第8話
突然、蓮華さんの指示で大学生に戻ることとなった私は頭がついていけなかった。しかし、私は指示された次の日には大学に行くことになっている。
もちろん、晃さんも一緒。
雇い主である蓮華さんに指示されてしまったら、私はもう断ることもできない。それに、正直なところ晃さんが契約を結んでしまったのがかなり心配なのだ。
7日後に100万を用意しないといけないし、私が見ていた限りでは晃さんは貧乏大学生のような気がする。
そんなことを考えていたら余計に心配になってきたので、事務所を出た後に交換したLINEで連絡してみることにした。
《こんばんわ。無者屋の紗重です。》
送信を押すとすぐに返事が返ってきた。
《こんばんわ。明日から少しの間よろしくお願いします。》
《こちらこそ、よろしくお願いします。》
私は疑問に思っていたことを聞いてみる。
《あの、なぜ100万ものお金をかけて無者屋と契約したんですか?》
そこで彼からの返信は途絶えた。
既読は付いているのに何時になっても返信が来ることはなく、翌日を迎えた。
朝になってスマートフォンを見ると、そこには彼からの着信が入っており、メッセージも1件入っていた。
《おはようございます。大学の最寄り駅で8時に待ち合わせでいいですか?》
私は時計を確認してからスタンプで《OK》とだけ返信をした。
待ち合わせまではまだ2時間近くあるし、私はその最寄りまで電車で10分程度で着くので、私は優雅にトーストを焼きながら朝食を食べることにした。
テレビを付け、今日の天気を確認しながら着ていく服を考える。
久々にリクルートスーツじゃない服に袖を通すのはどこか新鮮で、蓮華さんの指示とはいえ、大学にまた通えることを楽しみにしている自分がいた。
時計を見ると7時半を回るところだった。
私は忘れ物がないかを確認して、家を出ることにした。
駅までは徒歩で5分位なので上手く行けば待ち合わせの10分前には到着ができる。
心理学部なんて行ったこともないし習ったこともないけど、私は期待に胸を膨らませていた。
と、スマートフォンが鳴った。発信者は「無者屋・・・」
緊張しながら電話に出る。
「も、、もしもし」
「紗重ね。私よ、蓮華よ」
「あ、はい。おはようございます。」
「今日から大学でしょう?そこであなたの仕事があるの」
「え、あ、はい。」
仕事?私は晃さんと大学に行くことが仕事だと思っていたので、その他に任務があることに驚いた。
そんな私をよそに蓮華さんは話を続ける。
「いい?あなたは彼と一緒に犯罪心理学を軸にして講義を受けること。
あと、彼に惚れてはだめ。彼に業務内容を知られてもダメ。」
それだけ伝えると、蓮華さんは一方的に「じゃあ」と言って電話を切ってしまった。
一体どういうことなのだろう・・・
そもそもなぜ心理学部なのかも分からない。
私はてっきり動画視聴者の心を掴むための心理操作を学ぶのかと思っていたら、蓮華さんは犯罪心理学を学べと言ってきた。
しかも彼に惚れるなとは、どのような意味があるのかはさっぱり理解できない。
とりあえず私は仕事をしなければいけないので、彼に不思議がられないように細心の注意を払いつつ、彼と犯罪心理学を専攻することに成功した。
私と晃さんはどうやら2年次からの転入生という扱いになっていて、ゼミは自動で犯罪心理学の教授のゼミへと割り振られた。
晃さんも最初は「なんで犯罪心理学ばっかりなんですか?」とか、「犯罪心理を学んだって動画の視聴者は増えませんよ。」とか言っていたものの、自分が触れたことのない分野だからなのか、1日で学内で友人を作り、真剣に講義を受け、普通の大学生生活を送るようになっていた。
私はというと、彼と行動を共にすることが多いせいか、周りに男子が寄ってくることもなく、かといって女友達を作れるほどのコミュニケーション力もなく、相変わらずの独りぼっちを経験していた。
「・・・・・佑依に会いたいなぁ」
大学内で唯一私の理解者だった彼女にも、無者屋に入ってからは会うどころか、連絡すら取ってはいない。というより取れない。
きっと会ったら彼女は私が無者屋に入社したことに気づくだろうし、それに気づいた上で、何事もないかの様に接してくれる。だけど、私はそれが重いのだ。
彼女の優しさや心遣いもとても嬉しくて、人間としても彼女のことは大好きで尊敬している。だけど、時々その全てが重く感じて、とてつもなく息が詰まる。
「はぁ・・・」
今日で何度目かのため息をついていると、後ろから声を掛けられる。
「紗重さん、どうしたの?」
「え!?あ、晃さんか・・・
ううん!何でもないです!!大丈夫です。」
「そう?じゃあ、もうすぐ授業だし、一緒にいこ?」
しどろもどろになりながら彼に答えると、彼はそれ以上の詮索はしないでくれた。
彼の後ろを歩きながら、ふと、彼の本当の夢って何なのだろうかと考えてみる。
「刑事、警察官、弁護士・・・」
犯罪心理学を使うような仕事を次々と思い浮かべて見るけど、一向にピンとこない。
「裁判官、探偵・・・犯罪者?・・・まさかねっ、、うわ!!」
犯罪者が犯罪心理学を学ぶなんて聞いたこともないし、本末転倒な気もする。
ぶつぶつと独り言を繰り返していたせいで、彼が足を止めたのにも気づかなかった。
「ご、ごめんなさい!晃さん、」
急いで謝罪をしたけど返事がない。
ゆっくり顔を上げると、彼は廊下に面して広がる大きな中庭を凝視していた。
彼の視線の先に映るのは、何かの撮影をしている生徒がいる。
多分、映画研究会とか何かだろうその姿を、彼はこれでもかというほど見つめる。
それを見た瞬間、私は何かを感じた。
「・・・俳優」
「え?」
「俳優になりたかったのですか?」
彼の諦めた夢、それは俳優ではないか。
明確な理由なんてないけれど、私には彼の視線がとても悲しく、でもどこかで羨望に満ちている様に見えた。
私のそんな質問に彼は「ちがいますよ!俺は動画配信で儲けたいんです」と笑って答えて見せる。でも、その眼はやはりどこか笑ってはいなかった。
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