第5話 牢屋の沙汰も金次第


 異世界生活二日目。


 一応昨日の夜に着いたので、今日は二日目とカウントする。初日はいきなりハプニングだらけのスタートだったので、今日は是非ともスムーズな展開が良いな。具体的に言うと早くここから出たい。


「ふわぁ~あ。よく寝た~」


 大きなアクビを一度して軽く背伸び。腕時計を見ると現在午前五時五十分。子供の頃、早朝に始まるアニメを見るために早起きを始めてからすっかり習慣となっている。


 体内時計は異世界でも健在だ。といってもこちらの時間で今何時なのかは分からないが。時間が分かったら時計を合わせないと。


「んっ!?」


 固い床に直接寝たのに身体はどこも痛くない。普通身体がバキバキになるものだけど。これもアンリエッタの言う加護のおかげだろうか? まあ痛くないのは良いことだが。それにしても、


「いくらなんでもベッドどころか毛布もないなんてサービス悪いな。まさか食事もないとかじゃないよな」


 この牢屋は広さが大体八畳くらいの個室。牢屋としてはそこそこの広さに壁はこちらも石造り。


 天井は二メートルくらいの高さで窓もなく、中央の辺りに光を放つ石が嵌められている。その灯りが牢屋を照らしているが、光量はちょっとした豆電球くらいとぼんやりしたものだ。読書には向かなそうだな。


 入口は全面太い木の格子で覆われている。格子の隙間は何とか俺の頭が入るかどうか。意外に大きいと思われるかもしれないが、これには幾つか理由があるようだ。多分外から差し入れとかがあるのだと思う。


 壁の隅には俺の膝くらいまでの大きさの壺が一つ。蓋を開けて見ると中には親指サイズの透明な石が入っていた。


 昨日看守に聞いたところ、この中に用を足すと分解、吸収してくれるらしい。匂いも時間が経つと消えるらしく、原理は分からないが便利なものである。日本にあったら被災地とかで役に立ちそうだな。


 以上これだけ。──もう一度言う。これだけである。ベッドも毛布も顔を洗う水も食事もない。流石に待遇が悪すぎる。もうちょっと何とかならないものだろうか?


 ガラガラ。ガラガラ。


 そんな風に思っていると、通路の方から何やら物音がした。


「何だ?」


 気になって格子から顔を出して覗いてみる。通路には一定間隔で壁に光る石が嵌め込まれていて、少し離れていても何とか見えた。


 そこには、昨日の看守が何かを引っ張って歩いている姿があった。よく目を凝らして見ると、どうやら小さな荷車のようだ。


 看守は一つずつ牢屋を見て回り、何かを荷車から出しては囚人に手渡している。その際必ず囚人と言葉を交わしてから。


 ガラガラ。ガラガラ。


 そうこうしている内に、俺の隣の牢までやって来た。牢と牢の間隔はおよそ五メートル程。これなら何をしているか分かりそうだ。


「次は……イザスタか。まだ寝ているな。おい! さっさと起きろ。配給の時間だ」

「…………ん~っ。何よ。もう朝? もうちょっと寝かせて~」


 昨日は色々あって気がつかなかったが、どうやら隣の牢の住人は女性らしい。寝ぼけたような声を上げて看守と話している。


「まったく。ほらっ。今日の朝食と洗顔用の水と布だ。さっさと受け取れ」


 看守が荷車からパンとスープの入った木製らしき器とスプーン、水らしき物が入ったコップ。それとは別に水のなみなみ入った桶と布を出して牢の前に置く。


 すると牢の中からニュッと手が伸びて、素早くそれらをかっさらっていった。まるでカメレオンが舌を伸ばすような早業だ。


「ありがとね~。いや~ホントいつも助かるわ~」


 礼の言葉と共に何やらバシャバシャと水音がする。どうやら早速顔を洗っているようだ。そのまましばらくすると、看守は懐から何かを取り出して牢の中に静かに投げ入れた。


「ご要望の品だ。それなりに手間がかかったがな」

「アリガト。これは約束の半金と次回の分。次もまたヨロシクね」


 今度は牢の中からまた手が伸びて、看守に何か硬貨のような物を差し出した。遠目だが金貨のようにも見える。看守は何も言わずに受けとると、そのまま荷車を引いてこちらの方に歩いてくる。


 ガラガラ。ガラガラ。


「トキヒサ・サクライ。配給の時間だ」


 看守は荷車から先ほどのようにパンとスープ、水入りのコップを取り出すと牢の前に置いた。…………ありゃ? これだけ?


