第42話 そして舞台の幕は上がる
「……これで終わりだよ、雪草。……もう、雪草は絶対に勝てない。何度やり直しても同じだ。俺は全ての情報を過去に送ることができる。どこに戻ったって、絶対に俺の《スキル》からは逃げられないんだ。雪草の《スキル》がどれだけ強くても、最初から全ての種が割れてる手品じゃ、誰も騙せないよ」
一度でもハルヤが推理を完成させれば、あとはハルヤは《時間指定》で全ての詳細を飛ばすようにセットしておくだけでいい。
エリカがどこまで巻き戻しても、ハルヤの《スキル》はエリカの『巻き戻し』に干渉されず、必ず記憶を送ることができる。
エリカがどの時点へ巻き戻しを指定するかは関係がない。
春哉は『時間経過』でセットしておけば、後は巻き戻った後から『時間経過』のカウントが進んで、《スキル》は発動するのだ。
そして、ハルヤの《スキル》使用回数は、きっちり巻き戻しで回復する。
逃げられない。
最強に見えたエリカの《スキル》は、致命的なまでにハルヤの《スキル》と相性が悪い。
一見使い道がないように思えるがその実、最強に対する天敵。
――それがハルヤの《スキル》だった。
「そ、んな……」
エリカはたたらを踏んで、体勢を崩すと、舞台上に崩れ落ちて、座り込んでしまう。
「……いや……いやだよ、こんなの……やっと、全部、上手くいくと思ったのに……」
ぽろぽろと、大粒の涙が溢れていく。
ここまで崩れなかったエリカの余裕が、粉々に砕け散った。
完全に、決着だった。
「あーあ……」
魂がこぼれ落ちるような、絶望に満ちた声。
「…………あの日から、ずっと、好きだったのにな……」
エリカが想う、あの日……遠い遠い過去。
まだ、互いに名前も知らない、僅かな交流。
高校の図書室――ではなく、もっとずっと以前のことだ。
そう、あれは出会いではなく――再会だったのだ。
幼少期、ハルヤが引っ越してしまう間の、ほんの僅かな時間。
それでも、エリカはハルヤに救われて――その時からずっと、ハルヤのことが好きだった。
■
「今度こそ、本当に、さようならです……大好きでした、桜庭くん」
突如、雪草が俺の手を振り払って駆け出す。距離を取ったところで振り向いて、自分の《プレート》を掲げた。
どうしてこの段階で……、雪草こちらを《告発》するなら、こちらはそれよりも早く雪草を《告発》するしかなくなる。
そんなことしなくたって、ゲームをやめるだけでいいのに……。
「なんでだよ、雪草……!」
「だって、どうせ辛いだけの記憶なら、なくなったほうが良いじゃないですか……。海沼さんだって自殺したんですよね? 自殺みたいなものです、良いじゃないですか、別に」
「良いわけねえだろ……ッ!」
「……どうしてですか?」
「もっと、ちゃんと話をしよう……っ! こんな結末じゃない、もっと良い結末があるはずだろう……!」
「私にとっての良い結末は、桜庭くんが私を選んでくれることだけです」
「……そうじゃなくたって、それでも……!」
「後味、悪いですもんね。私とも仲良くできる結末の方が、寝覚めがいいですよね。所詮はそれくらいの理由じゃないですか。自分が気持ちよくなるために綺麗事言わないでくださいよ」
「……っ、それは……っ!」
雪草の言葉が胸を抉る。
そういう気持ちが微塵もないと言えば嘘になる。それでも、それだけじゃない。
雪草がこのまま終わってしまうのは、絶対に彼女のためにならない。
なにより、俺が嫌なんだ。
雪草の気持ちに対して、「わかるよ」なんて、知ったようなことを……俺が言うのは残酷すぎる。それでも、何もかも上手くいかない気持ちなら、わかるはずなんだ……。俺だって、何も上手くいかなかった……それでも、そこで終わりじゃなかった。
ここが結末だ、バッドエンドだ……そう思っている地点は、ただの通過点なんだ、これから上がるために下げられているだけ、ただの前フリでしかない。
それで終わりなはずがないんだ。
「――生きてりゃどうにでもなるはずなんだよ……」
雪草がこのままゲームに負けて未来に戻るとして、その後彼女はどうするのか。
戻された先では、ひまわりが自殺しているだけではない。
それならば、彼女にとって都合がいいのかもしれない。
でも違う。もう、俺だって自殺しているのだ。
彼女を一人ぼっちの未来に戻すなんて、ダメだ。
「どうにもならないんですって……もう、いいんですよ……」
「……綺麗事はやめろって、言ったよな」
「……はい?」
「じゃあ、もっと汚い本音を言わせてくれよ」
そこで言葉を区切る。
静寂。
そして――。
「逃げんなよ、雪草……ッ! ふざけんなよ! 勝ち逃げはやめろ!」
めちゃくちゃでもいい。
