第19話 初戦闘後【1】


 そういえば、だ。


「マクナッドは共和主義連合、だっけ? そこの人なんだよな? なんで『ジークフリード』の艦の艦長になってるの?」

「え、ただ単に戦艦艦橋経験があるのが僕だけだったからです」


 いいのか、それで。

 目を逸らして思ってしまう。


「謙遜した答えだなー。『デュランダル』の構造から性能、機能全般、その他諸々把握出来たのがザードとお前さんだけだったからだろう? そこは誇っていいと思うぜ?」

「そ、そうですよ……悔しいですけど、艦隊戦の腕前も見事だと思いますし……」

「私も同意見です。お若いながらも共和主義連合で副艦長を担っておられたのは、ちゃんと実力も伴っての事と思いますよ」

「いえ、あの時の艦長が僕から見ても成り上がりのゴミだったからです。そもそも僕当初オペレーターで任命されて艦橋に上がったんですよ。副艦長がフォロー出来ないと逃げ出したんです。ホンット、レネエルって残念……!!」「「………………」」


 真上から見てもわかる。

 今マクナッドは確実に真顔で言い切った。


「数値が出たよ」

「え、なんの?」

「同調率の数値さ。……これはキミとGFシリーズ、登録者たちの同調率数値だね。全体的におっぱいのあるラミレスと同じ感じだ。やはり“本人”だからだろう」

「そ……、…………ほかに言い方ないもんかね?」

「なにが?」


 おっぱいのあるなしで差別するのはやめよう。

 せめて男と女で区別してほしい。


「っていうか、俺とみんなの同調率数値とかあるんだ」

「同調率というものを設定して計測しているのは『ジークフリード』だけで、恐らく今までGFを保有していた国はそういうもの自体がない。これはザードが作ったものだからね。まだまだデータ不足だけど……」

「! ……分かってない事が多いから――」

「違う。ザードは登録者がもうGF電波と脳波の波長異常で死なないようにする為に同調率というものを設定して、基準に使っているんだ。彼は一号機の登録者が三人も死んだ事に、なかなか責任を感じているようだからね」

「……え……、……さ、三人……?」


 そうだ、とギベインの後ろから聞こえてきた低い声。

 サイファーが下から半無重力を使って登ってきたらしい。


「いずれ知る事になるだろうから今教えておくけどな、一号機の登録者はロイヤルナイトの坊主で四人目になる。どうも、あの機体は登録者になにかを求めているように見えるんだよなー」


 何かを求めている?

 今までの登録者は、それを満たせなかったから、死んだ?


(待った待った待った……! 一号機の登録者ってシャオレイだろう? ……マジやばいじゃんあの機体……!)


 しかも例の『凄惨の一時間』の登録者だけじゃなく?

 その他に二人も?


「キミたちパイロットは非科学的な事を言うよねぇ」

「ザードだってそう思ってるから同調率を設定して測定し始めたんだと思うぜ?」

「機体が登録者になにかを求めている、ねぇ……? それがGFが登録者を選定する理由? 謎を解く鍵とでも?」

「さぁな。まあ、その辺りは俺登録者じゃないから分かんないけどな」

「ラ、ラウト大丈夫なのかな……」

「あのガキんちょは大丈夫だろう。『ブレイク・ゼロ』って騎士っぽいし」

「それ機体のデザインの話でしょ!」

「まぁなー! でも、それだけじゃねぇよ」

「?」

「……おっと、イゼルが睨んでる。彼と五号機の話はこれくらいにしようか」

「?」


 ギベインの言う通りイゼルが前の席から凄い顔で睨んでいる。

 心底嫌そうと言うか、もはやあれは憎悪すら感じるほど。


「……嫌だねぇ……戦争っていうのは……」


 誰にも聞こえないように。

 だがラミレスとギベインにはちゃんと届いた、サイファーの呟き。

 それは心の底から漏れたようなもの。

 下では怒られたカリーナがスヴィーリオにもやもや文句を言って、そこにマクナッドが参戦してガヤガヤやっている。

 ギベインがこっそり近付いて、ラミレスの肩口で教えてくれた。


「さっき五号機がステーションを内部から一つ破壊した話をしただろう? ……イゼルはそのステーションで生き延びた一人なんだ。……彼は孤児でね、二つ離れた姉とそのステーションの開発過程でその場に居合わせたようだけど……お姉さんの方は死体も発見されていない。この広い宇宙で再び出会う事はないだろう」

「……っ……!?」

「だからあの子は……五号機とその登録者が……殺したいほど憎いそうだよ」


 気をつけようね、お互い。

 ニッコリと笑顔でそんな事を言うギベインへの違和感。

 けれど、ヒューマノイドの彼なりにイゼルを気遣っての事なんだろう。

 ラミレスにそんな事を教えてくれたのは。

 今は人工知能『α』という敵がいるから、みんなこれまでの確執を押し殺して協力し合っている。

 仕方なく、だ。

 目下繰り広げられた先ほどのやり取りが、その証拠。

 ラウトの、あの他の登録者へのつっけんどんな態度も。


(そんな……これじゃあ人工知能をやっつけてもおんなじじゃないのか?)


