第15話 初戦闘【1】


 考え込んでいると、いきなり大きな『ビー! ビー!』という警告音が鳴り始めた。

 跳ね上がる肩。

 立ち上がったアベルトは、上着を脱ぐとそのまま食堂の出入り口へテーブルを飛び越えて向かう。


「え……アベルト!?」

「すいません、敵襲です! 俺は行かないと……!」

「敵襲!?」


 まさか、とロイヤルナイトの四人を見上げる。

 四人とも微動だにしないが顔は険しい。


「タイミングが最悪だな……まあ、奴らにとっては最高か」

「嫌ねぇ、相手の都合御構い無しなんて……。どうするの、ヒューマノイドの坊やたち。これじゃ実験なんて無理よ?」

「そうだね。まあ、状況把握から始めよう。……この基地がバレているとは思えないが、もう二度と『歌い手』は失えない。ラミレスを『デュランダル』へ連れて行ってもらっていいかな、隊長さん?」

「……この基地を破棄すると?」

「しないで済むならしたくないけど……やはり『ガーディアンタイプ』のお出ましみたい。しかもこれは……資源回収船のようだね……」

「な、なんだこれ……」


 ギベインが開いた(ラミレスには電子辞書にしか見えない)機械から映し出されたウインド。

 そこには巨大な鯨のような戦艦が、口を開けて宇宙ゴミをがぶがぶと飲み込んで行く姿。

 今更だが本当に宇宙だ。

 デブリ帯を容赦なく巨大な船内へと飲み込む。

 まるで海で小魚を一飲みにする鯨の食事だ。


「……こ、こんな奴らと戦ってるの……!?」

「あはは、このガーディアンタイプは最大級の奴だから安心してよ。全部が全部この大きさじゃなからさ〜」

「……見たところ単機……。……でも……」

「基地の周りのデブリを平らげようとしているようですね……このままでは気づかずに我々のいるこの基地ごと飲み込むのでは?」

「『デュランダル』に避難しましょう。機体のないワタシたちじゃあ、サポートしかできない……」

「だな」

「『デュランダル』って、ザードが造ったっていう戦艦……」

「ええ。恐らくこの基地を棄てる事になります。ですから……」

「……え、ちょ、ちょっと待って……! この施設がなくなったら俺、帰れなくなるんじゃないの!?」


 確かに一週間で世界は救えなさそうだが、それでも帰る希望は持ち続けさせて欲しい。

「心配しなくても、ザードがいればキミは帰れるさ。むしろ心配するならあの機器を作る事の出来る唯一の存在……神の手を持つ強欲の悪魔が戦死する事じゃあないかな? まあ、あの悪魔はそう簡単に死なないだろうけどね」

「ザードが……? そ、そうか、あいつがあの機械を作ったんだもんな……。……それにしても悪魔って……。仲良しなんじゃないの?」

「さあ? ボクは彼を好ましく思ってるけど、彼にしてみればボクらも研究対処でしかないのかもしれない。それと、利用価値のある無給でこき使える小間使い、みたいな? なんにしてもボクらのような非戦闘員は大人しく『デュランダル』で戦いが終わるのを待つ他ないのさ」

「……ご案内します。急ぎ、艦へ避難を」

「う、うん……」


 鳴り止まない警報というのがこんなにも不安を煽るなんて知らなかった。

 スヴィーリオたちに連れられて、やって来たのはGFが安置されているのとは別のドッグ。

 いかにもな戦艦がそこにはある。

 なんというか、一言で言うと……。


「茶色ッ……!? なんか極めて小さい島みたいなんだけど、これ本当に戦艦!?」

「ほんと、いつ見てもダサいわよねぇ」

「地球ではこの上なくこの姿が役立つみたいだよ。実際、五年以上の建設期間を要したのに大国にはこれっぽっちも気付かれなかったみたい」

「……そ、そういう……」


 確かに大国に隠れて活動していたような事を言っていた。

 なるほど、隠れみの術か。

 この見ようによっては極小の小島のようなこの姿は、移動する基地として最高の役割となっていたのだろう。


「とはいえ、普通の戦艦に比べれば規格外の大型だ。こんなもんがウロついてて気付かなかったっつーのは情けねぇな」

「こんな姿でもレーダーには反応しませんし、大和の技術力ですら不可能という超広範囲、高性能光学迷彩が搭載されているのです。無理もありませんよ」

「こんなダサい姿のくせに超最新鋭なんだから……恐るべしよ『ジークフリード』……」

「それも、GFの高密度な特殊電波とエネルギーあってこそだけどね」

「とりあえず凄いって事?」

「そういう事。もちろん中身もね……。ボクは艦橋に行くけど、キミはどうする?」

「え?」


 艦橋というのは操舵室的なところだろうか?

 振り返った先のギベインはにっこり微笑む。

 どうする、なんて言われたってラミレスには戦いの事なんてさっぱり分からない。


「お待ちください、殿下にまだ歌は――」

「早すぎる。無理だ」


 アルフィムさんが喋った!

 ……という事よりも……、歌!


