第10話 知らない間に極悪人

 異世界生活五日目。


 朝は基本的にこれまでと同じ。看守が朝食の配給に各牢屋を回り、待遇の向上を望む者は金を払う。


 またもや隣のイザスタさんはディラン看守に起こされて配給を受け取り、俺も少しグレードの下がった朝食を貰う。


 もはや隠す気もないという風に堂々と穴を通ってくるイザスタさんに、それを見て苦い顔をしながら金を請求するディラン看守。なんだかんだでこの面子にも慣れてきた頃だった。


「おい。良い知らせと悪い知らせが有るがどちらから聞きたい?」


 昼食を運んできたディラン看守がそう聞いてきた。


「え~と、それじゃあ悪い知らせから」


 昼食を受け取りながらそう答える。出来れば良い知らせだけ聞きたいところだが、こういうのは二つセットになっているのがお約束。それならば心と知力に余裕がある内に悪い方を聞いておこう。


「悪い知らせからだな。分かった」

「もしかして判決が延びるとか? そうなると待遇アップに支払う金がないからまた値引き交渉をお願いしたいんですが。もしくは牢屋内でできる仕事を斡旋してもらうとか」


 うっかり検査で変な結果が出たとかかも知れん。なんせ別の世界の人間だもんな。不思議じゃないけど。それにしてもこれ以上ここに留まるのは勘弁してほしいけどな


「いや。刑自体はほぼ確定だ。あとは書類の作成やらを待つばかりだな」

「それじゃあその書類に物凄く時間がかかるとか? やたら数が多いとかそんな理由で」

「そうでもない。実はな……………………お前は相当な極悪人ということになっているぞ」

「……はい?」


 一瞬思考が止まる。……極悪人? 俺が? 確かに人様(特に“相棒”に)に迷惑をかけたことは一度や二度じゃすまないけど、こっちに来てからは何もしてないぞ。……してないよな?


「情報によると、お前は城の一室に侵入して重要書類を奪い、駆けつけた衛兵と争いになって数名に重軽傷を負わせ逃亡。逃亡中にたまたま居合わせた城仕えの女性に性的暴行を加え、おまけに食糧保管庫の一部に放火しているところを追ってきた衛兵に取り押さえられたとある」

「な、な、なんじゃそりゃ~!?」

「あらあら。トキヒサちゃんそんなに悪い子だったの? お姉さんちょっとショック」

「いやいやいやちょっと待ってくださいよイザスタさん。俺そんなのやっていませんって。これは何かの間違いです」


 いつの間にかこっちの部屋に移動していたイザスタさんに弁明しながらも、俺自身パニックになりかけていた。


 ディラン看守の話を聞くだけでも不法侵入に窃盗に公務執行妨害、傷害に婦女暴行に放火。…………う~む。これ極悪人じゃね?


「何でそんなことになっているかは知りませんが、俺はそんなことはしていません。最初の不法侵入は……いつの間にか来ていたから仕方ないにしても、それ以外は全くのデタラメです」

「だろうな。少なくともお前を取り押さえる際に怪我をした奴は居ない。もしそういう危険人物なら、ここに来るときに身体を拘束されている筈だからな」

「じゃあ、何でまた俺がそんなことをやったなんて話に?」

「それもあるが今の問題はそこじゃない。今問題なのは、それによってお前の罪が一気に重くなったという点だ」


 罪か。もしこの濡れ衣が全てまかり通ったりしたら……。一瞬俺の頭にいや~な物がよぎる。磔にされて火あぶりになったり、ギロチンで首と胴体が泣き別れになったりというものだ。