 大国同士が戦争をしていた頃に、ただ逆戻りするだけなのでは――。


(……って、そんな事……俺が考えるのは、おかしい……か……。俺はこの世界の人間じゃ、ないし……)


 けれど知り合いが殺し合うのは、見たくない。

 例え元の世界に帰った後だとしても。


「それより並行世界のラミレス、同調率の話だけどね」

「え? あ、ああ……なに?」

「さっきの歌と今回の戦闘のデータをもとにしたものを見る限り、当初行う予定の実験はこれで結果が出た事になるだろう?」

「……あー……そう、だね?」


 朝に言っていた並行世界の自分が歌っても、登録者とGFは『歌』の補助……周波数補正を行えるかどうか。

 実験は成功という事になるのだろう。

 実際きちんとギアは上げられたようなので。


「けれどだからこそ新たな問題も浮上した」

「え、も、問題!?」

「キミの歌でも一定の効果は確認されたんだけど、おっぱいのあるラミレスと比べると安定性に欠ける。ラウトの同調率がキミが歌をやめた途端に反動で通常時以下になったようにね。……これは少し……ヤバイ。通常戦闘だったら大ピンチだよ」

「うっ……!」

「さっきも言ったけど同調率は登録者の命を守るためのものだ。それが乱れるのはとても良くない。同調率も歌の後半、下がる一方だった。これは歌の効果が後半になるにつれて下がっているという事。……おっぱいのあるラミレスは十曲くらい連続で歌っても、同調率は落ちなかったから……」

「……じ、持久力がない……って事?」

「分からない。なんで歌に同調率を上げる効果があるのすら分かってないんだし」

「あ、そ、そっか……」

「と、いう事でその辺りも探っていく必要があると思わないかい?」


 ニッコリ。

 二回目の笑顔は、なんだか怖い。

 あれだ、朝感じたやつに似ている。

 しかし、仰る事はごもっとも。

 ラミレスの歌が、登録者たちの命に直結している。

 課題があるなら、確かに乗り越えたほうがいい。

 早く元の世界に帰る為にも、なにより彼ら登録者の命を守る為にも。


(やっぱラウト……知り合いがこんな危険な事になってるとどうにかしてあげたくなるし)


 うん、とギベインに頷いて返す。

 具体的にどう改善すればいいのだろう。


「じゃあ、とりあえず改めて今の歌のデータを解析してみるよ。夜までには結果を出すから」

「それまで俺はなにをしてればいいの?」

「さあ? ボクからは今のところキミにして欲しい事はないよー」

「そ、そう」

「あ、でもさっきの質問の答えは欲しいな」

「さっきの質問の答え?」


 なんの事だ?

 首を傾げるラミレスへ、ギベインは満面の笑顔で「どの登録者と実験したい?」と聞いてきた。

 ……実験……もはや必要なかったのでは……。


「え……、な、なんの実験?」

「今後諸々の実験さ。色々試したい事があるんだ。同調率に関しては、データがいくらあっても足りないしね! もちろん全員分欲しいから、ずーっと特定の誰かとはいかないけれど」

「そ、そんな事今言われてもな……」


 笑顔がうっとりしていて恐怖を感じる。

 なにをさせられんだ、一体。


「とりあえずテメェはまずスプライトシステムの完成が最優先だろ」

「あ、おかえりザード」


 いつの間にかサイファーの横に胡座をかいた宇宙服のザード。

 ぴっちりとしていて動き易そうだ。

 だが、宇宙で動くには薄すぎるのでは……と心配になる。


「! ラウトは?」

「第一声がそれかよ。デスカが医務室に強制連行してったわ」

「そ、そうか……。大丈夫なのか?」

「多分なー。意識はあったし……デスカに反抗する元気はあったぜ」

「な、なんで大人しくお医者さんの言う事を聞けないんだあの子……」


 ラミレスの知っているラウトならちゃんとお医者さんの言う事は聞き入れそうなものなのに。


「俺が知るかよ。デスカ・シュデュロが元レネエルの軍人だからじゃねーの? ……もしくはシズフの兄貴の部下だったからとか」

「ありえるな〜。ラウトのシズフへの態度はちょっと普通じゃねぇもんなぁ」

「俺よりアベルトの方があのガキに詳しい。知りたいならアベルトに聞けばいいんじゃねーの」


 アベルト。

 確かに人当たりの良さそうなアベルトなら、ラウトとも親しく……。


(……親しく……)


 この世界で初めて出会ったときの事を思い出す。

 とても親密そうには……お世辞にもあまり、見えなかった。


「……登録者同士って仲良いの?」

「良いように見えたか?」

「アベルトとザードは比較的いいように見えたよ?」

「俺はずっと『ジークフリード』という中立的な立場だったからだろう。他の奴らは少なくともついこの間まで殺し合いの戦争していた敵同士だ。俺だって元軍人連中とそこまで仲良くしてるつもりはねぇ。おかしいのはアベルトだろ」

「まあ、そうなのかもしれないけど……」


 ザードさん!

 下からマクナッドの声。

 ああ、そういえば進路の話が途中だったのだ。


「分かってる、進路の話だろう。シズフとアベルトが来てからな。俺が決めていいならいいけどよ」

「! ……あの二人はなんでまだ来てないんですか〜」

「ヤンチャなクソガキについて医務室に寄ってくるんだとー」

「相変わらずあの二人はラウトちゃんに過保護ねぇ。……じゃあうちの新入りちゃんはどうして一緒じゃないの?」

「着替えてんじゃねぇの?」


 ザードは宇宙服のままだ。

 シャオレイは……着替えてくると?

 なんという協調性のない奴らだろうか。


「……あいつ徹底的に殿下を避けるつもりじゃないでしょうね……そんな事許されないわよ〜?」

「ある程度は……仕方ないにしてもな」

「そうですね。公私混合は出来るだけ早急に終了させるべきです」


 と、下では先輩方がおっしゃっている。


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