第一章 異世界来たら牢獄で
第4話 フラフラ歩くと捕まります
…………いや。俺も多少なりとも浮かれていた所はあったさ。
流石にどこぞのライトノベルよろしく「推定魔力値A以上だと!? 王宮魔術師級ではないか!!」とか、「貴方こそ勇者にふさわしいお方。是非この世界を救ってくださいませ」とかは言われないにしても、最初からそれなりの待遇はあるとは期待していたさ。しかし、しかしだ。
「いきなり牢屋なんてイヤじゃぁぁぁ!!!!」
「うるさいぞっ。静かにしろ」
看守に注意されて仕方なく魂の叫びを中断する。右を見ても左を見てもあるのは石造りの通路と牢屋ばかり。
さて、何故俺がこんな所にいるのか?それは俺がこの世界に来たときに時間を遡る。
「………………んっ!?」
アンリエッタの所で気を失った後、次に目が覚めたのは石造りの部屋だった。床には俗に言う魔法陣。この場所には見覚えがある。アンリエッタに見せられた映像にあった部屋だ。
「よしっ。無事着いたみたいだな」
朧気になる意識の中で、最後にアンリエッタが何か不吉なことを言っていたから心配だったのだが、その心配は杞憂だったらしい。
「しっかし…………誰も居ないんだけど?」
この部屋には誰も居なかった。……おかしいな。映像では他にも召喚された誰かと、それを囲むように大勢の兵士たちがいたはずだが?
……参ったなコリャ。うまいこと他の召喚者に紛れながら情報を集めようという段取りがちょっと狂った。
映像では分からなかったが、壁の上の方に明かり取り用の小さな窓がある。そこから外が見えるのだが、星が見えることからどうやら今は夜らしい。
「仕方ない。早速使うか」
俺は懐のポケットから丸いケースを取り出した。ケースの上部にあるぽっちを押すと、蓋が上下に開いて中の鏡が出てくる。
これは緊急通信用の道具だ。出発の時にアンリエッタから渡された物だが、エネルギーの関係上一日に二度。一回の通信時間は三分までという縛りがある。
もう少し温存したかったところだが、まずは今の状況を知らないと話にならない。
「もしもし。聞こえるか? こちら時久。応答してくれ」
『…………プツッ。やっと連絡してきた。こちらアンリエッタ。アナタ大丈夫!?』
鏡の部分にアンリエッタの姿が映し出される。ちゃんと繋がったようだ。
「まあな。何とか着いたみたいなんだけど。聞いてた話とちょっと違う状況みたいだ」
『まずはそこからね。よく聞いて。アナタが今いるのはさっき映像で見せた場所。そこは間違いないわ。ただ何者かの妨害にあって到着時間がずれてしまったの。おそらく何日か経った後ぐらい』
「なるほど。道理で誰も居ない訳だ」
『妨害の相手は今調べているけど、そちらには何か異常はない?身体に不具合があるとか?』
言われて軽く身体を調べてみるが特に何も…………いや待った。よく見ると右手首に何か痣のような物が浮き出ている。
「不具合かどうか知らないが、右手首に変な痣が出来てる。何かこう縦線が何本か並んでくっついた感じの」
『痣? それならきっと参加者の証の番号よ。参加者にはもれなく身体のどこかにローマ数字が刻まれるようになっているから。アナタは七番目だから、Ⅶって付いているはずよ』
言われて見れば確かにⅦと書かれている。ちょっと分かりにくいが。こういうのって手の甲とかじゃないの? なぜに手首? それと何でまたローマ数字?
