第13話 並行世界で新生活【2】


 父、スヴィーリオはそうでもないがカリーナまであまり歓迎という雰囲気ではない。

 ラミレスが「みんな座れば?」とロイヤルナイトの方々に促すが、騎士たちは立ったまま。


「ワタシたちの事は気にしないで。主君が食べている席で一緒に食べる事は不敬罪になるのよ」

「ご命令とあれば、ご一緒致しますが……」

「い、いや、俺はこの世界の人間じゃないし……! この世界の『ラミレス』じゃないし! そこまで重く考えなくたって……!」

「だからって招かれたわけでもないのにこの世界で皇族のあんたと同席する事は、カネス・ヴィナティキの貴族としての矜持に反する」

「え、ええ〜……で、でも俺は……」

「殿下」


 優しい声。

 優しい、父の声なのに。

 見上げた微笑みはとても困っている。

 それになにより「殿下」なんて──。


「並行世界とはいえ、殿下はこの世界のことをまだよくご存知ではないのでしょう。カネス・ヴィナティキは身分が重視される国なのです。どうかご理解下さい」

 「………………」


 この世界に来て何度目かの衝撃。

 ただ、それはシャオレイやラウトが軍人で、GFの登録者だと聞いた時とは別物だった。

 優しい父が。

 同じ顔で、同じ声で……。

 殿下、なんてまるで他人のように。

 なんだか父が姿の同じ違う人間であるかのような──。


「……ラミレスさん……」

「セーヤを連れて来たよぉ」

「……セーヤ・フィブグレイ……。よろしく……」

「え……? あ、ああ、俺はラミレス・イオ。よろしく、セーヤ」

「……っ」


 なんだかこの世界でまともな自己紹介をし合ったのは初めてな気がする。

 食事のトレイを持っているセーヤとは残念ながら握手は出来なかったけれど。


「セーヤもボクと同じで人の顔と名前を覚えるのは苦手だから、先に謝っておくね」

「え、ええぇ〜…………」

「俺も顔と名前を覚えてもらうのに一ヶ月くらいかかりました……」

「そ、そんなに!?」

「ん? セーヤ、お口にソースがついてるよ」

「んん……」

「………………。二人は兄弟、なんだよね?」


 苗字が違うが……顔は同じ。

 仲も見たところとても良さそうだが。


「そうだね、人間の感覚だとそうなるんじゃあないかなぁ。……けれど、ボクたちヒューマノイドに兄弟という概念がないからね」

「うん……」

「え? なに?」


 ヒューマノイド?

 人間、ではない?

 顔をしかめる。


「そういえば昨日はまだそこまで話していなかったね。あのね、この世界は今人類バーサス人工知能『α』が戦争をしているんだ。ボクたちは人工知能『α』が作ったヒューマノイドなんだよ。……まあ、今の『α』はボクらの生まれた頃の『α』じゃなくなってしまったけれどね」

「……『α』……暴走してるの……」

「……じ、人類と人工知能が……?」


 うん、となんともない笑顔で頷かれる。


「……そうか……だから……いろんな国の人たちが集まっているのか……」


 大国、カネス・ヴィナティキ帝国の騎士たちと、アスメジスア基国の軍人ラウト。

 共和主義連合国のシズフという人物に、マクナッド。

 アベルトとザードは中立の立場のようだから、ここに合流してきたと……。

 そういう事なら合点が行く……のだが……。


「そういう事。そして、今の『α』と戦えるのはもうGFだけなんだ。『α』は世界中の通信機器を支配してしまったからね。『α』と戦えるのは『α』が支配出来ないオーバーテクノロジーの結晶……『ギア・フィーネ』という兵器だけ」

「……!」

「……『ギア・フィーネ』はGF電波という未知の伝達手段がある……。……『α』でもGFは掌握できない……。……GFに乗れるのは登録者だけ、だから……」

「ザードの作ったここみたいな基地以外の施設は、ほぼ全て『α』の支配下に置かれていると言ってもいいんです。地上はもちろん、各国の宇宙ステーションも……。……本当に、たった五人で世界と戦争しているようなものなんです。俺たちは勝つ見込みの限りなく少ない戦争を挑んでいる……」

「……アベルト……」


 なんだそれは。

 それでは、つまり……。


(嘘だろ……じゃあ、あの五体のロボットとアベルトたち五人だけで人工知能が支配した世界と戦ってるって事なのかよ? マジで? む、むしろ今までよくなんとかなってたな? 完全に映画の世界なんですけど……?)


