第7話
部屋に上がり最初に驚いたのは、機材の多さだった。私では何に使うのか想像もつかないような機材が所狭しに置かれ、段ボールも天井近くまで積み上がっている。床にもいろいろな小道具のようなものが置いてあり、気を付けないと踏んづけてしまいそうなほどの散らかり様だった。
「どうぞ」
彼に言われて部屋に入ると、そこもまた地獄の様に様々なものが散らかっていた。
「あの、つかぬ事を伺いますが、学生さんですよね・・・?」
私は相手の神経を逆なでしてしまわないように、穏やかで尚且つ低姿勢な話し方を心がけた。
「そうだけど、今は休学中。」
「そうなんですね。」
「俺、やりことがあるんだ。その為に無物屋を探してた」
「やりたいこととは、、、?」
彼は少し間を置いて、話をつづけた。
「動画配信者ってわかる?」
「ええ、まぁ」
彼のいう動画配信者は、今、世間でも一般的になりつつある職業分野の一つだ。
一般の人がやりたくてもなかなかやれないこと、例えば“100万円分をゲームに使ってみた“とか、”〇〇の曲で踊ってみた“など色々な分野があり、自分の好きなことや趣味を活かして動画を撮影、それを専用のサイトにアップするだけ。後は多くの人に見てもらえれば、その再生数に応じて収入を得られる仕組みになっている。それが彼のなりたいものらしい。
「そこまでやりたいことが決まっているのに、なぜ無者屋に依頼を?」
私が学校やネットで聞いた噂では、無者屋は夢を諦めた人や、自分の可能性に絶望した人だけが依頼できる場所になっている。それならばやりたいことも、なりたいものも決まっている彼はなぜ依頼をできたのだろう。
彼は少し沈黙した後に、ぽつりぽつりと話し始めた。
「無者屋ってさ、夢を諦めた人が行けるお店なんでしょ?」
「まあ、そうみたいですね。でも、貴方はまだ動画配信者になる夢を持っているんじゃないですか?」
「・・・」
なぜか彼は黙ってしまった。
彼は動画配信者になりたい。でも、別の”何か”の夢を諦めたているから無者屋に依頼をかけることができたのだろう。
だとしたら、私はその本当の夢を聞き出さなければダメな気がした。
「あの、お名前、伺ってもいいですか?」
「佐藤 晃」
「あきらさん、私と無者屋に行きましょう」
私はまだ新人だから、何をしていいのかも、何をするのかも分からない。
ただ、無者屋として仕事をしなければいけないのならば、彼とここで話をしているよりも、一緒に無者屋まで行って、蓮華さんにアドバイスをもらったほうがきっと早いと思った。
戸惑う晃さんを引っ張って私は一度、無者屋に戻ることにした。
晃さんと一緒に無者屋まで戻り、ドアを開けると、蓮華さんが椅子に座って書類に目を通しているところだった。
「ただいま戻りました・・・」
恐る恐る声を発すると、彼女はゆっくりと顔を上げ、私を見ることなく私の後ろにいる晃さんを見ていた。
「お前が依頼者か?」
突然、威圧感のある声で質問された彼は、びくびくしながら返事をする。
「お前は夢とは何だと考える?」
難しい質問。
晃さんはなんて答えるのだろう。
「夢ですか。夢って、叶ったらいいな位で持つものかなって。
どうせ叶わないからあえておっきくしてもいいし・・・。」
晃さんの答えは納得できる。
でもきっと、蓮華さんが求めた答えはそれではない気がした。
「そうか。お前にとっての夢はその程度か。
まあ、いい。紗重、そこの引き出しから書類を出して。」
蓮華さんに言われ、近くのデスクから書類を取り出し渡す。
そして蓮華さんは、その紙をペンと一緒に晃さんに渡した。
「これは・・・?」
「これは正式な契約書。今日から7日間お前をここで雇う。
7日後、お前は夢が叶っているよ。」
「え・・・」
「ただし、条件が3つ。1つはここでのことを口外しないこと。
2つ、契約後は無者屋について詮索しないこと。
3つ、7日後に契約金の100万をその場で支払う事。」
とてつもない要求だった。
どんなことをするのかも、どんな夢を叶えてくれるのかも教えてもらっていないのに7日後に100万を支払いしなければならないのだ。
こんな悪徳商法に手を貸そうとしていたのかと、私が一人で考えを巡らせていると、晃さんは何も考えもしないで契約書にサインをしてしまった。
「俺の夢、叶えてください。」
そういいいながら書類を渡す彼に対し、
「7日後、お前はお前じゃなくなるよ。」
蓮華さんはどこか不敵な笑みを浮かべつつ、書類を受け取ったのだった。
その後、蓮華さんから2人で一緒に行動をすることを命じられ、私は晃さんと7日間の間、行動を共にすることになった。
そしてこの7日間、私は晃さんと一緒に大学に通うことになった。
蓮華さんが謎の手を使って用意した、7日間だけの学生生活。
もちろん、私の大学でも、晃さんが休学している大学でもなく、全く違う学校。在籍する学部は「心理学部」
蓮華さんの意図が読めないまま、私は大学生に戻ることとなった。
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