼠凶魔ごとイザスタさんを襲う。風魔法に気づいたイザスタさんは躱そうとするが、急に途中でガクリと動きが鈍った。それでも強引に回避行動を取ろうとするが、鼠凶魔が邪魔で躱しきれない。


 鼠凶魔を両断する風の刃。上がる血飛沫。一瞬の後に飛びずさったイザスタさんの左腕からは、ぽたぽたと血が垂れている。腕が上がっていることから神経までは傷ついてはいないようだが、傷ついた腕を押さえながらイザスタさんは片膝をついた。


「おやおや、や~っと効いてきたようですね。特製ナイフの麻痺毒の味は如何です? 本来なら掠っただけで即座に効いてくるのですが、予想より効くのが遅いので少し焦りましたよ」


 毒? それを聞いて、さっきイザスタさんが俺を庇ってナイフが掠ったことを思い出す。もしかしてあれか? あのナイフに毒が仕込まれていたのか? イザスタさんは膝をついたまま動かない。


「もうそろそろ終わりのようですね。あなた達は実に……実によく頑張りましたぁ。ですがもう終わり。健闘空しくここで倒れるのでぇす。クハハハハ」


 のっぽも一気に自分達が有利になったのが分かったのだろう。余裕たっぷりに自分からイザスタさんの方に近づいていく。ウォールスライムも鼠軍団が外に出ようとするのを押しとどめるので手一杯で助けに入れない。


「どけよ…………どけえぇぇ」


 俺はイザスタさんが傷ついたのを見て遮二無二走り出した。


 なんてこった。俺のせいじゃないか。イザスタさんが毒を受けたのは俺を庇ってのことだ。自分への怒りで胸が熱くなる。最初から彼女は言ってたじゃないか。俺は自分の牢で待っていろって。それを半ばむりやりについてきた結果がこれだ。


 寄ってくるネズ公達を貯金箱を振り回して牽制しながら、何とかイザスタさんの傍に駆け寄る。だが一歩遅く、のっぽの黒フードは止めを刺そうとナイフを振り下ろした。

 

「そぉら」


 迫りくる必殺の刃。だが、それこそが彼女が待っていた瞬間だった。


「……はあぁぁっ!」


 膝をついて苦しそうにしていたイザスタさんは、降り下ろされたナイフを血塗れの左腕で払いのけ、がら空きになった胴体に渾身の掌打を叩き込んだ。それにより一瞬浮き上がった身体に、追撃の蹴りをお見舞いする。


「ごふぁっ」


 その威力ときたら、進行方向にいた鼠凶魔数匹を巻き込んで、のっぽを反対側の壁まで吹き飛ばすほどだ。これにより巨人種の男、つまりは鼠凶魔の発生源までの道が一時的にこじ開けられる。壁に激突したのっぽはピクリとも……いや、かすかに動いているから死んではいないようだ。


「内臓に良いのが決まったから、これならしばらくは動けないでしょ。今のうちにまずはこの凶魔達が出てくるのを止めないとねん」


 駆け寄った俺に対して、イザスタさんはスッと何事もなく立ち上がって言う。その姿はとても今まで毒を受けて苦しんでいたとは思えない程で……。


「イザスタさんっ! 毒は? 毒は大丈夫なんですかっ!? それにさっきの風魔法で腕をっ」

「あぁあれ。……実はその、最初から毒なんか受けていなかったっていうか……かかったフリして相手が油断するのを待っていたというか……。腕も血は派手に出てたけど大したことはなくて」


 そう自分の頬をポリポリと掻きながら、少しだけ申し訳なさそうに言うイザスタさん。毒を受けていなかった? でもあののっぽはナイフに麻痺毒がどうとかって。


「それは…………っと。もうその手は食わないわよっ」


 話の途中で、イザスタさんは落ちていたナイフを拾って俺の後ろに投擲する。慌てて後ろを向くと、小さい方の黒フードがふわりと飛びのいてナイフを避けていた。アイツめ。さっきみたいにまとめて風で攻撃しようとしたな。


「……イザスタさん。あいつは俺が食い止めますから、その間に早く鼠の元を断ってください」


 これ以上、足を引っ張ってばかりはいられない。男には意地でもやらなきゃいけない時があるのだ。……かなりきつそうだけどな。

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