第二話 monkshood
――始めて『人の死』を意識したのは、小学生の頃だった。小さい頃は元気だった祖父が、チューブに繋がれ、機械によって生かされている光景を見たときだった。母が『お祖父ちゃんは精一杯生きようとしてるのよ』と泣きながら語ったが、僕はそうは思わなかった。
お祖父ちゃんは僕が小さい頃『俺は最期まで自分の力で生き抜くんだよ』と僕の頭を優しく撫でながら、よく語ったものだった。
お祖父ちゃんが“何か”によって生かされている。そんな今の現状を望んでいるとは思えなかった。あの優しいお祖父ちゃんが、無理矢理機械で生かされているようにしか思えなかった。
いつもニコニコと僕を迎えてくれたお祖父ちゃんが、苦しみ続いているように見える今が、悲しくて、苦しくて、怖かった。小さな頃の僕は、苦しんでいるお祖父ちゃんが、せめて穏やかに眠れているといいな、と考えて、それを祈っていた。
勿論、お祖父ちゃんが元気になれるのならばそれが一番で、僕も最初はそう思っていた。けれど、家族の様子を見ていれば小さな僕だって、お祖父ちゃんが良くならないことは理解できた。ならば、せめてゆっくり休ませてあげたいと僕は思ったのだ。
お祖父ちゃんのお見舞いに行くたびに、家族には分からないようにお祖父ちゃんの手を握って『お祖父ちゃんがゆっくり休めますように』と祈り続けた。
――お祖父ちゃんは亡くなった。僕や家族は死に目に立ち会うことはできなかったけれど、その亡くなった姿は、実に穏やかで安らかな眠りについたような姿だったという。僕もその亡くなったお祖父ちゃんの姿を葬式の時に見ることができたけれど、本当にただ眠っているような表情で、僕は『もう苦しまなくて良いんだな』と思って、安心してわんわん泣いてしまった。
お祖父ちゃんともう会って話ができないことが、悲しくなかったわけではない。大好きなお祖父ちゃんがもう苦しんでいないことが、それ以上に嬉しかったのだ。
けれど、周りの家族はそうは思ってはいなかったようで『もっと生きたかったでしょうに』と言い合いながら、悲しんでいたのだ。
その言葉に僕は首を傾げた。何故そんな風に思ったのだろう、お祖父ちゃんに聞いたわけではないのにと。けれど、大きくなるにつれて、僕だってお祖父ちゃんにちゃんと聞けたわけではないことに気付いていく。けれど、お祖父ちゃんの死に顔はとても安らかだったと聞いた。それは、良いことではないのか?
そんなことを考えながらぐるぐる考えながら、僕は大人になって『安楽死』という言葉や、自ら死を選ぶ人がいるのだと知っていく。
死は恐怖なのか。死は安らぎなのか。誰が聞いても意見が分かれ、人が生きてる限り、ずっと続いていくものであろうと思ってはいた。
――人の死に方とはなんだろう。どういったものが幸せなのだろう。そんなことをずっと考え続けて生きていたのだ。
その悩んでいる中でも、自分が出した答えを、彼女に返せたのだと思いたい。そう願いたいだけなのかもしれない。人間は勝手な生き物だから。
けれど、彼女が瞳を閉じるときの、出会って会話をするようになってから、一番の穏やかで
優しい顔を見たとき、彼女に対する答えはこれで良かったのだと思った。
◇◇◇
■
――私が何故、あの女の子を殺したか、ですか。そりゃ、殺さなくちゃと思ったからですよ。それ以外にないじゃないですか。あ、衝動的なものじゃないですよ。確かな殺す気があった状態で、殺したんですよ。
彼女と出会って、知っていくうちに『この子は殺した方が幸せなんじゃないか』と思ったんですよ。だから殺してあげようと思ったんです。
私はどうやら、人を安らかに眠らせる能力があるみたいなんですよ。最初にそれを自覚したのは、小さな頃だったんです。私の母さんがなんだか眠れなくて悩んでいたのを、助けたいと思って、母さんの手を握って『大丈夫、きっと眠れるよ。そのおまじない!』って言いながら、その手を撫でたんです。
その次の日、母さんが『昨日はしっかり眠れたの! きっと静馬のおまじないのおかげね』って言いながら、頭を撫でてくれたんです。その時の私は小さかったものですから、それこそ魔法使いにでもなったつもりで『また眠れないときがあったら言ってね。おまじないを掛けてあげる!』って満面の笑みで言ったんですよ。実に子供の発想ですね。