『ローマ数字なのは主催者の趣味らしいわよ。っとこんな話をしている場合じゃなかったわ。アナタ、それ以外に身体に異常はない?』
「いや特には。強いて言えばいつもより身体が軽い位だ」
『身体が軽いのはおそらく加護の影響ね。幸いなことに一応向こうの召喚に乗っかった扱いになっているから、召喚特典も読み通り付いているみたい』
召喚特典。この女神がわざわざ異世界の召喚に割り込ませようとした理由の一つがこれだ。どうやらこの勇者召喚は、召喚された時点で何らかの加護を付与される類いのものらしい。
基本的にはアンリエッタからもらった身体強化や言語翻訳と同じものらしいが、加えて一つ個別に加護が与えられるという。
つまりアンリエッタは、加護の二重取りを狙っていた訳だ。確かに能力が多ければ有利になるし、こちらとしても早くゲームをクリア出来るかもしれないのでありがたいのだが。
一応これはズルじゃないのかと尋ねると、「ルールには過度に参加者に加護を持たせて出発させるなとあるけど、現地で能力を増やすなとはないわ。だからこれはズルじゃなくて、単にルールの抜け穴を突いただけよ」なんて言っていた。
それをズルって言うんじゃないだろうか。まあルールを破っている訳じゃなさそうだけど、他の参加者から苦情が来たらウチの女神が勝手にやりましたって言って逃げよう。
『何か良くないことを考えているみたいだけど…………まあ良いわ。現地で何の加護を得たかまではこちらでは分からないから、自分で調べておいてね。……そろそろ通信時間いっぱいだけど、何か聞きたいことはある?』
「とりあえずは大丈夫だ。また後で連絡するよ」
『分かったわ。最後に…………ごめんなさい。これは妨害を警戒しなかったワタシのミスよ。こちらでも時々モニターしているけど、また何か有るかもしれない。気を付けてね』
その言葉を最後に映像が途絶える。まったく。最後にあんなしおらしいことを言われると、少しだけ調子が狂うな。
「さて、これからどうすっかな」
到着が遅れたとはいえ召喚された身だ。待っていれば誰か気づいて迎えに来るかもしれない。しかし、
「…………近くに誰も居ないみたいだな」
耳を澄ましてみても特に音が聴こえない。もしやここは特別な時以外は使われないとか。部屋の扉にはどうやら鍵はかかっていないようだし、少し妙な気もする。
「仕方ない。こっちから行くとするか」
俺はリュックサックを背負い直し、扉を開けて外に歩きだして……………………そして駆けつけてきた衛兵に捕まってしまって今に至る。
「考えてみればそうだよな。知らない奴が城内をうろついていたらそりゃすぐに捕まるよ。不審者だもの」
どうやらあの扉に鍵がかかっていなかったのは、開けるだけで警報が鳴って衛兵が駆けつけられる仕掛けがあったかららしい。
ここがファンタジーの世界だということをすっかり忘れてたぞ。次からは魔法関係の仕掛けも確認しなければ……確認できればだけど。
「それにしても……どうしたもんかな」
剣やら何やら物騒な物を突きつけられて、特に抵抗もしないままにここに放り込まれてはや一時間。ここはどうやら城の地下にある牢屋らしい。
身に付けていた物以外は全て没収されている。
幸い抵抗しなかったことから手足を縛られてもいないし、軽い事情聴取と身体検査の後で腕時計や財布、ペンやメモ帳、スマホやライターといった小物の類いも返された(何なのかよく分からないから返したようだが)ので全く何もない訳ではない。
すぐに取り調べが始まって、そこで自分のことを説明すれば誤解も解けるだろうと考えていたのだが。どうやら見込みが甘かったらしい。
「ひとまず聞いてみるか。……ちょっとすいません。そこの看守さん。聞きたいことがあるんですが」
俺はたまたま近くを巡回していた看守に声をかける。歳のころは四十くらいといったところだろうか? がっしりとした体格で、こげ茶色の短髪に無精ひげを生やしている。軽く身なりを整えればダンディなおっちゃんと言えるレベルの顔立ちだ。
「なんだ?」
「はい。俺はついさっきここに入った者なんですが、取り調べはいつになるのかなぁと思いまして」
一応なるべく丁寧に聞いてみる。初対面の相手、特に年上には多少は気を使うのだ。女神? あいつは見た目小学生だから適応外。
看守は懐から何か紙のような物を取り出して目を通す。この世界は紙がそれなりに普及しているらしい。
「お前は…………トキヒサ・サクライか。家名持ちとはどこぞの没落貴族か? まあいい。すまんが立て込んでいてな。お前の順番は大分後になりそうだ。早くとも明日の夕方以降だな。それまで大人しく待っていろ」
看守はそれだけ言うと再び巡回に戻っていった。出来ればもう少し詳しく聞きたかったんだが……まあいいか。
ちなみに名前は海外風に名乗っている。最初は普通に名乗ったら妙な顔をされたので、異世界ではこちらの方が良いかなと思って変更したのだ。
名字があると貴族というのは別段珍しいことではない。実際日本でも名字がない方が普通の時代があったらしいし、こちらでもそういうものなんだろう。あとは、
「明日か……長いな」
少なくともあと丸一日はこんな場所に居なきゃならないかと思うと気が滅入る。……仕方ないのでさっさと寝てしまうことにしよう。早いとこここから出たいものだなあ。
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