 まさか、いやいや流石にそんなことはないよな。


「これらの罪により、お前は特別房に移送されることになる」

「特別房?」

「簡単に言うと極悪人用の牢屋だ。ここは基本的に軽犯罪者用の牢屋だからな。そのため警備もやや薄く、毎日差し入れなんかも出来る訳だが、特別房はそうはいかない」

「そんなに酷い場所なんですか?」

「そうだな…………ここの暮らしが天国に思えるぐらいには酷い。その上そこに入って出所した奴はほとんど居ない。何故なら」


 そこで看守は少し間をおくと、声を潜めながら呟いた。


「何故なら、大半は一年経たずに獄中で死亡するからだ」

「イヤじゃぁぁぁぁ!!!! そんなとこ行きたくないよぉぉぉ!!!!」


 魂の叫びpart2。そんな最悪の場所に放り込まれるなんて異世界生活六日目にして早くも大ピンチだ。このままではえらいことになる。


「じ、冗談じゃないですよ。俺はそんなことやってないんですって。何か手はないんですかディラン看守!!」

「まあそう慌てるな」


 慌てて無罪を主張する俺に、ディラン看守はただ淡々とした態度で答える。


「ねぇ看守ちゃん。意地悪しないでそろそろ話してくれても良いんじゃない? 有るんでしょ? 良い知らせが」


 いよいよ困り果てていた俺にイザスタさんが助け船を出す。確かにまだ良い知らせを聞いていない。もしやこの濡れ衣を晴らす算段とか。


「さて、良い知らせだが…………喜べトキヒサ・サクライ。明日は祭のため、囚人にも恩赦が出て金を払わずとも食い放題だ。そのため今日の朝支払った分は次回に持ち越される。一日分浮いたぞ」

「わ~い食べ放題だ~じゃないですよ!! これじゃあおもいっきりあれじゃないですか。最期の晩餐に旨いもの食わせてやる的なものですって。他に何か無いんですか?」

「有るぞ」


 事も無げにそう言うと、ディラン看守は荷車から紙のような物を取り出して広げてみせた。また待遇の値段表か? 今さら待遇を良くされても。


「えっと何々、『上に無罪又は減刑を掛け合う 千デン』『一日釈放(見張り付き) 一万デン』『出所 方法により金額は応相談』ですって。意外に安いわね」

「えっ!? 金で出所出来るんですか!?」


 イザスタさんが読み上げた内容は驚きのものだ。俺の反応にディラン看守は落ち着きはらった様子で説明する。


「出来るぞ。と言ってもこの方法で出所した囚人はほとんど居ないが。わずかな時間を大金払って釈放されるよりも、時間をかけて罪を償った方が当然良いからな」

「でもそれじゃあ金持ちの悪者とかすぐに自由の身になったりしません?」

「なれるな。ただし、そういう分かりやすい悪党には基本的にこれは見せないことにしている。これを見せるのはあくまで灰色、罪を犯していない可能性のある奴だ」

「灰色って……まぁそこは良いや。つまり金を払えば何とかしてくれるんですね」

「そういうことだ。絶対の保証は出来ないが、もらった分は手を尽くす。俺は金にはうるさいんでな」


 どうしたものか。いくら何でも正直怪しい。これは新手の詐欺ではないだろうか?


 いきなりあらぬ罪を着せることでパニックを起こさせ、そこに金さえ払えば何とかなるという救いの糸を差し伸べる。ホイホイ信じて金を払ったらそのままとんずら。


……あり得なくはないが、金を騙しとるにしてもこんな大袈裟なやり方をわざわざとる必要はない。ただ待遇に関する料金を値上げすれば良いだけだ。となると本当の可能性もそれなりにあるな。しかし、


