第41話 確定した勝利


 ――――はい、これで私の勝ち。



 ――『《告発》を受けました、《スキル》を発動しますか?』

 

(当然。するに決まってます)


 《スキル》発動によって脳内にメッセージが流れる。


 ――『承諾。指定した時間へと意識を跳躍させます。残り使用可能回数、一回』


 雪草エリカの《スキル》は、《時間遡行》。

 

 《告発》を受けた際に発動することが可能で、選んだ時間へと巻き戻ることができる。

 連続使用可能回数、二回。制限として、二回巻き戻しを発動した後には、次に《告発》を成功させ、《リーパー》を撃破するまで使用は不可能。

 ――こんな制限は、ないに等しい。

 なぜなら過去へ戻れば、一度倒した《リーパー》は復活している。その《リーパー》を撃破しておけば、使用可能回数はすぐに回復させることができるのだから。

 《告発》を受けた相手が自動的にわかるわけではない。

 今の場合は、桜庭春哉による《告発》だとはわかりきっているが。

 さて、ここからどうするか。


(海沼ひまわりを《リーパー》だと確定できそうですね。あのタイミングで出てくるのは、そうじゃないとおかしいし。不安なのは、狙いがわからないことと、《スキル》がわからないこと。でも、関係ないですね、私の《スキル》を破ることはできません)


 エリカは《スキル》によって何度もゲームをやり直しているが、どういうわけか海沼ひまわりが《リーパー》なのかどうか、そうだとして《スキル》はなんなのかを暴くことには手こずっていた。


 だが、やっとだ。

 今回はいろいろと趣向を凝らしたループになったが、お陰で大きな収穫があった。

 ひまわりが《リーパー》なのかどうか。その情報が、ずっと欲しかったのだ。

 何度やり直しても、春哉を結ばれる未来にたどり着かない。

 それどころか、春哉とひまわりが付き合いだしてしまう。

 《スキル》の制限があるため、巻き戻しは乱発できないが、それでもエリカは無敵だった。


 なぜなら、エリカには《告発》が効かないから。

 《告発》を受けた後にすら発動可能な《スキル》――であれば実質的に、エリカを倒す方法など存在しないのだ。

 なぜ、エリカだけがここまで圧倒的な力を持つのか。

 やはり自分の想いは、他の者に比べて格が違うのだろう。ループの中で、いろいろな《リーパー》を倒してきたが、どれもこれも自分のものと比べれば大したことのない《スキル》ばかりだった。

 他人の願いを潰すのは本当に苦しかったし、申し訳なかったけれど、それでも絶対に自分の願いは譲れなかった。

 仕方のないことだと思った。

 だって、自分の願いは絶対に叶うべきなのだから。

 どれだけ心が痛んでも関係がない。

 全ては、この愛のために道を開けるべきなのだ。


(――……ねえ、そうですよね、海沼さん。あなたではなく、私の願いが叶うべきなんです、いい加減それをわかって欲しいなあ……)


 ここ最近のループで、春哉とひまわりが付き合う時期は割り出せた。

 やはりもう少し前に戻ったほうが良さそうだ。付き合う条件が揃っている地点に戻ったところで、手遅れなのだから。

 しかし、時間を多く進める程に、情報が多く手に入る。

 今回のループにおいて、桜庭モモを使って捜査を撹乱し、時間を稼いでいたのは、より多くの情報を得るためだ。

 今回得た情報を元に、次はもっと上手くやる。

 だが……その前に見ておきたいものがある。

 どうせ負けようがないのだから。 

 どうせこのゲームはエリカが勝つのだから。

 ループも、あと一回残してある。仮に使い切っても、すぐに補充すればいいだけだ。

 だからもう、なにをしてもいいのだ。

 エリカが戻った地点、それは――――。


「…………さ、桜庭くん? ど、どうしたんですか?」


「悪いな、いきなり呼び出したりして」

 

 つい先程の、体育館に呼び出された直後だ。

 どこでも良かったのだが、今ならば役者が揃っているのでちょうどいい。

 

 ――今から、海沼ひまわりを《告発》する。


 ――ひまわりを失った後のハルヤは、どんな顔をするのだろう?

 ――記憶を失うと知ったひまわりは、どんな顔をするのだろう?

 何度だってやり直せるのだ。

 いくらでもそれを見ることはできる。 

 いいだろう、一度くらいそれを見てしまっても。

 ひまわりの次は、月見明日太も処理しておこう。

 そして最後に残るのは、エリカと春哉の二人だけになる。

 その時、春哉はどうなるのだろう。

 怒りに支配され、自分を《告発》するのだろうか?

 構わない、そうなればまたやり直すだけだ。怒りに染まった春哉の顔にも、興味がある。

 全てを諦めて、二人で過ごすと決めてくれないだろうか。

 絶対に自分には勝てないことを理解してくれたら、諦めてくれるだろうか。

 春哉を《告発》する……というのは、まだ考えたくはない。エリカが好きなのは、『今の春哉』だ。自分と共に高校生活を過ごした春哉――つまり、自分と同じように、二周目にいる春哉のことを愛しているのだ。《告発》してしまえば、その春哉は消えてしまう。

 記憶が消えた後の春哉も愛せるとは思う。

 それでも、それでは妥協だ。愛する人の代わりに、そっくりの器を愛しているような。それでは中身が変わってしまっている。

 ――――確かに、エリカは繰り返しのループに耐えられたのかもしれない。

 それでも、何も変化がないわけではなかった。

 暗い喜びを覚えたエリカの心は、ループ以前から変質してしまっているだろう。

(……さあ、海沼さん……これで終わりです)


