第6話 突撃! 隣のお茶会へ

「ふぃ~。やっぱりスープは肉を入れるとちょうど良い塩加減になったな」


 きっちりおかわりもして腹も膨れ、少し壁に寄りかかって食休みをしていた時だった。


 そう言えば、お隣のイザスタさんはどうしたのだろうか? 話し相手が欲しいと言っていた割には朝食の間話しかけてこなかったけど。


 ブルブル。ブルブル。


「んっ!?」


 いきなり自分が寄りかかっていた壁の一部が震え出した。最初はブルブルと軽い振動程度だったのだが、少しずつ大きくなって今ではグラグラという感じだ。


「なんだなんだ!?」


 俺は驚いて距離をとる。壁の一部はそのまましばらく震えていたかと思うと、ズポッという音をたてて穴が開いた。そして、穴の向こう側からズルズルと音をたてて誰かが乗り込んでくる。


「よいしょっと。……バアッ♪ 驚いた? やっぱりお喋りは相手の顔を見ながらじゃないとね」

「その声……イザスタさんですか!?」

「そうっ!! イザスタ・フォルス。イザスタお姉さんと呼んでくれても良いわよ。むしろ呼んでくれるとお姉さんスッゴく嬉しいわ」

「いや普通にイザスタさんで」


 イザスタさんはどこか不思議な感じのする女性だった。


 歳は二十歳を少し過ぎた辺りだろうか? 瞳の色は澄んだ水色。茶色の髪を肩まで垂らし、青と白を基調としたラフなシャツとズボンを身に付けている。


 首からは赤い砂時計の飾りが付いたネックレスを提げていて、寒色系のコーディネートの中でそこだけ際立って見える。


 特筆すべきはそのプロポーションだ。ざっと一七〇くらいの長身に、それに合わせて出るところは出て引っ込むところは引っ込むスタイル。道を歩けば十人中八、九人が振り返るであろうその姿は、はっきり言って美人だ。


 そんな美人が突然目の前に来れば、人慣れしていない奥手男子でなくとも普通は緊張して声も出せないだろう。


 だが彼女の雰囲気がそうはさせなかった。なんと言えば良いか……全身からご機嫌かつご陽気オーラを出しまくっていると言うか。一言で言うと話しやすいタイプだ。多分大抵の相手と初対面で仲良くなれるだろう。


 そして俺もその大抵の中に入る訳で、そこからわずか十分後。俺はイザスタさんの牢に半ばむりやり連れ込まれて一緒にちょっとした茶会をしていた。


「ほらほらっ!! 遠慮しないでもっと食べて良いのよ。育ち盛りなんだから」

「いや…………もう腹一杯で。というかなんでこんな大量の菓子が!?」


 イザスタさんの牢は牢とは思えない程改造されていた。


 床には一面にカーペットが敷かれていて、天井から吊り下げてあるのはハンモックか? 壁には本棚に本が置かれ、何やらデカいクッションや絵まで飾られている。


 牢の中央には小さな組立式のテーブルと椅子が二つ用意され、俺はそこにおかれた菓子(スコーンみたいなやつで、セットのジャムを付けながら食べると絶品)をたらふくご馳走になった。飲み物に良い香りの紅茶までついている。


 …………普通に考えればおかしい。牢屋にしてはサービスが良すぎるんじゃないか? この菓子といい家具といい。それとこの牢自体が俺の牢より大きい気がする。


「この菓子? これはアタシが看守ちゃんに頼んで持ち込んでもらったモノよ。家具もおんなじ。それなりに値は張ったけどね。あとこの牢はお金を払って少し広めの場所に変えてもらったのよん」


 軽くイザスタさんはウインクしてくるが、それってマズクないか? ここの規則どうなってんの!? 待遇が金で大幅に変わるんだけど。


「もちろんあの看守ちゃんが特別なだけ。看守ちゃんはとっても顔が広くてね、お金さえ払えばいろいろと調達してきてくれるの。売り上げの一部を城の設備向上にあてているから偉い人も黙認してるみたいね」


