第4話

 —翌日

 朝ご飯を食べながら、スマートフォンでメールを開く。

 独り暮らしの私にとって、朝食は無言で過ごす時間のひとつで、さらに言えば、地獄の時間でもある。なぜなら、メールの受信BOX一覧に表示されるのは、ほとんどが不採用、いわゆる”お祈りメール”であることが日常になっていた。

 落胆することにも疲れ、ろくに内容を読みもせず次々に削除していく。すると、その中に一件だけ【面接確定】の文字が見えた。送信者のアドレスには、「No object house」と書かれていたので、迷惑メールの類か何かだろうと思いつつ、面接確定の文字に惹かれてメールを開いてみた。

 内容を読み、私は固まった。

 口に運びかけのトーストに乗せた卵か滑り落ち、私の服を汚した瞬間に我に返った私は、嬉しさと怖さで涙が溢れていた。メールの送り主は、昨日送ったばかりの無者屋だった。

 本当に存在していた。興味半分で送ったエントリーシートと履歴書はすんなりと通った。次はもう最終選考で、面接のみの為、まだ希望は残されているのではないか、そんな気持ちを持ってしまった私は、就職することを諦めきれていなかったのだと思う。そもそも、本当に就職活動を諦めていたならば、こんな都市伝説化されているような得体も知れない会社にエントリーを出すなんてこともしないだろう。けれど、私はそれを出した。つまりそう言うことだ。心のどこかでは、まだ、就職することを諦めきれず、都市伝説に縋ってでも就職をしたかった。出版社1本に絞り続けてきた範囲を広げ、初めて応募したのが、都市伝説の企業なのは自分でも狂っていると思う。けれど、無者屋に応募しなければならない、そんな気がしたのだ。だから後悔はないし、むしろ嬉しいのだ。

 昨日送ったエントリーシートのコピーを取り出し、我ながら定型文みたいだなと小さく笑い、やっと決まった面接に向けて作戦を考えることにした。

 そもそも考えてみれば、この無者屋は業種や職種すら明らかになっていない正体不明の会社である。つまり、今までの就職試験でやってきたような「御社の~に惹かれ」とか「経営理念に共感して~」とかは通用しない。応募条件にも、夢を諦めた人としか書かれていなかったのだから、それならばと思い、私はノートを取り出して、自分が今まで持っていた夢、諦めた理由を書き出してみた。

 書いてみて分かったことは、私は小説家になることが昔からの夢で、小学生や中学生くらいの子が夢に持つ、パティシエや看護師、医者などのキラキラしたものや、現実的なものには目もくれなかった。思い返せば、私は友達も多い方ではなく、どちらかといえば独りを好み、大勢でわいわい楽しく過ごしたという記憶はない。けれど、私の隣にはいつも《あの子》が居て、彼女はどんな時でも一緒だった。《あの子》が居たから一人でも平気でいられたのに、あの日、私が自分で書いた小説を見せ、「良く分からないね。」と言われたあの瞬間に、私の中で《あの子》との友情は終わりを告げた。その後、《あの子》とは口を利くこともないままに中学校時代も過ごし、違う高校に進学し、今現在ではどこに住んでいるのかも、何をしているのかも分からない。

「嫌なこと思い出しちゃったな。」

 ポツリと呟き、時計を見ると、既にお昼を回っていたので、私は昼食を食べ、午後からのゼミに参加する為、学校に向かった。

 学校に到着し教室に入ると、佑依がすでに居て私に向かって小さく手を振っている。

 私も小さく振り返し、佑依の隣に座る。別に一人でも構わないのだけれど、私のゼミの教授は、一人で座っている生徒に、集中的に質問をする癖があるから、私は避難の為にも必ず佑依の隣に座っていた。

「就職どう?」

「とりあえず1社、面接決まったよ」

「あ、良かったね。なんて会社なの?」

「・・・」

「え?何?そんなに変な感じのところなの?」

「いや、わかんない」

「なんで?エントリーシートだって出したでしょ?」

「そうなんだけどさ・・・」

「なら、なんで分からないの?」

「それが・・・無者屋なんだよね」

 私が無者屋の名前を挙げると、佑依は止まってしまった。

 確かに、自分が数日前に話した都市伝説が本当に、しかも、自分の知り合いがそれに応募したなんて、夢にも思わないだろうし、きっと、そんなことはどこかの誰かの小説上での出来事だ。けれど、実際に私は無者屋の面接確約メールを受け取ったし、私はここに存在していて、もちろん佑依も実際に存在している人間である。

「本当にあるんだね。」

 きっととても驚いているはずなのに、佑依はそれを表情に出さず、声を荒げることもなく、ただ自然な笑顔で私を応援してくれた。

「面接終わったら、どんな感じだったのか教えてね。」

 佑依は私に約束させたのだった。

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