第39話 答え合わせ


 

 フォールと紅葉を怪しい人物から外す。


 これで残りは、雪草とモモ。


 このどちらかが、最後の《リーパー》かもしれない……。


 どちらがそうだとしても衝撃だ――だが、それでも俺は最初から、あり得ない可能性を否定するわけにはいかないと思っていたし、どれだけ信じられないことも、それが真実ならば受け入れるしかないという覚悟をしてきた。

 ありえないことならば、もう何度も起こっている。

 過去に戻ることも、ひまわりと付き合えたことも、どちらも天地がひっくり返るような衝撃だった。


 ――――それから俺は、自分でも信じられないような集中力を発揮した。

 ひまわりのために。明日太のために。ついでに、フォールのためってのも入れてもいい。

 自分自身のためじゃない。

 俺だけではなく――俺達の未来のために。

 必ず真相を突き止める。

 一心不乱に考え続ける。

 そして――……。


「…………そういう、ことか……」


 真相に至った。

 ――まず必要になるのは、フーダニットだった。

 結局、最後の《リーパー》は誰なのか?

 ここに関しては、ひまわりの推理に大きく助けられた。

 そこに加え、あの『別の自分』からのメッセージ。

 あそこにも、特定する鍵があったのだ。

 一つ謎が解けると、連鎖するように別の謎も解けていく。

 次に必要なのは、ハウダニット。最後の《リーパー》は、どうやって『別の桜庭春哉』を倒したんだ?

 あのメッセージを送ってくる、ということは、あの俺は負けてしまったはずだ。

 相手の正体も《スキル》もわからない。だが、あのメッセージを送るという発想が出てくるような、そんな状況はどうすれば成立する?

 そこから考えていけば打開策が導けるはず……。

 ここでも、あのメッセージが鍵になる。恐らく送った方の俺も全てを意図しているわけではなかったのだろう。

 それでも、答えに繋がる要素は確かに含まれていた。

 考え続けなければ、絶望的な中でも推理を続けなければ、この答えには辿り着けなかっただろう。

 いくつもの偶然にも支えられている。

 それでも確かにこれは俺の――、俺達の掴んだ答えで、勝利のはずだ。

 

 ――――さあ、種明かし。


 答え合わせを、始めようか。


  放課後、誰もいない体育館。

 俺はここに、ある人物を呼び出した。

 その人物とは――――……。



 ◇



「…………さ、桜庭くん? ど、どうしたんですか?」


 雪草エリカ。


 俺と同じ文芸部に所属していて、脚本作りにも協力してくれてた。なんだか久しぶりに思えるけど、確かに二人きりになるのは実際久しぶりだ。

 そうでなければ、脚本協力の流れでよく演劇部の稽古を一緒に見てるので、わりと会ってはいる。


 雪草は最近、少しだけ人見知りを克服して、少しだけ明るくなった。太田先輩ともちょっとは話せるようになってきてる。

 ……雪草は、俺の恩人だ。

 だから……、俺はこの推理が外れていて欲しい。

 最後の《リーパー》は、モモでも雪草でもない、知らない誰かであって欲しい。

「悪いな、いきなり呼び出したりして」

「そ、それはいいですけど……。あれ、体育館、誰もいないんです……? 稽古かなって思ったんですけど……」

 雪草の様子に、なんらおかしいところはない。

 きょろきょろ周囲を見渡しつつ、俺のいる舞台の上まで上がってくる雪草。


 役者は揃った。

 探偵と犯人――対決の時間だ。

 殺人事件と違って、どちらが犯人なのかっていうのはあるけどな。

 相手の視点なら、相手が探偵でこちらが犯人だ。


 なぜ、雪草を最後の《リーパー》と推理したのか。


 雪草は、ほとんどミスをしていない……と思う。答えに辿り着くには、少し大胆な推理が必要だったし、絶対に俺だけの力では辿り着けなかった。

 そして、確定させるには今からあることをしなければならない。


 まず、もう一人の最後まで残ったモモについてだが、モモは明日太の《スキル》を使って調べたところ、あっさりとシロだとわかった。


 だが、そこから驚くべき事実が浮上したのだ。


 モモと接触していたのは――――雪草だった。


 これでもう、ほとんど雪草が《リーパー》なのは確定だろう。モモの一連の行動は、疑いをモモへ向けるために、モモを操っていたのだろう。

 謎のメッセージ、ノートに書かれた小説、全て雪草が仕組んでいたということで説明がつくのだ。ノートに書かれた小説は、モモの筆跡であったが、それは内容までモモが考えたということにはならない。

