戦場の獣

@torinoousama

第1話 さまよう獣

 昔一匹の獣がいた。元は人であり武者であった彼を戦場が人ならざる者に変えたのであった。流れる月日に自らの名前も愛した女のことも忘れた彼だが、いまだに戦場を駆け、戦うことだけは忘れられなかった。血への渇望と死んだ仲間の痛ましい声がそうさせるのかもしれない。あるいは殺す快感のせいか。

 

 ある夜、彼は戦場で手傷を負い、逃亡の末小さな村が見える山の社に迷い込んだ。しかし、その行く手を阻む者がいた。

 「此処は我等が狒狒神の社である。人でなく獣になり果てた醜き者よ。去り給え、さもなくば食らってしまうぞ。」

 数匹の狒狒が彼を取り囲み、笑い声が響いた。獣はほとんど四足で進んでいたが歩みを止め、体を起こすと刀を抜いた。その体に纏っている鎧は元より少しばかり大きくなった肉体のために歪んでおり、隙間からは黒い体毛が見えた。

 「卑小な者はよく群れて強がるものだ。どれ狒狒神諸共、根絶やしにしてくれよう。儂を罵った罪も忘れて無かろう。」

 獣は襲い来る狒狒を端から斬り殺し、その背に乗ってくるものは掴み上げ叩きつけた。怒り狂う獣を狒狒達は止められず、たちまち社の中にいる狒狒神に助けを求めたのであった。それを見た獣は疾走し社の前にいる者を払いのけると、狒狒神を引きずり出し有無を言わさず、腹を刀で引き裂いた。残った狒狒は山へ逃げ帰り、獣は狒狒の死体をたいらげると、社に籠もり眠りについた。

 

 

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