5章 決戦の舞台
第38話 fall of the leaf
戦い――この場合は頭を使うゲームでも、学校のテストでもなんでもいいが、そういう場において、強い想いで願っただけで都合よく突然素晴らしい解決法が浮かぶなんてことは、まずあり得ない。それでも、必死に思考を積み重ねて、積み重ねて、考えて考えて考えて答えに辿り着くためには、思考の持久力が必要で、それをなんの想いも抱かずに成すのは難しいだろう。
熱が入った。
行き詰まって、精神的にも辛くなっていたが、その辛さを焼き尽くすだけの熱が。
もう一度、考え直していこう。
太田先輩が倒されたことで、残った怪しい相手は――、
・雪草エリカ
・桜庭モモ
・月見紅葉
・フォール
この中に、最後の《リーパー》がいるのかどうか。
このメンバーの中で、気になっていることがある。
フォールが黒幕だというのはあり得ない……はずだ。
だが、あいつは確実に何かを隠していて、それが最後の《リーパー》と関わっているのかどうか、という点は問題になる。
無関係だとしても、その可能性を潰しておけば、答えを絞り込むことが可能だ。
フォールの謎は、どうとでも捉えられるせいで、推理の際にノイズとして大きすぎる。
だからまず、ここを潰す。
俺には今、ある可能性が浮かんでいる。
「フォール、出てきてくれ」
《プレート》を操作して、彼女を呼び出す。
「ん、なによ」
すぐに赤髪ツインテールの少女は出てきてくれた。
フォールの正体。少し荒唐無稽とも思えるその答え――俺は過去にもうその答えに至るための検証を終えている。
さて、もう一度それをやってみようか。
「フォール、飲み物取ってくれ」
「はぁ……!? アンタ、ふっざけんじゃないわよ、そんなことのためにアタシを呼び出したの?」
「……取ってくれたら、面白い推理を教えてやるよ。好きなんだろ? 俺の推理聞くのさ」
「ふーん……? ……仕方ないわね」
そう言ってフォールは、コーラの缶を手渡してくる。
「じゃあ、お礼に推理を披露するよ――何についてかっていうと……お前の正体についてだ」
「…………はぁ?」
「なあ、フォール……お前今、なんで俺にコーラを渡した? 飲み物は他にもあったよな」
「別に……。テキトーだけど」
「お前、なんで俺に厳しい態度取るんだ。最初からだったけど……ゲームマスターならもっと事務的でいいよな?」
「そんなのこっちの勝手でしょ?」
「お前さ、明日太の名前聞いた時ちょっと動揺したの、あれはなんで?」
「動揺なんてしてないけど?」
――嘘だ。
してるんだよ、俺は忘れていない。
過去に――、
「結局倒さないし……。月見明日太のことを信用できるの?」
「……ああ、ゲームマスターだから明日太のこと知ってるのか?」
「……っ、それは……そうね。知ってるに決まってるじゃない」
――という会話をしたことを覚えている。
「フォールってさ……、『落ちる』って意味かと思ってたけど、『秋』って意味もあるよな」
「……っ!」
『fall of the leaf(落ち葉)』から来てるらしい。
秋、秋ね……。
「そ、それがなに……?」
フォールはツインテールの毛先をくるくると弄ぶ。
そのクセも、まったく同じだな。ツインテール。思えばあまりにもわかりやすい。
「秋といえば……俺、紅葉って結構好きだよ。綺麗だしさ」
「…………っ」
「……なあ、モミジ。……もしかして、俺を助けるために、このゲームに選んでくれたのか?」
「……さすがに終わるまでは気づかないと思ったんだけど……鋭いわね、裏切り者」
決まりだな。
フォールの正体、それは月見明日太の妹――月見紅葉だ。
――「げぇっ……、『裏切り者』……」
――「誰が子供だっ! 失礼なのはおまえだ裏切り者!」
――「……裏切り者、なに飲む? いつもの?」
「……たぶん、今の紅葉とは別人なんだよな。未来の紅葉ってことか。別にバレてもよかったんだろ? ゲームにはあんま関係ないことだし」
「そうね……。でも、バレないなら、それが一番良かったわよ……。そのために、こんな変な頭にもしたのに……」
「似合ってるぞ?」
フォールが真っ赤なツインテールを指先でくるくるといじる。俺の言葉に、また紅葉みたいに顔を真っ赤にしている。
「っるさいわね馬鹿……、彼女いるのに他の女にそういうこと言うのやめなさい」
「はぁ……? 友達の妹口説かねえよ……意識しすぎだって」
「黙ればかっ、意識なんてしてない……っ」
また赤くなった。
「当てたからって、いろいろ教えてくれるわけじゃないのか」
「ええ、教えないわ。まだゲーム中だもの。関係ない話なんてしてあげない」
「ま、いいよ。お前が絶対に敵じゃないってわかっただけで、かなり楽になったから」
「……あっそ」
「……モミジ」
「なによ」
「……野球、やめてごめんな……。でも俺、どうしてもやりたいことがあったんだ」
「……馬鹿ね。もう気にしてないわよ、今更そんなこと」
□
彼女は思い出していた。
――――いつかの遠い日。幼い頃においてきた記憶。
九回裏、ツーアウト。ここで打てなければ、もう終わりだろうという場面。
一つ前の打席で、兄の明日太が打ち取られてしまった。
大事な試合だった。地区大会決勝。
紅葉は、必死になって声を張り上げて応援していた。
兄は打てなかった。 ここで負けたら、兄のせいみたいだ。
それは、嫌だな……、そう思うと、紅葉の目には涙が浮かんだ。
「――大丈夫だって。俺がホームラン打つし」
「はるや……ほんと……?」
「ホントホント。んじゃ、行ってくる」
泣いている紅葉を見て、大きなことを言って笑った春哉は、宣言通りにホームランを打って試合を決めた。
ヒーローだった。
だからこそ、裏切られたと思った時は、憎んでしまった。
憎んでいても、それでも、憎みきれなかった。
そして今。
野球はもう、関係ない。
それどころか、今の春哉と、紅葉――ではなく、フォールは別の時代の人間で、一切の関係がないし、関係することは許されない。
それでも……応援するくらいは、いいだろうと思ったのだ。
あの日彼はホームランを打ってくれたのだから。
彼にだって、もう一度打席に立つチャンスが与えられてもいいと、そう思ったのだ。
□
「ねえ、ハルヤ」
「ん?」
「ホームラン、打ちなさいよ」
「おう、任せろ」
まだ事情は言えないが――、フォールにとっても、このゲームにはハルヤに勝って欲しい。
立場上、フォールは何も手助けができない。
だから全て、春哉に託すしかない。
あの時と同じだ。
――託された彼は、また笑って打席に向かうのだ。
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