第22話 凶魔化
「クフッ。クフフフフ。やぁ~っとゲストが到着しましたか。待ちわびましたよぅ」
むっ。この聞く者に不快感を与える嫌な感じの声は……のっぽの奴か!?
はたしてその通り。奴はいつの間にか少女の後ろに立つように現れた。また空間移動で跳んできたようだ。何だかんだまだ余力があるみたいだな。
口元にニヤニヤとあざ笑うような笑みを浮かべながら少女の肩に手を置く様は、まるで囚われの姫を嬲ろうとする悪い魔法使いのようで。……まあ実際は姫ではなく、人を風であちこち叩きつけるようなアブナイ美少女なんだが。
「お初にお目にかかります。私はクラウン。我らの崇高なる目的の成就のために日々邁進している者です」
「ふんっ。
相変わらず大仰な態度で接するのっぽ……クラウンに対し、怒りを隠そうとせずに目的を問いただすディラン看守。その拳が僅かに震えていることから、彼が凄まじく怒っていることが分かる。
「ええまさしくその通り。我らの目的達成の第一歩として、まずは地上にいる『勇者』達を見極めなければなりません。そのためには貴方は邪魔なのですよぅ。二十年前の英雄にして看守長、そして大罪人にしてこの王都から離れることの許されない囚人。ディラン・ガーデン殿」
「……俺のことについて調べてあるみたいだな」
「恐縮至極」
……え~っと、待った待った。急にディラン看守の情報が増えたんで頭が混乱してきた。整理すると、ディラン看守は昔英雄とか呼ばれてて、実は看守より偉い看守長で、大罪人と言うのはよく分からないが、ここの囚人でもあるからこの街から離れられないと。…………ナニコレ? 一気に属性過多になったよディラン看守。いや、看守長って呼ぶべきなのか?
「先に言っておくが、看守長といっても名ばかりだ。実際他の看守はほとんどがウォールスライムだからな。ヒト種で比較的マシだった俺が選ばれたに過ぎん。今まで通りただの看守で構わんぞ」
ディラン看守はこっちの顔色から察したのか、答えを先に言ってくれる。イザスタさんといい看守といい察しが良すぎるぞ。
「クフフ。当初の予定では、ここで貴方と一戦交えることになっていましたが……」
そこで一度言葉を切ると、クラウンは俺とイザスタさんを憎々しげに見つめる。
「……忌々しいことにですが、予定外の邪魔者によってかなりのダメージを受けてしまいました。この状態では貴方の相手をするのは流石に困難です。今回は顔見せのみとして、引き上げさせていただきますよ」
「……!? クラウン。……私は奴を殺さねばならない。……このまま戦うことは出来ない?」
少女の方がそんな物騒なことを言いながらこちらに熱い視線を送ってくる。好意とかなら嬉しいんだが、明らかに殺意とか怒りの視線だ。……あの体勢になったのは偶然なんだけどなぁ。顔を見ちゃったのは事実だが。
「貴女の私情よりも任務の方が優先されますよぅ。……しかしこの状況は……」
少女の言葉にクラウンは当初窘めるのだが、周囲を見まわして少し考え込む。少女は最後にこちらをキッと睨みつけるとフードを被りなおす。被りなおしちゃったか。結構な美少女だったのに少し残念だ。まあ素顔を見たら殺されかけるというのは勘弁だが。
「ここまでやらかしておいて、ただで帰れるとでも? 二人ともここで捕らえさせてもらおうか。言い分と目的はその後でたっぷりと聞いてやる」
ディラン看守が一歩前に進み出る。
「お前が空属性の使い手だということはさっきの動きで分かった。だがお前がいかに凄腕の術者だろうと、この魔法封じの牢獄から跳ぶとなるとそれなりの溜めが必要だ。おまけに二人となれば尚更と言える。その隙を見逃すとでも?」
「そうでしょうねぇ。いくら私でも、この状況で瞬時に外に跳ぶのは難しい。…………ならば、これならどうですか?」
クラウンはそう言うと、再びフッと姿を消す。そして次に現れたのは、倒れていた巨人種の男の傍だった。
「今更何をしようって言うの? そのゲートならもう自壊を始めているわ。繋ぎなおすにしたってしばらくかかるハズよん」
