第11話 お隣さんにバレちゃった

「ふぃ~食った。……食ったけど、やっぱりちょっと少なかったかな」


 俺はきっちりおかわりもして壁にもたれかかっていた。ただし、あえてパンだけは食べずに残して置いてある。ちなみに今日の昼食は、いつものパンとスープに加えて魚のパイ包み焼きが付いていた。予想より洒落た物が出てきたので驚いたが、基本追加される物は何処かで余った品をまわしているらしい。

 

「それにしても、今日はイザスタさん来なかったな」


 ここに来てから何だかんだ理由をつけて一緒に食事をしていたので、急に来なくなると少し違和感がある。……今回に限っては好都合だが。


「さてと、やるか」


 俺は静かに貯金箱を呼び出し、なるべく音をたてずに硬貨を入れて『査定開始』と呟いた。貯金箱から光が伸び、皿に置かれているパンに放たれる。


 パン

 査定額 二デン

 

 設定通貨はデンに変更してある。まぁ囚人の基本の食事だから期待はしていなかったが、それにしたって二デンは安い。日本円にして二十円である。スープも同じくらいだと仮定すると、一食につき四十円である。お代わりを含めても百円いくかどうかの食事って……。考えるのはやめておこう。まずは少しではあるが換金しておくか。


 チャリ~ン。

 

 貯金箱から二枚の石の硬貨が出てくる。食事も金になるのではないかと試してみたが一応は成功だ。硬貨を懐にしまうと、俺は貯金箱を持ってそのまま立ち上がった。

わざわざ僅かな金の為だけに貯金箱を呼び出した訳ではない。これの査定で少しでも牢の情報を調べるためである。ゲームでも現実でもそうだが、行き詰まったらまず出来ることを色々やってみることだ。俺は再び査定を開始した。





「とは言っても、基本的には前調べた時と同じなんだよなぁ」


 牢屋の中で腕組みをしながら考える。当然壁や格子は買取不可。ウォールスライムも前と同じく擬態中。食器もまだ取りに来ていないので調べてみたがこちらも公共の品のため買取不可だった。付属のスプーン(木製)や貸し出された毛布まで調べたが同様だ。……もう調べる所がないぞ。


「やっぱりスマホを換金して減刑をお願いするしかないか。しかしなぁ……」

 

 今の俺にはまともな収入がない。金がないからと言ってどんどん品物を換金していけば、最終的にはどうにもならなくなるのが目に見えている。食事の一部を毎回換金するという手もあるが、額は微々たるものだろうからとても間に合わない。むしろ腹が減るだけ逆に状況が悪化しかねない。


「しかし…………なぁに?」

「仮にお願いしても減刑されるかどうかは不明なんだよなぁ。ここに長居する訳にもいかないし、どうしたもんか…………って!? イザスタさん!?」

「ハーイ!!」


 いつの間にかイザスタさんが壁から上半身だけを出してこちらに来ていた。壁からニョキっと生える美女。シュールだ。いや、今はそれどころではない。


「あのぉ。イザスタさん……いつからそこに?」

「そうねぇ……トキヒサちゃんが変な箱を何処からか出して、パンをお金に変えちゃった辺りからかしら」


 おぅ。俺は手を顔に当てて嘆息する。おもいっきし見られてんじゃん!! この加護のことはなるべく伏せるようにアンリエッタに言われてたのに。

 

「よいしょっと。それでトキヒサちゃん。さっきのは一体なんなのかなぁ? お姉さんと~っても気になるのだけど」


 イザスタさんがニヤニヤしながらこちらを見ている。何か面白そうじゃない。ちゃんと説明をするまで動かないわよって感じの目だ。


「これはですね、そのぉ……」


 俺はそこで言葉に詰まる。下手な説明ではイザスタさんは納得しないだろう。かと言ってこちらの事情をどこまで話して良いものか? 神様に半ば無理矢理協力させられていますなんて言っても普通は信じないよなぁ。しかしどのみち今のままじゃ八方塞がりだ。それならいっそ。


「…………はぁ。分かりました。話します。……でもこのことはなるべく内密にお願いしますね」

「そうこなくっちゃ。大丈夫。お姉さんは秘密やナイショ話は得意なの」


 イザスタさんはパチリとこちらにウインクしてみせる。……本当に大丈夫か? ちょっと不安だ。


「実はですね……」


 俺はイザスタさんに『万物換金』の能力について説明した。といっても俺自身まだ完全に把握できてはいないので、何か適当な物に実際に使ってみることになったのだが。


「じゃあ……試しにこれに使ってみてくれる?」


 イザスタさんが自分の牢から持ってきたのは、以前菓子をご馳走になった時に使っていた食器だった。皿にカップ、ティーポット。あの時は気づかなかったが、それなりに装飾の付いた陶製の品だ。


