第6話
そうこうしているうちに朝を迎え、約束の出勤時間が迫る。私は考えた末、蓮華さんに言われた通りの出勤時間に出勤をすることにした。
正直言って、どんな業務をするのかも分からない。けれどせっかく採用された訳だし、無者屋の中身も気になるので、私は無者屋で働く決心を決めた。
昨日と同じ新宿の雑居ビル5F、一番端。無者屋は異質な空気を漂わせていた。ドアを開ける前、緊張感というのか、得体の知れない、体の芯から来る恐怖に逃げ出したくなる。それを必死に抑え込んで、やっとの思いでドアを開けると、昨日の黒髪ロングの姿の蓮華さんが椅子に座っていた。蓮華さんの着ている服はただのスーツなはずなのに、とても似合っていて、どこか色っぽい雰囲気まで醸し出している。
「来たわね。」
事務所の中は昨日と変わらず、デスクが3つ、それ以外は何もない殺風景な場所だった。
「おはようございます・・・。」
また一瞬の沈黙が訪れる。
「あの、私、何すればいいんですか?」
「そうね、まずは、一昨日に依頼してきた人のところに行ってきて。」
「え?でも、私、業務内容とか、マニュアルとか、何も教わってないですし・・・」
私がたじろいでいると、蓮華さんは昨日のような冷たい視線で、
「行けば分かるわ。それに、ここにマニュアルなんてものも、業務内容なんてものも存在しないのよ。あとは自分の目で確かめなさい。」
そう言って、依頼者の名前と住所が書かれた紙を渡され、事務所から追い出された。
(そんなこと言われても、会いに行って何すればいいの・・・)
私は途方に暮れながら、トボトボと依頼者の元へ向かうことにした。
私が入社して初めての依頼者は、20歳の男の人、まだ学生さんらしい。私より少しだけ年下の人ということで、少し安心したのが本音。とりあえず、彼に会いに行くしかないのだろうと思い、私は紙に書かれている彼の住所を訪ねることにした。
紙に書かれた住所は、新宿から京王線で一駅の場所だった。
はじめから遠くへ行かされなくてよかったことへの安堵がこみ上げ、少し涙ぐみながら私は彼の住むアパートへと向かう。近くに大学があり、その大学の学生さんなのかもしれない。アパートは想像以上に綺麗で、きっと格安で借りれる学生寮のような所なのだろう。
部屋の目の前まで来て、一瞬帰ろうかとも思ったけれど、やはり引き受けたからにはしっかり最後までこなしてこそ社会人への第一歩だと、自分を奮い立たせ、思い切ってインターホンを押してみた。
中から顔を出したのは黒髪で短髪の青年だった。
「どちら様ですか?」
スーツを着て目の前に立つ私に、剥き出しの警戒心を向ける。
「え、っと・・・あの、な、無者屋です」
私は咄嗟に無者屋の名前を挙げ、お辞儀をした。
彼は一瞬固まり、「ほんとにあるんだ」と呟くと、部屋に上げてくれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます