第7話 魔法はやっぱりロマンです
およそ二時間後。
「疲れた~」
取り調べも終わり、俺はまたディラン看守に連れられて元の牢屋に戻る途中だった。
内容自体は結構形式的なものが多かったが、あの役人とにかく細かい所まで突っ込んで聞いてくるのだ。出身地や年齢等に加えて、住んでいる地域の郷土料理まで尋ねられた時には流石にうんざりしたぞ。
意外に朝イザスタさんと話したことが役に立った。急に聞かれると焦るけど、質問の大半はイザスタさんとのお喋りで聞かれたことばかりだったからな。
それと俺の指を針でつつかれて血を採られた。何でも血はほぼ全て生物固有の物で、それを調べることで種族や能力等を多少判別出来るらしい。これで身の潔白が証明出来るならお安い御用だ。
「お疲れさん。予想より長い取り調べで俺も疲れた。お前への判決は数日後になる。しばらく牢の中でのんびりすることだ」
流石に少し疲れた顔をしてディラン看守が言った。そう数日後……数日後!?
「数日後!? 即日解放じゃあないんですか?」
「そこに関しては俺も妙に思ってる。ただの不法侵入程度ならここまで普通長引かないし、血を調べることもまずない。取り調べが終わった時点で何らかの刑が決まるのが大半だ。……お前本当に何もやってないんだな?」
疑わしそうな顔をするディラン看守に対し、俺はブンブンと顔を縦にふる。
本当に扉から出て数分で衛兵に捕まったのだ。某警備会社もビックリの迅速な行動だった。その間少し通路を歩いた程度である。たったこれだけで取り調べが厳重になるものだろうか?
「…………ひとまずは刑が決まるまで牢屋で過ごしてもらう。それとイザスタが払ったのは明日の朝食までの金だ。引き続き待遇を良くするなら朝食の時に次の分を払うように」
そう言えば忘れてた。俺の能力で金(デン)を調達出来なきゃ大ピンチだ。後で試しておこう。そのまま俺達はまたテクテクと元の牢屋に戻ったのだが…………。
「お帰り~。遅かったわねぇ。もう先に食べ始めてるわよ。これはトキヒサちゃんの分ね」
イザスタさんが夕食を食べながら待っていた。…………俺の牢で。また壁の穴から潜り込んできたようだ。イザスタさんの横には手つかずの食事が一揃い。どうやらこっちが俺の分らしい。
「ただいま~って、イザスタさん自分の所で食べてくださいよ!! ほらっ。ディラン看守だって呆れてますよ」
「だって一人で食べる食事は味気ないもの。取り調べが終わって疲れきったトキヒサちゃんと一緒に食べようと思って待っていたのに一向に来ないし」
拗ねた顔をして見せるイザスタさん。だからって俺の牢屋で待たなくても。ディラン看守も壁の穴のことは知っているとのことだけど、それにしたって囚人がこんなに自由じゃあマズイだろ。
「…………」
ほらほら。ディラン看守も眉間にシワを寄せて難しい顔をしてるって。だから自分の牢屋に早く戻ってほしいんだが。
「…………はぁっ。食い終わったらさっさと自分の牢に戻れ。というかさっさと出所しろ。お前の刑期はとうに終わっているだろう。いつまでここに居るつもりだ?」
「そうねぇ。大体調べたし、もう数日くらいしたら出発しようかしら。それまではまたお願いね~」
イザスタさんはそう言うと、そのまま俺の牢屋で夕食の続きを始めた。本当に食べ終わるまで居座る気だ。まあこっちとしても一人で食べるよりか良いか。俺も牢屋に入って夕食に手をつける。
「まったく。早く戻れよ」
ディラン看守はそのまま通路を歩いていった。あの人も取り調べ中ずっと立ち会っていたからな。肉体的疲労と精神的疲労が色々溜まってそうだ。っと、そうだ。折角だから今のうちに聞いておこう。
「イザスタさん。さっきディラン看守が言ってましたけど、もう刑期が終わってるって本当ですか?」
「本当よん。だからアタシは出ようと思えばいつでも出られるわ。と言ってももうしばらくはここに居るつもりだけど…………何でか聞きたい?」
「何でですか?」
気にならないと言えば嘘になる。それに刑が決まるまでは暇だしな。そう思って聞いたのだが。
「フフっ。だ~め♪ 女には秘密がつきもの。トキヒサちゃんがお姉さんともうちょっと仲良くなるまで内緒。ねっ」
彼女は人差し指で俺の口を塞ぎながら、そんなことを言って微笑んだ。そう言われるとこれ以上は詮索しづらい。今回はやめておくか。
そうしてしばし二人で食事をしていると、急にイザスタさんが訊ねてきた。
「そういえばトキヒサちゃん。貴方の魔法適正ってなあに? 元気そうだから火属性とか?」
「魔法適正……ですか? その……俺はそういったことにも疎くて、魔法とかよく分からないんです」
「そうなの? 珍しいわね。あんまりいないわよん」
流石に不思議そうな顔をするイザスタさんに、俺は最初の自己紹介の時と同じようにひどい田舎から来たとの理由で押し通す。
……そろそろこの理由じゃ厳しいか。そう思ったのだが、意外なことに彼女はそれ以上突っ込んでこなかった。それどころか、夕食の後で簡単な魔法の説明をしてくれるというのだ。俺はありがたく教えてもらうことにした。
「それじゃあよ~く見ててね。水よ。ここに集え。“
「おっ! お~っ!?」
イザスタさんの言葉と共に、何もないところから直径五センチ程の水玉が出現した。水玉はふよふよと浮かび上がり、イザスタさんの手のひらから少し上に停止している。
事前に軽く周囲を調べたが、手品の種のようなものは見当たらなかった。つまりこれは紛れもなく本物だ。
…………やばいな。興奮してきた。ゲームやライトノベルを嗜んだ者なら一度は大抵夢想しただろう魔法。それがすぐ目の前にあるなんて。
アンリエッタのやったようなものはスケールが大きすぎてイマイチ実感が湧かなかったが、こういったのシンプルなものは非常に分かりやすい。
指先から火が出るとか、水玉が宙に浮くとか、そういった科学でも何とか真似できそうなものの方がロマンがあるのだ。
「フフッ。そんなに眼を輝かされると何だか照れちゃうわねぇ」
さぞ顔に出ていたのだろう。一発で看破される。それも仕方ない。それだけの感動だったんだ。そして水玉はそのまま宙を移動し、俺の手の届く所までやってくる。
つい衝動に駆られて指先でつついてみると、何の抵抗もなくすっと指が水玉の中に入っていく。そのまま引き抜いて指先をペロリと舐めてみる。うん。確かに水だ。
「じゃあ基本的なことから説明していくわね。まず世界には魔素と呼ばれるものが満ちているの。簡単に言うと魔法の素ね。それを体に一度取り込んで、自分の形に変化させて使うことを魔法と言うの。自分の形って言うのが大事なところよん」
イザスタさんは何処からか取り出した紙に図を描いて説明してくれる。眼鏡とスーツがあったら完璧にどこぞの女教師のような雰囲気だ。水玉を浮かべたままなのが気になるが。
「自分の形というと、同じ魔法でも使う人によって違ったりするんですか?」
「そうね。同じ魔法を使っても、使い手の力量やイメージによって微妙に違ったりするの。例えば今アタシが使っているこれ」
そのままイザスタさんは、宙に浮かんでいる水玉を再び自分の所まで移動させる。
「これは水属性の初歩的な魔法だけど、魔力の込め方を変えることで大きさや形、水質を変化させたりできるわ。水玉じゃなくて生き物の形とかね」
その言葉に従い、水玉は次々に形を変えていく。球体から棒状、リング状、最後は動物のような姿になり、吠えるような動きをしてまた水玉の状態に戻る。初歩にしてはすごく応用が効くな水属性。
「他の属性も基本はおんなじ。トキヒサちゃんに何の魔法適性があるかは分からないけど、それぞれにその属性の個性があるの。次はそれを勉強しましょうか」
「はい! よろしくお願いします」
魔法。魔法かぁ。異世界に来たからには一度は使ってみたいと思っていたけど、俺も遂に使える時が来たのか。
ついつい顔がにやけるのを必死に我慢しながら、俺はイザスタさんの魔法個人レッスン(座学編)を受けるのであった。
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