第18話 初戦闘【4】
『ごちゃごちゃうるせぇ。五号機のチャージが終わるのがあと300秒後。それまでに知ってる曲、歌える曲があるか探して、歌え』
「!」
『ギアが上がらなければどんなにチャージして最大限の火力ぶっ放そうが一撃必殺とはいかねー。あいつは特に同調率が低いからな……本人がなんと言おうがギアを上げるのに歌は絶対に必要だ。……無理にギアを上げれば脳波に異常をきたして……下手すりゃ植物状態になる』
「え、しょ……!?」
『…………だから、お前が歌え』
だから、ラミレスが歌う。
それしか確実にラウトを守る術がない。
効果のほどはまだ分からないが、それでも。
ザードの眼差しが真摯にラミレスを見つめてくる。
ああ、やっぱりだと思う。
(ザードって、口はああだけど……相当優しくね? ……アベルトの事も、結構心配してたし……)
うん、と同じくらい真剣に頷く。
「アップデート終了だよう」
「おし、やるだけやってみよう! ……で、どうやってそこまで登ればいいの……」
「そこに階段があるよー」
ギベインの指差した先に確かに階段の影が。
宇宙空間の光景が全体的に映っているので分かりづらい。
気合いを入れて、階段に向かう時に気がついた。
「あれ、通路より歩きやすい」
「艦橋は通路より重力が少し強めに設定されてるからねー。歩くのには問題ないと思うよ」
「……そうなんだ、助かるかも」
浮かんでくるくる回る羽目になったら歌うどころではない。
艦長席よりも高い場所のステージに登る。
というか本当に高い。
なのでやたらと恥ずかしい。
「殿下…………どうか本当に、ご無理は……」
「スヴィーリオ隊長、補佐をお願いいたします。イゼル、溜まったエネルギーの確認と、進路の確認を! セーヤくんとサイファさんは……」
「へいへい、俺は防御シールド担当だろう。任せな」
「……ん……砲撃は任せて……」
「じゃ、ワタシは今日もオペレーターやるわね」
「俺たちは索敵と艦内関係だ。こういう時はちゃんと声出せよフィム」
「……了解……」
「と言っても、ワタシちも本当は攻撃系の方がいいわ〜」
「お、ならあんたたちも『ジークフリード』に入るかい? なーんてな」
下ではいよいよ戦闘準備に入るようだ。
ステージ脇にある操作盤の横に行くと、ギベインがアップデートされたというその場所の使い方を教えてくれる。
浮かび上がるウインドウは擬似立体映像というもので、触ると感触があった。
使い方はカラオケの端末と同じ。
「おお、RINTOとかデュレオ・ビドロがいる……!」
「へえ、キミの世界にも彼らがいるのかい? 彼らの楽曲なら歌える?」
「うん、俺この二人のファンだから!」
とはいえ、RINTOは割と可愛い系でポップな曲が多い。
ラミレスが歌うとしたらデュレオだ。
曲を選ぶ。
イントロが流れ始め、浮かんだウインドウに歌詞が表示されるところは本当にカラオケのようだ。
ラミレスの知っていて、よく歌うのは彼の楽曲の中でも限られている。
「〜〜〜♪」
今は願おう。
自分の歌声が登録者たちを少しでも助ける事を。
ザードの言う通り、ただ歌おう。
自分にはそれしか出来ないけれど、彼らにとってのそれが必要な救いになると言うのなら。
『〜〜〜♪』
「!」
機体の中に聴こえてきた歌声に、顔を上げる。
五号機『ブレイク・ゼロ』の最大限にチャージされたエネルギーを、どうにかギアを上げた状態で敵に解き放たねばならない。
そう考えていた時だ。
「ラミレスさん……」
四号機『ロード・イノセンス』は今回出番はない。
出撃しない代わりに、すっからかんになっている母艦『デュランダル』にエネルギー補充を行う。
でなければ『デュランダル』はこの空域から逃れる事はできない。
歌がない状態でアベルトが上げられるギアはサードまで。
母艦のエネルギー補充という援護のためには、もう一段階上のギアにあげたかった。
『……さて、白髪野郎』
「!」
三号機『アヴァリス』からの通信に一号機『インクリミネイト』の登録者は鋭い眼孔を向ける。
ラミレスの歌声が聴こえてきたところで、なぜ。
『分かっているだろうがテメェもここで乾電池やってろ。間違ってもギア上げようなんて思うな』
「なんでお前にそんな事言われなきゃならねぇ?」
『言ったはずだぜ、その機体……『インクリミネイト』はテメェの前に三人の登録者を食い殺している。死にたくねぇなら……無茶しねーこった』
プツン、と一方的に途切れる三号機との通信。
この機体……『ギア・フィーネ』の一号機『インクリミネイト』に選ばれたのは偶然だった。
たまたま、戦闘に巻き込まれて――。
「………………」
自分は力を手に入れたのか?
それとも、贄として選ばれたのか?