 どうやら、モモが小説を書きたいということ自体は事実らしく、雪草はそのための教材として、あのノートに書かれた小説の元になるものを渡していたのだろう。

 モモは雪草が書いた小説を書き写していたのだ。

 気に入った小説を書き写す、というのは作家の訓練法としてよくあることだが……、それでもモモがあれを書き写していたというだけで驚きだ。それでも、あれが実体験でもなければ、モモが考えたわけでもない、となれば俺が心底恐怖していたのも全てただの取り越し苦労。間抜けな話だ、完璧に雪草の策に嵌っていた。


 もう一つ、雪草が怪しかった点――彼女はどういうわけか、太田先輩に対してそこまで物怖じしない。その理由も、雪草の疑いを裏付けるものと繋げることができる。

 太田先輩を裏から操って、俺達を調べていたのが、雪草という可能性。

 太田先輩が脱落し、記憶を消されたのは、そこから自分の存在が露見してしまうと考えたのだろう。

 そう考えると、モモから雪草に繋がるという部分への対策はなかったのかと思うが……、ここは結局、《スキル》頼りだ。モモへの調査に時間をかければどうにかなっただろうが。

 太田先輩と違って、モモは《リーパー》ではないはず。ゲームから敗退させて記憶を消す、というような証拠隠滅の手段が取れないのだ。雪草は、明日太の《スキル》を知らなかったのか……それともそこが露見することは問題ではないのか。

 モモか雪草で、雪草だと判別できた理由は他にもある。  

 

 ――――「…………でも、それだと私の推理とは少し違うかな」


 ポイントになるのは、ひまわりの推理だ。 

 未来において、俺は小説家。

 ひまわりは女優。

 明日太は野球選手。

 千寿は映画監督。

 モモは確か出版関係の会社に就職したと言っていたか。


  では……雪草は未来において、何をしているのか? 


 雪草とは交流がなくなってしまうので、俺は雪草の未来を知らないのだ。

 ここが鍵になった。


 《リーパー》であれば、動機が必要だろう。このやり直しで、彼女は一体なにを求めているのか……これがわからなかった。

 その謎を解いたのは――ひまわりだった。


「……ねえ、雪草さん」

 

 背後からひまわりが舞台に上がってくる。


「……海沼さん……」


 挨拶も前置きもなく、ひまわりは本題を――決定的な推理を告げる。


「――あなた、桜庭くんのこと……いいえ、ハルヤのことが、好きなんでしょう?」


「……………………………………………………、」


 雪草が、沈黙した。

 それが、答えなのだと思う。


「……や、やっぱり、この時期は『ハルヤ』って呼んでるんですね」


「…………っっ!」


 俺は瞠目した。

 衝撃だった。

 雪草は、そのままの調子で、少しも豹変せずに、自白とも取れることを口にする。


 『この時期は』――、つまり知っているということだ。

 『ハルヤ』と呼ぶこと自体には、一切の疑問がないように見える。

 わかりきっていて、それでいて、どこか不満そうな表情。

 ひまわりの推理はこうだった――『雪草さんは、ハルヤのことが好きで、ハルヤと結ばれるために、ゲームに参加してるんだと思う』。

 最初は俺も信じられなかったが、ひまわりの推理には続きがある。

 一周目において、俺のパクリ騒動で、俺の作品と比較された小説。

 ひまわりが俺の作品を勧めた映画監督が、原作に使うか迷っていたもう一つの作品。

 その作品の作者は、雪草だったのだろう。

 これは雪草がモモに渡していたと思われる小説の内容からも察せられる。

 高校時代の雪草、モモに提供された小説、未来において俺が勝てなかった作家――これら全員、確かに巧妙に別人と思わせるような工夫があるが、それでも同一人物だと疑ってみれば、共通するクセがあるように思える。