 成る程ね。値段が高いのはそのためでもあるのか。俺が一人納得していると、イザスタさんが紅茶のカップを静かに置いてこちらを見つめてきた。どうやらここからが本題ってとこかな。


 ……流石に俺もこの人がお隣さんってだけでこんなに良くしてくれるとは思っていない。善意が無いとは言わないけど、向こうにも思惑とかが有るんだろうな。


「さてと。お腹も膨れたことだし、腹ごなしに質問タイムでもとりましょうか。何せ時間はたっぷりあるんだから。まずはトキヒサちゃんからどうぞ♪」


 彼女はニッコリと笑顔でそう言った。……確かに最初に会った時から話し相手が欲しいって言ってたもんな。どのみちこの世界のことも知らなきゃいけないし、これは良い機会かもしれない。





 そのまま俺達は互いのことについて語り合った。簡単な自己紹介から始まり、何でこんな所に居るのかとか、ここから出たらどうしたいとか色々だ。本当にたわいのない話も多かったが、その内に幾つかのことが分かってきた。


 まず大きな収穫はこの国について。この国はヒュムス国というヒト種が主導する国の王都らしい。


 この世界にはたくさんの種族がいて、ヒト種は最も人数の多い種だ。他にもエルフやドワーフ、獣人、巨人、精霊、魔族といった種族もいる。ここまではおもいっきしファンタジー物でお馴染みの種族だ。


 基本的に種族毎に集まって国や街が出来ていて、異種族間で友好的な所は少ないという。


 ちなみにこの国はヒト種至上主義を掲げていて、他の種は劣った存在だとか何とかそういう風潮が広まっているらしい。結構ライトノベルではテンプレな話だが、実際に差別とかがあると聞くとおっかない話だ。


 イザスタさんは元は他の国の出で、ここには仕事で来たという。


 何の仕事かは知らないがこの街に着いて少し経った頃、ちょっとしたいざこざに巻き込まれてここに入れられたらしい。ただ詳しくは秘密だって濁された。ここから出てもしばらくは王都に滞在するという。


 それと気になっていたあの壁の穴だが、イザスタさんが来たときから有ったらしい。それについては看守も知っているが放置しているという。おい看守!! 早く塞ごうよ!!


 他にも様々な質問をしたが、イザスタさんは一つずつ丁寧に話してくれた。一応最初に、自分はひどい田舎から最近ここに来たと前置きをしておいたが、普通はこんな常識的な質問ばかりしたら不思議がるものだ。


 だが彼女はちっともそんな素振りを見せなかった。その理由が明らかになったのは大分後の話だ。





 イザスタさんと話し込んで気がつけば夕方。途中看守が持ってきた昼食を挟み、中々に有意義な時間になった。


 俺ばかり得をしたように思えたが、イザスタさんは「とっても楽しかったわ。トキヒサちゃんもアタシのタイプだし、またお話しましょうね♪」なんて言ってたから少しドキッとした。あれが大人のオンナって奴か。


 そういえば今日の昼もあの看守だったけど、一体いつ休んでいるんだろうか? いくらなんでも一人で切り盛りしているとは思えないが。


「トキヒサ・サクライ。取り調べの時間だ」


 噂をすればなんとやら。件の看守が牢にやって来て俺にそう言った。牢の扉が開き、俺は看守に連れられて外に出る。


「アラ取り調べ? ガンバってねぇ」


 イザスタさんの牢を通る時に、彼女が手を振って見送ってくれる。ガンバってって言っても俺は別に重罪を犯した訳じゃなし。すぐに終わって釈放されると思うのだけど。……すぐ釈放されるよな?