「と言ってもそこまでの金は手持ちにないんですが。今の所持金は精々あと四百デン位しか」


 手持ちの現金はそれくらいだ。地味に一日百デンはキツかった。


「四百デンか……それでは足らんな。上に掛け合うだけでも千デンからだ。他に払うあては有るか?」


 一応はあてはある。また『万物換金』を使ってスマホを換金すれば良いのだ。だが、ここで使ってしまってはもう本当に手持ちの金が無くなってしまう。


「何とか後で払うからこの四百デンをとりあえず手付金に、というのはダメですかね?」

「ダメだ。内容が内容だからな。これまでの差し入れ程度とは訳が違う。全額前払いだ」


 看守は譲ろうとしない。考えてみれば、上に掛け合うということはそれだけリスクもある。


 場合によっては上司の心証も悪くなるかもしれないし、元々黙認されているとは言え危ない橋だ。それでも構わないと思わせるぐらいのメリットがいる。


「話は以上だ。次はまた夕食の時にでも」

「あっ!ちょっと待って看守ちゃん」

「何だ?」


 立ち去ろうとするとディラン看守を、イザスタさんが後ろから呼び止めた。ディラン看守はもうちゃん付けは諦めたのかどこか疲れた顔をして振り返る。


「聞き忘れていたんだけど、明日の祭って何? 囚人にも恩赦が与えられる程の祭なら有名なんでしょうけど、それにしてはそんな祭が明日有るなんて聞いたこともないし」

「明日の祭か。つい昨日急に決まったことだから当然だな。だがこれから毎年の記念日になる可能性が高い。何せ『勇者』が現れたことを大々的にお披露目するらしいからな」

「へぇ…………『勇者』ねぇ」


 その言葉を聞いた瞬間、イザスタさんの顔色がほんの一瞬変わった。勇者と言うと、俺がこっちに来る時に割り込む筈だった人達のことだろうか?


しかし、俺が着いたのはその人達が来てから数日経った後だとアンリエッタは言っていた。


 仮に三日のズレがあったとすると、今日までで合わせて八日だ。それだけ時間があって今になってお披露目? それくらいの用意は必要なのかもしれないが……なんか引っ掛かる。


「ちなみにお披露目って言うくらいだから、街中を練り歩いたりでもするの? それともお城でパーティーとか?」

「さてな。詳しくは知らされていない。ではそろそろ俺は行くぞ。サクライ・トキヒサ。お前が特別房に移送されるのはおそらく二日後くらいだ。それまで何か要望が有ればまた言え。金さえ払えば出来るだけのことはしよう。イザスタはさっさと出所しろよ」

「……はい」

「ハイハイ。了解よん」


 ディラン看守はそう言うと、今度こそ荷車を引いて立ち去っていった。ガタガタという音が少しずつ遠ざかっていく。


「…………さてと。それじゃあアタシもひとまず戻るわね。色々とやることもあるし」


 バイバ~イと手を振りながら壁の穴に入っていくイザスタさん。通り終わるとすぐにウォールスライムが穴に被さってまた壁に擬態する。そうして俺の部屋は一気に静かになった。


「……ふぅ」


 俺は軽く溜め息をついてそのまま座り込んだ。一気にややこしいことになって頭がこんがらがってきた。


それにしても参ったぞ。整理すると、ディラン看守の言を信じるなら、俺は二日後にその特別房という場所に移送される。


 罪状は大半が覚えのない冤罪だが、一度入ってしまったらおそらく冤罪を晴らすことは難しい。


 待遇もかなり……いや、看守の話しぶりから推測するに物凄く悪い。獄中で死亡する者が出るレベルとなると俺も命の危機だ。


 そしてほぼ間違いなくゲームを一年でクリアするのは不可能になる。特別房に入るのは確実にアウトだ。


ならばどうするか? ディラン看守は金さえ払えば出来るだけのことはすると言っていた。また手持ちの品を換金して渡すか?


 ……それにしたって出来るのは精々減刑を上に掛け合ってもらうだけだ。時間稼ぎにはなるかも知れないが、根本的な解決はしてないからあくまでその場しのぎか。


「…………ああもうダメだ!! こういう考え事は俺には向いてない。腹も減ってきたし、まずは何か食べてからだ」


 俺はひとまず昼食を摂ることにした。…………決して問題を投げ出した訳じゃないぞ。腹ペコでは頭が働かないからだ。

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