 このことに、ひまわりが俺よりずっと早く気づくことが出来たのは何故か。

 まずモモのことでの動揺がなかったこと。そして、ひまわりは一周目の時から、雪草に対してコンプレックスがあったのだという。

 自分とは違って物語を作る能力があり、その共通点で俺と――、『同じ物語を作る者であるという部分で強い共感を持つ、桜庭春哉と雪草エリカ』……ひまわりはずっと、それが羨ましかった。

 ――――だから、気づくことができた。

 一周目での雪草が、どこまでが計算していたのかはわからない。

 だが、雪草にとって、ひまわりが自殺するのは、都合が良かったはずだ。

 モモのノートにあった小説の主人公のように……、『小説による殺人』を考えていたのだろうか。

 ひまわりは、『一周目における一連の自殺は、雪草が狙ってやった可能性がある』と推理していた。

 ……恐ろしい推理だが、通ってしまう。

 もしもそうなのだとすれば、雪草の行動に説明がついてしまう。

 『雪草はそんなことをするやつじゃない』というだけで、その可能性を捨てることはできなかった。


「雪草……、お前はやっぱり……《リーパー》なのか?」


「……はい……。すみません、隠してて……」


 調子が狂う。

 テンプレートな黒幕のように、『バレてしまっては仕方ないですね!』と、そんなふうに豹変してくれない。

 ちょっとおどおどして、申し訳無さそうで、いつもの雪草のままだ。


「太田先輩を、倒したのか」

「……はい。申し訳ないなって思ったんですけど、あそこのタイミングで倒せば、情報がもれないと思ったので……」


「モモと繋がっていたのは……」

「……あれは、ただのミスリードなんです。小説やメッセージは、ただ捜査を撹乱させるためだけ。モモちゃんに変なことはしていないので、そこは安心してください。……ああ、でもモモちゃんが小説に興味があるのは本当みたいですけど」


 次々と、簡単に自白していく雪草。

 なんだ、どういうつもりだ。ここまで周到にいろいろな策を用意していたのに、こうもあっさり……? もう諦めたから……ということか? それとも……。


「動機は……、目的はなんなんだ? 雪草はこのやり直しで何がしたい?」


「言ったじゃないですか……、私は桜庭くんのことが好きなんです。だから、どうしても桜庭くんと……その、今より仲良くなりたかったんですけど……」


 確かにそれは、これまでの言動で察せられる。


 ――「……さっきはああ言ったけど…………、作品だけじゃなくて……桜庭くんのことも…………………………………………………………………………………………、好き……だよ?」  


 グループで出かけた時のあの台詞、なにも間違えていなかったというわけだ。

「それには……どうしても、海沼さんが……ちょっと……。……邪魔で……。……海沼さん…………そ、その……申し訳ないんですけど、負けてくれませんか?」

「いやよ、冗談じゃない。……そういう動機なら、ゲームで倒すとかでなくて、普通にハルヤに告白すればよかったんじゃない? 私もそれを邪魔しようとは思わない」

「…………。………………」

 雪草が不満そうな顔で海沼を睨みつける。

 雪草がそんな顔をするだけで、衝撃的な光景だった。

 他の人からすれば、かるく肩がぶつかったような、そんな程度の不快感を示した表情だ。

 だが、雪草は絶対に他人に敵意を向けてこなかった。

 その雪草が、明確に海沼を敵視している。

「……自分だって、やり直してるくせに……。…………ズルい、くせに……」

「だから……雪草さんも、条件は同じでしょ?」

「……いえ、『ズルい』というのは、ゲームのことだけじゃないです」

「だったらなんだって……」


 ひまわりが言葉を紡ぐよりも早く――



「私が先に桜庭くんと出会って、私はずっと桜庭くんを見ていて、私は……ずっと桜庭くんと二人でいられたら、それだけでよかったのに……」



 雪草が、ひまわりの言葉を遮りながら、熱を帯びた言葉を吐いた――――。



 



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