シャオレイより前に一号機に選ばれた登録者は皆、心を壊して死んでいる。
ザードの言う事はきっと正しいのだろうが……。
『〜〜〜♪ 〜〜〜♪』
歌が聞こえるるのだ。
聞きなれない声の、初めて聴く曲で。
「……よりにもよって……デュレオの歌か……」
溜息を吐く。
二号機の登録者は一度目を閉じてから、五号機に通信を入れた。
「ラウト・セレンテージ。時間だ。チャージは終わっているな?」
『……貴様の手は借りない』
「……マクナッドの指示だ。文句ばかり言うな。歌は聴こえるな? ……やるぞ」
『……言われずともやる。……だが、実の兄すら殺した貴様の手は……絶対に借りない……! 俺に構うな……!』
一方的に切られた通信に、また溜息が出る。
「……若いな……。……どうやってあんな聞き分けのない子どもを手懐けたんだ……あいつ……」
その日、ラミレスは初めて戦争を見た。
きっと場違いなんだろうが、それがラミレスがこの世界で求められた事だった。
歌を歌う。
その歌声で、五機の兵器が本来の力を発揮する。
飛び出していく白い機体。
あれがラウトの五号機。
純白の重装備の騎士のような機体だ。
その機体全体を、黄色い光の線が無数に走る。
まるで血管が光っているようだ。
暗い宇宙の中で、輝くそれは余りにも美しかった。
歌いながら純粋に「綺麗だ」と見惚れたのは、仕方ない。
「おおー! よし! 五号機、ギアサードに到達したよ!」
「! ……四号機は!?」
「艦長、四号機からのエネルギー供給が始まりました! ……すごい……あっという間に30……40……! これなら第三エンジンまで始動できます!」
「四号機、ギアフォース到達確認! さすが、安定してる……!」
「……『デュランダル』第一から第三エンジンを始動! 五号機の攻撃と同時にこの空域から離脱! 発進します!」
「了解!」
純白の騎士の盾がパラボラアンテナのように広がる。
そして――――。
膨大な光の柱があの鯨のようにデブリ帯を食い荒らしている艦へと襲う。
あんな巨大なものが、極太のエネルギー光線で溶けて半分くらいになってしまう。
残ったのは巨体に大穴が空いた巨大なゴミだ。
焦げて、全体的にカスッカス。
ラミレスが思わず「うそぉ……」と呟くくらいには、変わり果てた姿になった。
こう言ってはなんだが、サンマが鯨を倒したみたいな、そんな光景。
「……あ、ヤバイ。ラミレス、歌をやめないで。五号機のパイロットの同調率が反動で18パーセントに低下してる。死ぬよこれ」
「!? ……〜〜〜♪」
だから、五号機ってラウトだ。
死なれるのは絶対に嫌だ。
だって顔見知りなんだから。
慌てて歌を再開させるが、歌が本当に登録者たちの力になる。
それを見せつけられた。
(ラウト……無事に帰ってこい……!)
メインモニターを見ていると、赤い機体が動かず浮遊する白い機体を高速で追い付いて回収してくる。
あれが二号機……最年長のシズフという人の機体。
宇宙空間なのにあのスピードは凄いんじゃないか、と歌いながら考える。
宇宙とか、よく知らないけれど、多分。
マクナッドがあの機体に五号機の回収を命じたのは、こういう事だったのかとも納得した。
そしてこれで終わりかな、と思えば突然シュナイダーが艦長へ叫ぶ。
「艦長! 敵影五! 敵艦よりこちらへ接近している!」
「やはりいましたね……。ザードさん!」
『へいへい』
やる気のない返事。
なのに、モニターに映ったその五機の戦闘機は一瞬で爆発した。
え?
また思わず歌を止めてしまう。
なにが起きたの。
「ラミレス、ラウトが死ぬよ。同調率16パーセントに低下してる」
「〜〜♪!」
もはやヤケクソ気味。
「敵戦闘機沈黙を確認。……オールクリア」
「警戒態勢維持のまま、GF回収後全速で離脱! イゼルくん、ここから一番近い『ジークフリード』の基地はどこですか?」
「月の裏側にある第七軌道秘密基地……通称『第七基地』があります」
「いや、さすがにあそこはアスメジスアの月基地に近過ぎる。どうせ回り道するんだ、火星方面の軌道にある『第九基地』に行った方が良いんじゃねぇか?」
「……ザードさーん……」
『……戻ったら艦橋に行く』
歌い終わる頃にはデブリ帯は見えなくなっていた。
ギベインにさりげなく持たされていたマイクを返す。
受け取っておきながら、ギベインはモニターから目を離さない。
「ギベイン、ラウトは大丈夫なのか?」
「待って、今調べてる。デスカが迎えに行ってくれたみたいだから……多分そろそろ……。……うーん、数値は悪いけど、これなら大丈夫じゃないかな。艦橋には来れないと思うけど」
「俺、ラウトの事迎えに行きたいんだけど」
「今は艦橋から動かないでください。戦闘が終わったばかりなんですよ! ……ラウトくんはデスカさんに任せて大丈夫ですから」
「けど……」
「ここ以外の区間は今完全無重力状態ですけど」
「……ワカリマシタ……」
迷う以前の問題のようなので、素直に頷く。
「それにラウトに会いたいなら後の方が良いんじゃないかなぁ。今はどうしても処置が最優先になるだろうから」
「あとあのガキんちょ、戦闘後は特に気が立ってて保護されたばっかの野良猫みてぇだよ?」
「アスメジスア人は戦闘脳だものねぇ」
「む! ……確かに小さい頃から競い合う事を教育されますけど赤ん坊を親から盗み取って兵士に教育する文化があるカネス・ヴィナティキ人よりましですよ! おかしいのはラウト・セレンテージだけですよ!」
「おいおい、フォローになってないぜ」
「あら、勝者は何をしても許されるのよ。だってそれが戦争ですもの〜」
「はぁぁあ〜〜〜?」
「イゼルくん、ザードさんに言いつけますよ。カリーナさん、いい歳して子どもと答えの出ない言い争いをしないで下さい。スヴィーリオ隊長からも一言」
「そうですよ、カリーナ。カネス・ヴィナティキの品位が疑われてしまいますよ。貴方貴族でしょう?」
「…………」
なんか一気に緊張感が抜けていく。
ギベインの方を見ると、眼鏡を押し上げてモニターと睨めっこしている。
それからなにやらぶつくさ呟いているので、また下の方を眺めた。
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