「……歌……そうか、GFが戦うなら歌が必要なのか……っ。でも……」

「歌はなんでもいいんだよ。キミが知っている歌でも自作でも。重要なのは“キミが歌う”という事象のみ!」

「……あなたが歌わないと、多分……『デュランダル』のエネルギーが足りない……。……逃げきれない……」

「……え……!? どういう事……!?」

「ちょ、ちょっと! そこをなんとかするのがあんたたちみたいな頭のいいヒューマノイドと艦長でしょ!?」

「そうは言うけどね……彼をこの世界に呼び出すのにこの基地だけではなく『デュランダル』やGFに備蓄されてたエネルギーも全部使い果たしてしまったんだ。敵襲を受けたら逃げられない可能性が極めて高くなると言う事は事前に話していたはずだろう? それにボクは技術者タイプのヒューマノイド。戦略なんかは専門外だよ」

「……ボクも……。……ボクは拳で殴る系の戦闘タイプ…………戦略は専門外……」

「ホントつっかえないわねぇ!」

「マクナッドに賭けるしかないね。彼ならエネルギーが不足しまくりのこの大ピンチをなんとかして逃げ切る作戦を思いつくんじゃあないかい?」


 マクナッド……。

 ラミレスの知るマクナッドは真面目で優しくて、何事にも一生懸命な青年。

 けれどラウトと同様、ラミレスの知るマクナッドそのままではないかもしれない。

 軍人なのだ、彼も。

 戦艦『デュランダル』の固定された倉庫は無重力の空間。

 扉を開けると、透明な通路を通って土色の地味な戦艦へと……案内される。

 開いた扉の奥は真っ白な壁。

 外とは比べ物にならないほど美しく、近代的で、そして近未来だ。


「まあ、ラミレスの歌があれば可能性の幅が広がると言う事さ。キミの歌声にかつての彼女のような力があるかはまだ分からないけれどね」

「……そうだな……。でも試してみよう。ぶっつけ本番でチャレンジなんて、なかなか燃える展開じゃないか」

「殿下……!?」


 騎士たちは反対、とばかりの表情だ。

 だが、ロイヤルナイト、なんて大層なものになる彼らにならわかるはず。


「分かってるよ、遊びでやるつもりはない。っていうか、俺もまだ死にたくはないからさ……俺に出来る事ならやりたいんだ。協力するって決めたし、決めたからにはいつかこうなってたんだろ? 勝手がわからない状態でやる事になったのは、びっくりだけどね」

「……貴方は……」

「…………殿下……」

「もー、殿下はやめて欲しいな〜……普通にラミレスでいいよー」


 なにより女の子の『ラミレス』に出来て男の自分がケツ巻いて逃げたとなれば、男としての大切なものがぶっ壊れる。

 これは男としても、やらなきゃならない事柄だ、多分。


「じゃあ全員艦橋行きでいいのかな? ロイヤルナイトの皆さんにはご協力感謝するよ。『ジークフリード』内でここまで専門的に戦艦を動かせるメンバーは限られていたからね」

「……ん……感謝……」

「……ちょっとぉ、あんまりハードル上げないでくれるぅ? ワタシたちだって本来は巨兵器乗りよぉ?」

「全くだ……。戦艦はそれこそ専門外だっつーの」

「まあ、確かに『ジークフリード』の皆さんよりは戦争慣れしておりますからね……素人よりはマシでしょう……。……ただ、やはり最近ちょっと戦艦の艦橋スタッフ状態で忘れられがちですよね……」

「はぁ……『α』が機体干渉しなけりゃ俺たちも巨兵器で戦えるのに……。腕が鈍っちまいそうだぜ」


 なんだかまた知らない単語が。

 巨兵器?

 ああ、いや、それよりもこのけたたましい警報音の中、なんて冷静に話し込めるんだこの人たちは。


「……殿下…………いえ、ラミレス様」

「様もやめてよ……」

「……ラミレスさん、あまり無理はなさらないでください。接近中のガーディアンは戦闘向きのものではありませんが……恐らく戦いは避けられません。貴方は兵士でも戦士でも騎士でもないのですから」

「……うん、分かってるよ」

「……ちゃんと、辛い時は口に出して言ってください……約束、して下さいね……」

「…………うん」


 今まさに辛い。

 他人行儀な父と話す事が。

 シャオレイやラウトやマクナッドが軍人であった事よりも。


(父さん……)


 この人はこの世界の父。

 この世界の『ラミレス』の。

 自分のと同じ父じゃない。

 けれど、父さんは父さんなのに。

 なぜかとても心が虚しく感じる。


「………………」


 警報音の鳴り響く中、巨大な小島型戦艦の内部を進む。

 迷子になりそうな道順を、すいよすいよと進むギベインに付いて通路の脇に設置してある手摺に掴まって一人無重力空間の移動にあたふたするラミレス。


「んおあああああ!?」

「えー、またぁ?」

「ん」

「……さ、サンキュー、セーヤ……」


 曲がり角の方向転換に失敗して反対側に飛ぶのもこれで五回目。

 セーヤにキャッチされて、なんとか戻る。

 いやいや、広過ぎだろう。

 まあ、小島に擬態していた戦艦なのだから広くて当然ではあるのだろうけれど。


「まだ着かないの……? 俺心折れかけてるんだけど……」


 せっかく決意しておきながら、広さと慣れない無重力に涙が出そうだ。


「……これでも最短ルートだよ。……既に艦は動き出して…………」

『ギベイン・ヌイ! 今どこですか!』


 突然、ギベインの腕時計から小さなモニターが浮かび上がる。

 そのウインドウからはマクナッドの姿と声。

 相変わらずすごい技術力の高さだ、この世界は。


「ああ、ごめんよう艦長。今向かっている途中なんだ。並行世界のラミレスは無重力空間移動に慣れていないみたいでね」

「……いつもより暗いし……」

『暗いのは仕方がないでしょう、エネルギー不足なんですから……。それより、艦橋に辿り着けないなら近くの部屋で衝撃に備えて下さい! 五号機があのガーディアンの中から最大火力をお見舞いする事になりましたから! 衝撃波はここまで届きますよ』

「は? はぁぁ!? 五号機をぶっ壊すつもり!? そんな事したら……!」

「ちょ、それ自爆って事!?」


 思わずギベインの頭の上からモニターに叫んでしまう。

 五号機……あれの登録者パイロットはラウトのはずだ。

 そんな事絶対させるわけにはいかない。


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