「あの……結構高そうなんですけど」

「そうかもね。アタシがここに入ったばかりの時、看守ちゃんに色々家具を用意してって頼んだの。それなりの値段を吹っ掛けられたから良い品だと思うわよ」


 それなり……ねぇ。俺はあまりこういう物の相場は詳しくないが、少なくとも牢屋にホイホイあるような代物ではなさそうだ。


「それじゃいきますよ。『査定開始』」


 貯金箱から出た光が食器を照らす。査定結果は、


 食器類

 査定額 二千デン 買取不可

 内訳

 皿 二枚 八百デン 買取不可

 ティーカップ 二つ 七百デン 買取不可(他者の所有物の為)

 ティーポット 一つ 五百デン 買取不可(他者の所有物の為)


 となった。日本円で二万円だ。食器でこれならかなりの値段じゃないか? 家の安物の品とは大違いだ。……ありゃ? 何故買い取れないのかという理由が増えている。前まではついていなかったのに。……これは何度も査定している内に精度が上がったということだろうか? そうだと嬉しいな。


「全部合わせて二千デンですね。ただ、これは俺の持ち物じゃないから換金は出来ないんですが」

「あらそう? それならしょうがないわね。これはトキヒサちゃんにあげるわ」

「えっ!?」


 イザスタさんがその言葉を言うや否や、査定結果から買取不可の文字が消える。反応早いな……じゃなくて。


「えっとですね。二千デンですよ。ただでそんな品を貰うのは気がひけると言うか」

「別に良いわよん。お姉さん相当稼いでるからこれくらいなんでもないし、実際に換金する所を見せてもらう分の情報料だと思えば。…………どうせ経費で落ちるし」

「経費?」


 ファンタジーな世界ではあまり出てこない単語に思わず聞き返す。


「なんでもないなんでもない。気にしないでちょうだい。それよりも早速換金する所を見せて」


 ……なんか気になるが今はおいておこう。改めて食器を換金し、そのまま硬貨として外に払い出す。


 チャリ~ン。チャリ~ン。


 貯金箱から出てきたのは沢山の銀貨。どうやら一枚で百デンらしいので、二千デンだから二十枚あることになる。床に落ちたそれをイザスタさんが一つつまんでしげしげと眺める。


「へぇ~!! ホントにお金に変わっちゃったわ。……魔法で造られた偽金でもなさそうだし、幻影とも違う。スゴいわねぇ」


 イザスタさんは大分驚いている。軽く指で弾いたりして調べているが、どうやら納得したようだ。まぁスゴいと言っても貰い物の加護なので、俺自身は誉められている感じはしないが。


「どれどれ。一、二、…………確かに二千デン有るわね。じゃあ、はい!」

「……!?」


 イザスタさんはそれぞれを確認しながら拾い集めると、そのまま俺に差し出してきた。


「はい! って、受け取れませんよ流石に!! 俺のしたことはただ物を預かって金に替えただけですよ。それなら当然この金はイザスタさんの物です」

「さっきも言ったけど、今の品はトキヒサちゃんにあげた物よ。それならそれを金に替えてもやっぱりトキヒサちゃんが受け取るべきよん。それに今は少しでもお金が必要な時じゃない?」


 俺はそのまま押し戻そうとするが、彼女も頑として受け取らない。……確かに今は金が必要だ。正直欲しいとも。だからと言って、食事を奢ってもらう程度ならいざ知らず、ほとんど俺は何もしていないのに二千デンも貰うのは落ち着かない。


「もうっ。意外に頑固ねぇ。……分かったわ。それじゃあこうしましょう。これからトキヒサちゃんにはアタシのお願いを聞いてもらうから、その分の代金としてこれを受け取ってもらうのでどう?」


 ……まぁ頼みにもよるけど、いきなりポンッと貰うよりは良いか。しかし二千デン分となると相当難しいものかね。


「分かりました。それで頼みというのは?」

「簡単よ。……アタシはもうすぐ出所するから、その手伝いをしてほしいの」


 イザスタさんはニッコリ笑ってそう言った。

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