 ――ここでエリカは、もう一つの《スキル》を発動させる。


 二つの《スキル》。

 ループの《スキル》は、元からエリカが持っていたもの。もう一つは、倒した《リーパー》から奪ったものだ。

 他の《リーパー》を倒し、《スキル》を奪う。このゲーム本来のルールで決められた、正しい立ち回り。正しい手順で、エリカは力を手に入れていた。


 その《スキル》は――《未来観測》。

 効果は簡単――自身が選択した行動による結果を見ることができるというものだ。

 ただし、二つの《スキル》を同時に使うことは出来ない。

 これは基本ルール。春哉も自分の《スキル》と明日太の《スキル》を同時には使っていない。

 ループがあればほとんと《未来観測》は必要ないが、念には念だ。

 もしもループに対応できる何かがあったとしても、それを《未来観測》で対策してしまえばいい。


 ――未来を見るという破格の《スキル》によって、エリカは自身の勝利を確信した。

 

 エリカは、自身の勝利する未来を見た。


「…………さようなら、海沼さん」


 ぼそっ、と。

 静かに呟きながら、エリカは《プレート》を取り出した。





 ――――刹那、


「――いいや、雪草……これで終わりだ」




 

 パシッ――と、《プレート》を握るエリカの手が、ハルヤによって掴まれた。





「……なん、で……!?」


 目を見開くエリカ。



 あり得ない。あり得ないはずだった。

 エリカがこんな行動をするなどと、ハルヤが予想できるはずがない。これではまるで、ハルヤがエリカの行動を読んでいたかのようではないか。


「なんで、って思ってるだろ……雪草。もうわかってるよ、お前の《スキル》が時間を巻き戻すものだってことは」


「……なにを、言って……」

 あり得ない、絶対にあり得ないのだ。

 ループを見破れるはずがない。

 《時間遡行》は無敵だ。

 それに、《未来観測》でこんな未来は見えていなかった。

 こんなことに、なるはずがないのに――――。


 □


 なぜ、ハルヤはエリカの策を見破ることができたのか?


 その謎を解く鍵は、あのメッセージにあった。


 ・信じてくれ 時間がない 手短に言う 俺が俺のために残すメッセージだ

 ・最後の《リーパー》 《スキル》の正体はわからない 恐ろしい《スキル》だ 

 ・お前が解き明かしてくれ もう、俺には、他の俺に託すしかない

 ・俺と明日太でも勝てなかった

 ・海沼を守ってくれ


 ハルヤが書き留めたメッセージの内容。これはほぼ、メッセージをそのまま書き留めることに成功している。『そのまま書き留める』ということが、重要だったのだ。

 ――――このメッセージは、明確におかしな点がある。


 それは――『海沼』を守ってくれ、という部分。

 

 メッセージを受け取った九月時点で、ハルヤはひまわりと付き合っていて、呼び方も『海沼』から『ひまわり』に変わっていたはずなのだ。


 なぜ、未来から送られたはずのもので、呼び方が過去のものになるのか。

 たまたまその時だけ呼び方が変わった? 


 絶対にないとは言えないが、それよりも、なぜ呼び方の変化が起きるか、そこに理由があると考えた方が良いだろう。

 このメッセージが、『付き合う前』から送られてるとすれば?

 それならば、呼び方の点はクリアできる。

 しかしそうなると、『最後の《リーパー》』という言い回しがおかしくなってしまう。

 『最後の《リーパー》』というのは、残り四人になった時点でのフォールのアナウンスを踏まえたものであると考えなければおかしい。

 アナウンスがあったのは、夏休みが明けてからしばらくしてから。

 ひまわりと付き合うよりも後だ。

 この矛盾はどういうことか?

 それを解消する要素を、ハルヤはもう知っている。

 つまり、このメッセージは『ひまわりと付き合う前で、なおかつ九月以降のハルヤから一度メッセージを受け取っているハルヤ』ということになる。

 メッセージが送られてくるのが、一度であると決めつける必要はないのだ。

 ハルヤの能力にも、使用制限はある。


 効果制限 一日に発動可能な回数は、一回。総使用可能回数、二回。


 だから、何度も過去に記憶を連続して飛ばす、ということは不可能のはずだが、しかしそこを覆す方法があるだろう。

 それが、エリカによる『巻き戻し』。

 巻き戻し後なら、使用回数も巻き戻っているのだ。

 そもそも、エリカの《スキル》を推理できたのも、この違和感のおかげだった。

 呼び方の謎。

 どうして過去からメッセージが送られてくるのか。

 このメッセージを送ってきたハルヤに対し、さらに送られているはずのもう一つのメッセージ。

 推測になるが、それは恐らく今のハルヤに対し送られたものとほぼ同じなはずだが――どうしてそんなメッセージになるのか。

 もっと有効な情報は送れなかったのか。なぜ《スキル》を見破れないのか。

 そこを考えていくと、答えは浮かび上がる。

 『ハルヤと明日太』――二人でエリカと戦って、敗北したルートが存在するのだろう。

 敗北するが、春哉の《スキル》によってその敗北したという事実だけを保持することができたのだ。

 相手の正体もわからない。

 《スキル》もわからない。

 それでも、勝てなかったことだけは理解できた。

 そんなルートが存在したのだ。

 『ハルヤと明日太』で――つまり、そこにはきっと、ひまわりがいなかったのだろう。


 ――だから『今のハルヤ』は、勝負の鍵は、ひまわりになると思った。

 

 ――そして、ひまわりの《スキル》は、確かに勝負の分かれ目になった。




 ひまわりの《スキル》――《偽装演技》。


 その効果は、相手のあらゆる《スキル》による効果に対し、偽装された結果を出すことだ。





 これによって、エリカの《未来観測》は欺かれた。

 エリカが見せられた勝利の未来は、ひまわりによって作り出された偽りだ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る