まぁそんなことしなくても、母さんは眠れるようになったらしいので、関係のない話になったんですけれど。
小学校に入って高学年ぐらいになると、そんな自分が恥ずかしくって思えたもので。思い出話で両親にそのことを言われる度に、ジタバタとのたうち回りながら、怒ったものですよ。
そんな時、私の祖父が病で倒れて、機械で生かされているような状態になったんですよ。よくドラマとかでもあるじゃないですか。動けない病人に、いっぱい管やら機械やらがついている光景が。
そんな状態に祖父がなってしまって、子供の頃の私は『祖父の苦しみをなくしてあげたい』って思ったんですよね。幼い私には、意識を失っているのと眠っているということの区別がつきませんから。
『疲れて眠っているのに、こんなに機械があったらゆっくり休めなさそう』なんて呑気なことを考えていましたよ。そんなことを考えているから、思い出すんですよね。おまじないの話を。
それは、子供心だったんですよね。いつまで経っても起きる気配のない祖父に対して、子供の頭で『お祖父ちゃんがゆっくり休めれば元気になれる!』とか考えたんですよ。
それで母に対してやったように、おまじないをしたんですよ。手順が違えば効き目がないかもしれないと思って、祖父の手を握って『お祖父ちゃんをゆっくり休ませてあげてください』って祈るように言いながら、いつも私を撫でてくれた手を、今度は私がその手を撫でました。
――その次の日、病院から連絡がありましたよ。祖父が亡くなったと。おまじないの『ゆっくり休ませてあげてください』という祈りは、祖父が死ぬことでしか叶えられなかったんですかねぇ。
もちろん、祖父が死ぬことを望んでいたわけではありません。けれど『これ以上お祖父ちゃんが苦しむことはないんだな』と安心した気持ちのが強かったんです。
周りはそうは思わなかったらしいんですけどね。『お祖父ちゃんは生きていたかったはずだった』って言ってました。
私も家族も、結局のところ祖父から『どうしたいか』なんて聞けてないんですよ。だから、どっちとも勝手な意見であった可能性だってあるんですよ。身勝手なもんですよね、人間って。
現状を考えて、身勝手な人間の一人である私は思ったんですよ。私の『おまじない』は、相手が望む眠りを与えるのではないかと。だって、あまりにも出来過ぎではないですか。ゆっくり休ませてあげてって願ったら、相手が亡くなる――永眠するだなんて。
しかも穏やかな顔をしてなくなったんですよ? そんなの相手が望んだものが叶ったのだと思うじゃないですか。
だって、穏やかな顔を浮かべるときって、安心したときが多いじゃないですか。そうでなくても、基本的にプラスの感情がないと出てこないものですよね? マイナスな感情が上回るときに出てきますか?
――彼女、玉緒ちゃんですね。出会ってから、色々なことを話したんですよ。私のことも彼女のことも。彼女は私の『おまじない』の効果を知った上で受けて、穏やかな顔をして亡くなったんですよ。
彼女の身体には、何一つ異常はなかったのでしょう? そうです。彼女は何一つ、死に至るような怪我も病気もなかったのですよ。
そんな彼女が、亡くなったのです。もうこの『おまじない』は確かなものだと言わざるおえないじゃないですか。
彼女はね、良い子なんですよ。良い子で、本当に普通の子で、生きているべき人間ではないと思いましたし、彼女もそう思っていました。だから『おまじない』をかけてあげたのです。実に穏やかな顔をしていたでしょう?
彼女と出会って、互いの色々なことを知り合ってから、結構時間があったと思うんですけど、始めてみました。あんな安心した子供のような、穏やかな顔を。
――だからね、刑事さん。私は彼女を『眠らせた』ことを後悔なんてしていないんですよ。
◇◇◇
この犯人の供述は日本に限らず、世界に大きな影響を与えた。世界中に少ないながらも、時折そういった存在が居ることが明らかになったり、犯人の『死』という考え方は、今でも世界で多くの議論を呼んでいる。
――けれど、犯人は被害者の少女とどんな会話を交わしたのか、どんな少女だったのかを、それ以上は語らなかったという。
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