「いえいえ。今使うのはそれじゃあありませんよう。私が用があるのは…………
奴はローブの中から何かを取り出した。それは遠目ではっきりは分からなかったが、見た瞬間何か良くないものだと感じた。何とも言えない気色悪さというか。
「っ!? あれはまさか!?」
「……なんかマズそうね」
ディラン看守が何かに思い当たったかのように飛び出し、イザスタさんもそれに続く。だが、
「……行かせない」
黒フードの少女が再び風を巻き起こして二人を足止めする。今度は大量の小型の風弾を乱射して数で圧倒してくるので、先ほどのようにディラン看守が殴り消すという方法が効きづらい。そしてそうこうしているうちに、クラウンが倒れている巨人種の男に取り出した何かを突き立てた。
「さあて、始まりますよ。クフッ。クハハハハ」
「ぐ、ぐあああぁ」
クラウンが高笑いを上げると共に、男の苦悶の声が牢内に響き渡る。そして変化は突如として訪れた。
「あああアアアァ」
一度ビクンと身体が大きく跳ねたかと思うと、男の身体がみるみると膨張していく。肌の色は赤黒く染まり、血管らしきものがドクンドクンと脈打ちながら浮き出る。ビリビリと服が身体の膨張に耐えかねてはじけ飛び、筋肉はまるで鎧のように変化する。
そして男はゆっくりと立ち上がった。背丈は三メートルを超え、眼は爛々と真っ赤に輝き、額からはいかにも鋭そうな角が自身の存在を主張している。その姿はまるで、
「……凶魔?」
「グ、グオアアアアアアァ」
その雄叫びは、これまで散々鼠凶魔達が発していたものととても良く似ていた。
まるで凶魔のように変貌した男。もはや物語に登場する鬼のような風貌になってしまったそれは、周囲をその瞳で睨みつける。そしてディラン看守を目に留めると、そのまま雄叫びを上げて襲い掛かってきた。
筋肉が膨れ上がって丸太のようになったその剛腕を振りかざし、ディラン看守に向けて叩きつける。流石のディラン看守も直接受けるのはマズイと判断してバックステップ。躱されてそのまま床に直撃した一撃は放射状にひび割れを入れる。なんて馬鹿力だ。
「この腕力。巨人種だからってだけではない。……生物の人為的な凶魔化か!? まだそんなバカげたことをする奴が残っていたとはな」
ディラン看守は苦虫を嚙み潰したような顔でそう言った。凶魔化って、凶魔って魔素から自然発生するんじゃなかったのか?
「さあて、では私はそろそろ退場するとしましょうか。次の仕事がありますのでねぇ」
クラウンはそう言うと、奴の背後の空間に突如大きな穴が開く。どうやら俺達が鬼に気をひかれている内に移動のタメを済ませていたらしい。
「待てっ!! ぐっ!?」
俺は咄嗟に叫ぶが、まだ身体がふらついていて上手く動かない。さっきの顔面からいったダメージががまだ残っているようだ。イザスタさんやウォールスライムも少女に阻まれて追いかけることが出来ない。
「クフフ。エプリ。あとは任せます。分かっていますね?」
「……了解」
エプリと呼ばれた少女を残し、クラウンはそのまま穴に向かって歩いていく。って!? アイツ仲間を置いていく気か!?
「追いかけて来ても良いのですよぉ。ただし、エプリは身体を張って妨害しますし、その凶魔化した巨人種を放っておいても良いのなら……ですが。クハハハハ」
「…………くっ!?」
ここまで音が聞こえるほどディラン看守の歯ぎしりの音が聞こえてくる。ここで無理に追いかければ、間違いなくあの鬼はここを出て暴れまわるだろう。少し見た限りだが、あれは鼠凶魔とは明らかに格が違う。外に出たらかなりの被害が出ることは確実だ。なんとしてもここで止めなくてはならない。
ディラン看守もそれは分かっているのだろう。故に今はこの鬼の対処を優先し、去っていくクラウンのことを睨みつけることしか出来なかった。
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