 思っていた以上に状況が悪い。

 食事の手も完全に停止するレベルだ。

 だが、そうまでして抵抗を続けているのは……それが『抗う力を持つ者としての責任』だからなのかもしれない。

 アベルトが言っていた、戦う力も抗う力もない人たちの不幸。

 アベルトたちは運が良かった、と。


「その人工知能は、いい奴じゃないんだな」

「そうだね。ボクらが生まれてきた時とは別人格みたいになってしまったね。ボクらのように肉体が与えられなかったからなのかな……ネット上の人間たちの一面しか見てこなかったみたいだよ。それになにを勘違いしたのか、人類を管理するとか言い始めてね……異を唱える者はバグ扱いさ。……ボクらを含め、ね」

「……傲慢…………人工知能のくせに……愚か……」

「そうそう。人類の繁栄を手伝う為に生まれてきたのがボクらなのにね。管理して、人類のあり方を変えてしまうのは存在理由から反するよ。例え戦争を繰り返して人類が最終的に滅びる事になったって、それが人類の選択の結果だ。ボクらがそれに異を唱えるべきではない」

「……滅ぶ時は一緒……」


 なんという達観した方々……。


「……人間の……人類の為に、って考えすぎた結果管理してしまおうって考えたわけか。それでそれを実行に移してると。……完全にアニメや漫画や映画の世界だな」

「ふふ、そうだね。それは人類が考えたボクらのような存在のリアルなあり方だと思うよ。そして同時にそういうものは警告でもあったはずだ。人類はもっと自分たちの生み出したモノのヤバさをそれらから学んでおくべきだったね」

「ラミレスさん、意外とアニメや漫画観るんですね……?」

「大和の七個ボール集めて願い叶える漫画や某ニンジャ漫画全巻集める程度には大好き。アニメは新作絶対チェックする程度には観るし」

「わぁ、ザードと同種のガチ勢の匂いがするぅ」

「あれいいよね、女の子がアイドル目指すやつ! 動物が可愛い女の子になるやつも!」

「す、すみません分かりません……!」

「……あ、ダメだ……同種だけどツボが違う……」

「……ザードは……ロボ系……。戦艦とか……戦車が女の子なやつ……お歌歌う女の子とロボットが一緒に戦うやつ……観てる……」

「あー……本当だ好きなジャンルが違う……」


 かくん、と項垂れるアベルト。

 共通点は美少女だろうか?

 だがアニメや漫画は女の子絶対出るし、男で美少女が嫌いな奴なんていない。


「ボクはあれだなー、……『ボクと契約して魔法美少女になってよ』のやつ」

「意外!? ギベインってそういうのが好きなんだ?」

「ファンタジー大好きだよ! 二人はキュアガールズとかも。現実味がまるでなくていいよね」

「……理解不能……」

「まあ、ボクらそういうものと真逆の存在だものね。だからこそ憧れるんだよ〜」


 ……やはり美少女出るやつである。


「……平和な会話だな……」

「ホントよねぇ……。相手はヒューマノイドなのに」


 後ろでそんな声が漏れる。

 小声だが、ラミレスには聞こえる大きさ。

 騎士たちがギベインたちを招いた時いい顔をしなかったのは、そういう理由らしい。

 だが普通に笑うし、食事もしている。

 人間と変わらない彼らを、別なものとは思えなかった。


「……その話はまた後でゆっくりしたいとしてさ。……っていうかしよう、是非」

「ザードも交えてね」

「……俺をパラレルワールド……並行世界から召喚しなきゃいけなかったのは、つまりその人工知能との戦争で人類側がバリピンチって事だからなんだな?」

「そうそう」


 言い方が軽い。


「……カネス・ヴィナティキ……アスメジスア……ミシア…………『α』への服従を表明している……。残っている軍事力保有国もほとんど無力化されてて時間の問題……」

「ある意味平和な世界になりつつあるって事なんじゃないの?」

「平和な世界ね……そうだね、『α』が人間を真似て兵器による軍事侵攻も同時に行なっていなければ、そうなるのかもしれないね」

「……えっ……!」

「従わない国へ、『α』はサーバー攻撃だけでなく武力による侵攻も行なっています……。世界は軍事力による戦争をしていましたから……『α』はそれが正しい支配のやり方だと学んでしまったんです」

「……じゃあ……」

「……俺の住んでいた街は……『α』の軍に……。……母も友達もみんな……殺されました……」


 目を閉じるアベルト。

 その時の光景を思い出しているのか。

 血の気が引く。

 頭が冷えて、歯の奥が震えた。

 人間同士の戦争でたくさん死んで。

 人間の生み出した人工知能がまた更に人を殺す。

 抵抗する国は通信機器など機械の類を支配され、為すすべもなく支配下に入る。

 思い出したのは最初に見せられたこの世界の『ラミレス』が歌う姿。

 愛らしい微笑みとダンスに、心躍らせる歌声。

 彼女の歌で強くなる『ギア・フィーネ』。

 人殺しの人工知能に対抗し得る唯一の兵器。


(この世界の『俺』は……そんなもんと戦っていたのか……)


 あんなか細い体で。

 笑顔で……。


「……GFを強くする『歌い手』がこの世界の『ラミレス』だけで、その歌がないと途方もなく不利だから俺がパラレルワールドから呼び出されたってことか。でも、俺ほんとに歌なんてカラオケくらいでしか歌った事ないよ?」

「からおけ?」

「……ほんと変な事は知らないよね、ギベインは。……えーと、歌ってストレス発散するところだよ」

「……その説明は正しい……の……?」

「……う、うーん? ま、まあ、あながち間違ってはない、かな?」


 セーヤは「……データと少し違う……」と文句を言う。

 確かにストレス発散施設とも言える。

 カラオケ帰りは喉こそガラガラになるが心は軽くなるから。


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