第17話 初戦闘【3】
「っていうか、着いたなら下ろしてください!」
「ああ、悪い悪い」
えいしょ、っとようやく男の方の上から解放される。
が、無重力空間にころんと一回転してふよふよとみんなと離れていく。
「……せ、せめて誰かに掴まってください……」
「ご、ごめんなさい」
スヴィーリオが迎えに来てくれて、手を引いてみんなのところへ戻してくれた。
情けないが無重力に慣れるまで誰かの補助が必要らしい。
「……もしかして、並行世界のラミレス嬢は民間人かい?」
「そうですけど……」
「そうか……悪いな、大変な事に巻き込んじまって。ま、けど普通じゃで出来ねぇ体験だと思って気楽になー」
はははー、とまた笑う。
なんというか、楽観的な人なのかもしれない。
しかしおっしゃる事はごもっとも。
「確かに俺の世界じゃ民間人が宇宙に行くなんて夢のまた夢だからなー。そうですね! そうします!」
「……あー、でも中身はやっぱりラミレス嬢だなー」
「どういう事ですか」
「いや、なんでもないぜ」
と、言いつつなぜかスヴィーリオの方を見るサイファー。
彼のよく分からない笑顔にスヴィーリオも複雑そうな笑みを返す。
「?」
「さあ、エレベーターが来たぜ。中央エリア……この艦の心臓部であり、艦橋へ案内するからなー」
なんとなく、はぐらかされたような気配を感じたが……言われた通り目的地は艦橋。
襲って来たというより、偶然遭遇した敵は戦闘用ではないもののようであの基地にいた人間がこの艦に避難するには十分な時間があったらしい。
「でも惜しいね、あの基地、結構気に入ってたのにね」
「分かる。狭いところって落ち着くよなぁ」
(あれで狭いんだ……)
「残して置ければいいんだが。まあ、その辺りは艦長さんがどう出るかだな」
「そうだねー」
しゅん、とついに開くエレベーターの扉。
と、思ったらまたもエレベーターホール。
円形の部屋にはびっしり扉が並んでいる。
しかも、行き先に関する標識はゼロ。
確実に分かんないやつである。
「……な、なにこれ、もしかしてあの世行きみたいなのが混ざってるの?」
「よく分かったな。外にそのままポイッて出されるやつがあるから気を付けろよ」
「死ぬじゃん!?」
ここは宇宙。
ポイッてされたら、死ぬ。
「そりゃそうさ、侵入者対策なんだからな。心配しなくても俺と一緒ならでーじょーぶでーじょーぶ」
なぜか不安でならない。
「艦橋行きのエレベーター、今日はここだな」
そう言って一つのエレベーターの扉の前に立つ。
開いた扉。
ギベインとセーヤは迷う事なく乗り込む。
案内係として派遣されたのだから、ラミレスたちも信じるしかない。
黙って乗り込み、扉が閉まる。
「どうやって見分けてるんですか? 目印もなににもない、あんなにわけ分からないのを」
「企業秘密だ」
「え……えええ……」
「悪く思いなさんな。今でこそ一緒に戦う仲間とはいえ、それでも俺たちは大国の侵攻には年中無休で警戒し続けて生きてきたんだ。ザードはともかく、昔は戦いを拒む登録者もこの場所で生活してたからなぁ……」
「……!」
それは、もしかして『凄惨の一時間』の時の――。
「お待たせ、連れてきたぜー」
聞く前にエレベーターは到着した。
開いた扉の先は薄暗い部屋。
イノセンスに乗せてもらった時のように、360度外の景色とリンクしている。
足元が、突然普通の床から宇宙空間に変わった。
そんな空間にいくつもの椅子とキーボードとモニターが浮いている。
「……いや、これ、めちゃ怖いでしょ……」
これで戦場に突っ込むとか、考えただけで恐怖。
「そうなんだよね、ザードがどういうつもりでこう造ったのかは分からないけど……普通の技術者たちは怖がって艦橋に来たがらないんだ」
「そりゃそうでしょ!」
「慣れるとそうでもないのですが……。それよりも、作戦をお話します。時間がありませんから」
「マクナッド……!」
上の席にいたマクナッドがふんわりと落ちてくる。
一番前の席にも子どもが座っていて、振り返った事で気がついた。
モカの髪と緑色の瞳の、ギベインたちくらいの子ども。
彼もふわ、っと浮いて近づいて来た。
「えっと、君は?」
「イゼル・アッシュタルト。『ジークフリード』の技術者の一人。一応操舵を担当してる。ほ、本当は試験機パイロットだけど……」
「……パイロット志望のまちがい……」
「パイロット! 訓練だって毎日してるし!」
「技術者っつーか技術者見習いだしな」
「ううううるさいですよ! くそう、サイファさん、ザードさんのお気に入りで古株だからって僕をバカにしないでください!? いつか貴方の事だって見下ろせるくらい僕は大きくなりますからね!?」
「まず、ラミレスさんにはあの場所で歌を歌って頂きたいんです」
「(シカト!?)……あそこって」
マクナッドの見上げた場所は、艦長席よりも上にあるステージ状のひれだ。
宇宙空間の映像と一体化していてよく分からなかった。
「後づけで造ったステージだよ。本当なら、機体の中で歌ってもらうのが一番効果的なんだけど、それと同じ状態で歌った時のような効果が五機全てに出るようザードが造った特別製さ」
「……あいつ凄すぎねぇ?」
「ええまあ……性格はともかく腕と発想は天才と認めざるを得ないですね。……さすが世界一の天才技術者『ジークフリード』です」
「……でも、歌ってなにを歌えばいいんだ? 俺、カラオケで歌詞見ないと歌えないんだけど」
「え……」
「曲はなんでもいいよ? からおけはよく分からないから出来ないし」
凍りついたマクナッドの横でギベインがそんな事を言う。