 看守のあとについて通路を歩く。通路の幅はおよそ二車線分くらい。高さは四、五メートルくらいとかなり牢獄にしては大きい。


 これには理由があって、牢獄の奥の方にはヒト種以外の種族も収監されている。その中には体の大きな種族も居る訳で、そのことも考えて大きく作ってあるとイザスタさんは言っていた。


「あんまり人がいませんね」


 歩く途中ふと気が付いた。まったく居ないんじゃない。囚人は何人か居る。だが今日まで取り調べを待たされるくらいだからかなりの人数が居ると予想していたのだけど。人影はぽつぽつといったところだ。


「気になるか?」


 前を歩いていた看守が歩きながら声をかけてきた。


「ちょっとは。予想より囚人が少ないなぁって。一日待たされたんだからたくさん居るのかなと思ってたんですが」

「ここは基本的にヒトが少ないからな。昨日の盗賊団も大半が労働刑等に決まって外に出ている。まだここに残っているのは、取り調べが長引いた奴か特殊な事情の奴だ。自分からここに残っているイザスタとかな」

「えっ?イザスタさんはもう刑期が終わってるんですか?」

「ああ。奴の罪は本来、労働刑にしばらく従事すれば出所出来るくらいのものだ。それに加えてイザスタは毎日高い金を払って物を買っている。ここではそれは国、および俺に貢献したという一種の減刑措置になる」


 日本でも保釈金を払うことで出られる場合があるもんな。こっちでも理屈は同じかね? それにしても、イザスタさんは何故自分から牢に? 考え込みながら歩いていると、


「ほう。自分の取り調べの前に他人のことを考える余裕があるとはな」


 と前を歩く看守にからかうように言われた。いや、取り調べったって。


「取り調べと言っても俺はいきなりあの場所にいただけですから。正直に答えればすぐに分かって貰えますよ」

「……確かにお前は衛兵に捕縛された時も特に抵抗しなかったと聞く。それなら基本的にはただの不法侵入だ。本当にそれだけならな」


 看守は意味深な言葉を言うとそのまま黙ってしまった。マズイなぁ……これフラグだよね。一回ならまだしもイザスタさんのと合わせて二回目だよ。確実になんかあるパターンだよ。


「俺だ。ディランだ。取り調べの囚人を連れてきた。扉を開けてくれ」


 頭を抱えて悩みながら進んでいると、どうやら目的地に着いていたらしい。看守は取っ手のない大きくて頑丈そうな扉の前で立ち止まった。


 取っ手がないのは内側から簡単に開けられないようにだろうが、ここには見覚えがある。俺が牢に入る時にも通った所だ。今更ながら知ったが、この看守はディランというらしい。一応覚えておこう。


 ディランが声をかけてしばらくすると、扉からカチャリと音がして内側に開いた。


「さあ。行くぞ」


 先に入ったディランに促されて俺は扉をくぐる。扉の先はまた別の通路になっていて、まっすぐ行けば上へ通じる階段。取り調べ室は通路の途中にあった。


「お疲れ様です。ディランさん」

「すまんな」


 扉の横で直立不動の体制の衛兵に一声かけると、ディランはそのまま取り調べ室まで歩いていく。


「お前の担当は中々に怖いぞ。取り調べでは俺も立ち会うが、精々呑まれないように気をつけることだ」


 ディランが口元をニヤリと吊り上げてこちらに言った。そんなに怖いの!? お手柔らかにお願いします。


 取り調べ室では一人の男性が椅子に座って待っていた。少し頬のこけた、見るからに神経質そうな顔をしている。服装は結構立派な物なので多分役人か何かだろう。


「……遅いぞ。早く座れ」


 役人に促されて対面にある椅子に座る。部屋には机と椅子が二脚のみ。ディランは俺と役人の間の壁に腕を組んで寄りかかっている。もし逃げたり暴れようとしたらすぐに対応できる位置だ。


「では取り調べを始める。名はトキヒサ・サクライで間違いないな?」


 まあこちらの言い方だとそれで合ってるな。俺は静かに頷いた。


「トキヒサ・サクライ。これから私がする質問に嘘偽りなく正直に答えるように」


 役人は机に紙のような物と筆記用具を取り出す。中世お約束の羽ペンとインク壺のようだ。こうして俺の取り調べが始まった。

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