「俺は……っ、俺は結局、過去も今も、未来でも、お前に勝ってねえんだよ! ふざけんな……ふざけんなよ……っ!」
伝わってくれと願いながら、ただ溢れる想いを叫ぶ。
「――――ちゃんと戦えよ! 俺はまだ、まだまだまだ、もっと上手くなる! 絶対にお前に勝つ! 俺から逃げるなよ雪草! 卑怯者……っ! 怖いのかよ、そんなに俺に負けるのが怖いか!?」
何だって良い。
ただ、本当の気持ちを、そのままぶつける。
俺は雪草より面白い物語を作れていないのだ。
彼女が俺の作品を好きだとか言っても、彼女の方が面白いモノを書けるんじゃ、俺があまりにも惨めだろう。
「騙してたのはいいよ、そんなのは所詮ただのゲームだ。……でもな、俺との勝負と逃げるのだけは許さない……、そうしたら、俺はお前を嫌いになるよ、絶対に、一生許さない」
「なん、ですか……、それ……」
雪草の声が震える。
涙が溢れていく。
彼女の手から、《プレート》がこぼれ落ちて、彼女自身も座り込んでしまう。
「…………嫌いになる、って、なに、言ってるんですかぁ……」
本当に、心から理解できないという声を出す。
「なんで……、なんでぇ…………」
嗚咽で上手く言葉が紡げないまま、強引に絞り出していく。
「…………なんで、まだ、嫌いになってないんですか……?」
「……なるわけないだろ。俺はずっと、お前に憧れてたんだ」
「酷いこと、たくさんしたのに……」
「いいよ、別に。酷いと思ってるなら、これからみんなに謝っていこう」
「…………私、は……っ……」
子供みたいに泣きじゃくりながらも、雪草は言葉を続ける。
「もう、全部めちゃくちゃだから、どうだっていいから、死ぬのは……いいです……」
「……そんなこと、言うなよ」
「死ぬのなんて、全然怖くない…………でも、……でもぉ……いやだよぉ……」
「……」
俺はただ、彼女が涙で濡れた言葉を叫ぶのを待った。
「まだ嫌われてないなら……」
彼女は叫ぶ。
これまで聞いたこともなかった大声で、溢れる気持ちを叫んでいく。
「桜庭くんの嫌われるのだけは、死ぬよりも嫌だよ…………!」
「……ああ。だから……、俺だって、嫌いになりたくないから……。だから、ちゃんと、逃げずに向き合ってくれよ」
「いいん、ですか……?」
「いいに決まってるだろ」
「……うっ、ぁぐ、だから、なんでそんな、ううっ……優しいん、です、かっ…ううっ……」
言葉を紡ぎながらも、どんどん溢れてくる涙に、言葉がかき消されていって。
「……ううっ、ぅぐ……ぁぐ……うう……ううう、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ…………っっ!!」
舞台の上に、泣きじゃくる声が響き続ける。
俺はといえば、泣いている女の子にどうしてあげていいかわからず焦っていると……。
ひまわりが雪草を親指で示して、『抱きしめろ』とジェスチャーする。
いいんだ……。
……いいのか?
……まあ、いいか……。
俺はおっかなびっくりに雪草に近づいて、優しく彼女を抱きしめた。
「……大丈夫だよ、雪草……。俺が言うのも変だけどさ……、それでも、まだこれからきっと楽しいことはたくさんあるよ。……もうすぐ文化祭だしさ、俺達が考えた話がみんなを楽しませるところ、見たいだろ? きっと、すごく楽しいからさ……」
「……ほんと、ですか……?」
「本当さ。絶対、楽しいよ」
「…………じゃあ、死ぬの、やめます……」
「ああ、やめとけそんなの」
「……ゲームも、もうやめる……」
「ああ、やめようぜ、こんなクソゲーもう飽きたよ」
それから、雪草が泣き止むのを待ってから――――。
■
「じゃ、せーのでいくぞ」
「うん」
「……はい」
箒とちりとりを持ったひまわりと、目元が真っ赤な雪草が頷く。
「せーのっ」
――――パキンッ、
そんな音がして、俺達の《プレート》は砕け散った。
俺のと、明日太から預かってたやつ、ひまわりのも、雪草のも、全部が粉々に。
――ゲームは終わり。
勝者、なし。
□
「文句はねえよな、フォール」
「……ええ、ここまでされたらね。……強いて言えば、アタシ達の負けってところかしら」
「確かに。そっちのゲームをやらせるって目的は潰して、『やり直し』ってメリットだけはかすめとってるわけだしな」
まあ、一億とかも捨てたわけだけど、そんなのいらねーや。
こうして、やり直しは続いていく。
なら、やはり勝者は四人とも言えるかもしれない。
そして、ゲームの全てが終わって――――。
□
所詮、これまでの全部は前座だ。
いよいよ文化祭当日。
本番はここからだ。
――――さあ、俺達の舞台の幕が上がる。
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