曲はなんでもいいと言うが……真っ先にこちらの世界の『ラミレス』の見事なライブ映像を見せられている。
歌詞を見ずに歌えたとしても童謡……はさすがにないだろう。
「まあ、なんとかしてみるよ」
「不安以外感じないんだが……」
「それはそれとして、新しい作戦は? 艦長」
「歌で強化された『ブレイク・ゼロ』で敵艦を完全破壊した後、離脱します。歌の補助があれば、一号機、四号機からのエネルギー供給は倍速でしょう。逃げ切る事は出来ると思います。それと五号機は二号機に回収してもらいます。その方が早いので」
「敵内部からの基地ごと破壊をする必要がないと言う事ですね」
「ただ、敵艦内部に敵戦闘機などが収容されている可能性もあるので、それを考慮し必要なら二号機と三号機にはそのまま五号機の援護、防衛を行なって貰う事になるでしょう。『デュランダル』はエネルギー不足ですから、逃げるので精一杯です。残念ながら援護できません」
「四号機と一号機は『デュランダル』へのエネルギー供給係に固定させる気か」
「ええ。ですが、歌に効果がなかった場合は出撃してもらいます。……その場合……戦闘になった場合は『α』軍に我々の位置が知られる事になる。……ここから離れてもしばらくつけ回される事になりますね」
「それはやだなー。物資が少ないのに、追いかけ回されると補給にも立ち寄れない」
「……物量戦だと100パー負ける……」
「下手したら『α』側に回ったアスメジスアやカネス・ヴィナティキ辺りも軍を派遣してくるかもしれねぇしなぁ。機械より現場を知ってる軍人の方が遥かに厄介だ」
「……あの質量の敵を……援軍を要請する間も与えず撃沈させる必要があると言う事ですか。なかなかにハードですね」
「そ、そんな事出来るの……」
「……ギアサードに達した『ブレイク・ゼロ』の火力なら可能だと思います」
マジか……。
思わずラミレスの口から零れ落ちた。
モニター越しにも見える鯨のような敵さんは、宇宙空間で距離感が掴みづらくとも「デカすぎる」とわかる。
なにしろ横を通り過ぎるデブリ帯の大岩を、一口で飲み込んでいくのだ。
やっている事が岩をがぶがぶ食べていく事なので、確かにかなりスピードは遅いけれど。
「……ギアサードかぁ……ラウトは同調率が不安定だからあまり高いギアはやってほしくないなぁ。それでなくとも高いギアは登録者への負担も大きくなる。ラウトとシズフはすぐ体調崩すし……」
「背に腹はかえられません」
「……デスカに怒られるね……」
「お、怒られるでしょうけど……他に方法はありませんよ」
「一号機の超電子砲は使えないのか? あれなら五号機全火力並みの威力があるだろう?」
「無理だよ。一号機の超電子砲はギアサード以上でやっと使えるものだもん。ギア上げ自体が出来ない白髪の子じゃ使えない」
「シャオレイさんですよ」
「そうそう、シャオレー」
まだ名前覚えられてないシャオレイ。
「三号機の重火力パックは別の基地だし、『デュランダル』の主砲もエネルギー不足で使えない。……それしかないんじゃないかなぁ」
「……なら、やっぱり問題はひとつ……」
「俺の歌かぁ……。……ちなみに音楽とか流れる仕組みなの?」
「もちろん。ここ、元々はおっぱいのあるラミレスが使ってたんだし」
「言い方! 言い方があるでしょう、ギベインくん!」
「はっ! ほ、本当です!? おっぱいがない!? むしろゴツくなっている!? 並行世界のラミレスさんって男の人みたいですね!?」
「君の目は正しい。俺は男だ」
「ええええええええ!? シャオレイさん踏んだり蹴ったりじゃないですかー!? ……まあ、あんなやつどうでもいいんですけど!」
「ははははは……」
父の空笑いに便乗するようにラミレスも「ははは……」と笑うしかない。
どういう意味だよ。
むしろ今の今までなんだと思われていたんだ。
『おいおい、楽しそうだな。ギベイン、いるなら操作盤出せ。アップデートさせる』
「え、もう出来たのかい? さすがだなぁ」
「ザードさん……!?」
アップデート?
メインと思しきモニターの横に先ほどと同じ宇宙服姿のザードが映る。
ギベインがステージの横の楽譜台のような場所を操作すると、まだ何もないところからウインドウがいくつもいくつも重なって浮かび上がった。
それをぽちぽち操作するギベイン。
なにが始まるのだろう。
「……二人……朝なんかつくってた……」
「な、なんか? なに作ってたの?」
「プログラム作ってたな。ギベインは機械を動かすプログラムやら設計図通りの製作なんかが得意なやつなんだ。ザードはデザインを含めてなにかを発明したり、ありえない理論とかを可能にさせたりする技術を思いついたりが得意でなー」
「……ザードが思いついたものを、ギベインがつくる感じ……」
「へ、へぇ……? じゃあ昨日俺が来た後から、なんかのプログラム作ってたの?」
「そうだよ。キミはおっぱいのあるラミレスと違って素人みたいだったから。ザードがおからけ機能をステージに取り付けようってさー」
「おから……カラオケかな? ……ってカラオケ機能!?」
確かにあるのとないのでは違う。
ラミレスの歌詞覚えてる歌なんて童謡くらいだ。
流行りの歌は友達と歌うけれど、それはカラオケでのみ。
一応実家のパン屋の店内には有線放送で流行りの音楽もながれるから、知っている曲なら無難に歌える気はするけれど。
「ありがたいけど、ここまで歴史が違う世界で俺の知ってる曲あるのかな……!?」
「さあ?」
予想通りの反応。
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