第2話 生贄の少女

 「神様はおられますでしょうか。」

 獣はその女の声で目覚めた。朝日の中、社の戸を開けると白装束に身を包んだ女、と言うより少女がたっていた。獣を見て少女は少し驚いていたが、すぐさま冷静になると

 「五穀豊穣を祈りに参りました。神様。」と言った。獣はなるほど、と唸った。恐らく、昨晩屠った狒狒神が五穀豊穣の神として、この眼下の小さな村では祀られ、毎年のように生贄として生娘が差し出されるのだろう。

 「豊穣の神なんて初めからいやしない。それにここにいた狒狒も儂が殺した。帰れ。」

 獣は低い声で言った。村人たちはまんまと狒狒に騙されていたのだ。奴らは化け物といえども豊穣の力などなく、神と名乗るなどおこがましい存在だ。これまで生贄となった娘が卑劣な狒狒たちに騙され、犯し殺されたことを考えると獣は不快感を覚えた。

 「それでは村の方々が納得致しません。私はどうしたら良いでしょう。」

 少女は困り果てた。村人はこれまで習慣として生贄を送ってきたのだ。今更意味がないと言われてもすぐに受け入れることは出来まい。獣は考えた。

 「元より意味のないことだ。暫く儂が神の振りをしても良かろう。しかし娘、儂はお前を殺すのも貰うのも興味がない。お前とてただで死にたくなかろう。」

 少女が無言で頷くと、獣は狼のように裂けた口でにやりと笑い付け足した。

 「その代わり、毎日握り飯を持って来い。勿論お前が作って持って来るのだぞ。」

 少女は意外な言葉に少し笑った。緊張が解けたようだ。すると少女は冗談っぽく言った。

 「私の握り飯がまずかったら...?」

 「お前を取って食うかもなあ。ははは。さぁ村へ帰りなさい。」

 獣がそう言うと少女はお辞儀をして、笑顔で村へ帰った。

 戦傷が癒えるまで此処にいるのも悪くは無いと獣は思った。何より美しい生贄の少女との対話が人間だった頃を思い出させ、獣としての自分を少しの間忘れられたのだ。

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戦場の獣 @torinoousama

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