「すいません。隣の人みたいに顔を洗う桶とかは……?」

「無いぞ。あれは金を払った囚人への対応だ」


 看守はそういうと、荷車から何か表のような物を出してこちらに広げて見せた。


「……あのぅ。俺文字が読めないんですが」

「!? ……家名があるから没落貴族かと思ったが違ったのか。これはな、どれだけの金でどういった待遇になるかの表だ。詳しく言うと、一デンで洗面用の水と布。十デンで加えて用を足す時や身体を拭く時に使う布の貸し出し。五〇デンでさらに食事や毛布が追加されると言った具合だ」


 話の流れからすると、おそらくデンとはここの通貨単位だろう。つまり、良い扱いをされたければ金を払えと。だから身体検査の後で財布や小物を返されたのか。……ここ牢屋だよな? 宿屋の間違いとかじゃないよな?


「勿論金なしでも元々のここの待遇は受けられる。と言っても食事は朝晩にパン一つとスープ、そしてコップ一杯の水だけだがな。おかわりも認めない」


 待遇悪いな。まあ牢屋なのだからそういうものなのかとは思うが、こっちは偶然が重なって捕まっただけで特に悪いことはしていないぞ。それなのにこれはあんまりだ。


「では外の宿屋と同じくらいの待遇を受けるにはどのくらい必要ですか?」

「宿屋にもよるがそうだな…………朝昼晩三食お代わり自由付きに身体を洗う水と布、毛布その他細々としたものを加えてここでは一日三百デンと言ったところか。……ちなみにその内二百デンは俺が差っ引く分だ」


 ぼったくりじゃねぇか!!! つまり本来百デンのことに、三倍の価格をふっかけている訳だ。なんという悪徳看守。


「わざわざ牢屋に物資を届けるんだ。手間賃に多少もらっても構わんだろう。それに本来宿屋で取る宿泊費は入れてない。どのみち今日はここで寝泊まりするだろうからな。それで払うのか? 払わんのか? さっさと決めろ」


 金か。……今は無いが実のところ当てはある。『万物換金』の効果は持ち物を金に替えるもの。つまり金(にほんえん)を金(デン)に替えることもおそらく可能だ。


 しかし、今それを使えば能力がバレる。この明らかに金にガメツイ感じの看守に見せたらどうなることか。


「……あらっ!? もしかしてお隣さん?」


 ここはひとまず我慢して次の巡回の時に。そう考えていると、突如隣の牢の女性が声をあげた。


「寝起きで気付かなかったわ。アタシはイザスタ。ヨロシクね」

「ドモ。時久です。こちらこそよろしく」


 挨拶には挨拶で。顔は見えないがかなりフレンドリーな人らしい。


「トキヒサちゃんね。いやぁお隣さんが来てくれて嬉しいわ。アタシが来てからずっと両隣が空き部屋だったから話し相手が居なくて退屈だったの。……そうだわ! お近づきの印に今日の分のお代はアタシが持ちましょう。それなら良いわよね看守ちゃん」

「ちゃんを付けるなちゃんをっ!! まぁ俺としてはどちらからもらっても構わん。好きにしろ」

「アリガト看守ちゃん。そういうことだからこれからヨロシクね。トキヒサちゃん♪」

「はい。どうもありがとうございます。イザスタさん」


 何だか分からない内に奢ってもらえることになったようだ。助かると言えば助かるので素直に礼を言って受け取ろう。


「分かった。では次の配給からその待遇だ。洗面用具は今回用意していないが、朝食は少し予備があるので今渡しておくぞ」


 看守は荷車から果物のような物と干し肉、を追加で取り出して渡してきた。おお!! 少し朝食が豪華になった。やはりパンとスープだけじゃ味気ないもんな。


「巡回の帰りにまた来る。おかわりが必要ならその時にな」


 そう言い残すと看守は荷車を引いて次の牢屋へ歩いていった。おかわりがあるとは流石に待遇が良い。顔を洗う水がないのは残念だが……まあいいか。今は食事からだ。


「いただきます」


 手を合わせてそう言うと早速朝食に取りかかる。異世界最初の食事だ。いやぁワクワクするなぁ。どんな味がするんだろ。さぞかし食べたことない味がするんだろうな。


 …………結論から言おう。一つ一つはあんまり美味しくなかった。


 パンは相当固くて千切るのにも苦労するし、スープは野菜スープのようだけど具が少なくてかなり薄味。干し肉は塩が多くすりこまれていて辛すぎ。果物はちょっと酸味がきついが、甘味もあって悪くはないかなってところだ。


 これは組み合わせて食べるものだと気づいたのはあらかた食べ終わった後のことだった。看守がまた来たらおかわりをもらって挑戦しよう。

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