第35話 「……なあ、頼むよ、『俺』」



 太田先輩の件が気分が落ち込んでいたが、それでもやっぱりひまわりと一緒に過ごせば、ある程度は回復してくれた。


 状況は悪くなっているが、それでもどうにかしなければ……。

 もうすぐ自宅へ辿り着くというところで、そんなことを考えている時だった。


「――――づ、ぅ、うぅ……ッ!?」

 またあの痛みだ。

 謎の声が響いた時と同じ感覚。


 瞬間、頭の中に『記憶』が叩き込まれていく。


 ああ、これが俺の《スキル》を使った時の感覚……なのだろうか? あまりいい気分じゃないな。フォールのやつは、危険な《スキル》なんてないと言っていたが、話が違う……。

 俺の頭の中に、記憶が溢れる。

 それもどういうわけか、知らない記憶が。

 この《スキル》はあくまで、記憶を一時的に忘れるというだけなはず。では思い出した際には、『こんな記憶を自分が持っていたのか?』というような疑問は抱かないだろう。

 その記憶は、俺の記憶だ。俺視点での記憶。

 なんというか、VR映像を再生されるような感覚。

 場所は俺の部屋だ。

 なにやら大量の紙やノートが散らばっていて、そこには書き込みがしてある。ゲームに関する考えを書いたものだろう。一瞬で全てを読み取ることはできないが、凄まじい考察を積み重ねたのだろうと推測できる。

 そこで俺は、こんなことを言っていた。




 ――――「時間がない。手短に言う。それでも、これは俺が俺のために残すメッセージだ。俺自身なら、必ず信じてくれるだろう。俺は、俺を信じてこのメッセージを残す。

 最後の《リーパー》……、そいつの《スキル》の正体はわからない。

 でも、恐ろしい《スキル》だ……俺にはその正体がわからなかった。

 だからこれを聞いてる『俺』……、お前が解き明かしてくれ。

 もう、俺には、他の『俺』に託すしかない。

 俺と明日太でもヤツには、勝てなかった。

 ……なあ、頼むよ、『俺』……わかるだろ。

 ……頼む……、海沼を、守ってくれ……」




 ――コンコン、とドアを叩く音。


 ――――「悪い、もう時間がない……ここまでだ」


 そう言って、記憶の中は振り返り、ドアがゆっくりと開くところで…………。

 記憶の再生は、終わった。

 今のはなんだったのか。おおよその予想はついている。

 俺の《スキル》は、『日付指定』という使い方ができる。

 それによって、過去の日付をしていすればどうなるのか。恐らく、日付を指定した側の俺にとっては意味がない。

 だが、指定された側の『過去にいる俺』には、その記憶が届くのだろう。

 本当にそんなことがあり得るのか。理屈としてそれだけで成立しているものなのか。

 気になる点は多いが、たった今起きたことから推測すればそうなる。

 過去を指定できる点には、以前から気になってはいたのだ。


 ――――「……あれ? これ、……を、指定できるのって、なんで……、づッ、あ……ッ……!?」

 

 前に謎の声を聞いた時、俺は自分の《スキル》を確認していて、このことに気づいていた。

 過去を指定できる、というだけで疑問だったのだ。過去へ記憶を送れないのならば、指定自体をできなくしていてもいいのだから。

 だが、仮に出来たとしても、そこにどれだけの意味があるのか……。

 この記憶を送ってきた『俺』は、きっと今の俺とは違う。そして、恐らくはもうゲームで負けてしまっているのだろう。


 『未来の桜庭春哉(記憶を送ってる方)』と、『今の桜庭春哉(この俺な)』。


 なんだか話がすごいことになってきたし、ややこしくなってきた。

 二周目生活の中にさらにループ構造とか出てくるのかよ……、詰め込みすぎだろ。

 未来においての、別の可能性の自分。

 その俺は、もうきっと救われない。それでも、今のこの俺を助けるために、メッセージをくれた。

 ……無駄にはしない。絶対に。

 その『俺』と話すことはできないだろう。一方的に、記憶というメッセージを送るだけ。

 それでも、せめて彼の想いだけは、受け取らなければならないはずだ。

 最後の《リーパー》。

 なぜ、『最後』だとわかっていたのかはわからないが……、恐らくは俺が今頭を悩ませている相手と同じ存在のはず。

 必ず勝つ、勝たなければならない。

 このやり直しを賭けたゲーム…………その最終幕が近づいている予感がした。



 □



「わっ……、やっぱりすごい顔……、どうしたの?」

 翌日、昼休み――人気の少ない屋上付近の階段で並んで座る俺とひまわり。

 ひまわりはじーっと俺の顔を見つめつつ、心配そうに言った。

「あんま寝れなくて……」 

 一緒に理由についても話す。あとで明日太にも共有しておかないとな。

 昨日俺が受け取ったメッセージ。この状況を打開するヒントになるはずだ。

 考える人数は多い方はいいはずだし、話すことで考えが整理されて、答えに近づけるかもしれない。

「……で、最後には……ひまわりを守れ、って」

「そっか……」

 ひまわりとしても思うところがあるだろう。俺だって、もしも『別のひまわり』のメッセージがあるとかってなれば、気になりはする。もちろん、今のひまわりが一番大切だが。

 ……っていうか、あれ……どうだったかな、あのメッセージ、何度も再生できるものじゃないので、正確に一語一句覚えているわけじゃない。

 あんな大事なメッセージを一度しか聞けないのは不安になる。そのこと自体には昨日すぐに気付けたので、記憶が薄れない内に内容をメモしてはいるのだが……。咄嗟のことだったので、バッグからすぐに取り出せた授業で使ってたノートに書き留めてある。


 ・信じてくれ 時間がない 手短に言う 俺が俺のために残すメッセージだ

 ・最後の《リーパー》 《スキル》の正体はわからない 恐ろしい《スキル》だ 

 ・お前が解き明かしてくれ もう、俺には、他の俺に託すしかない

 ・俺と明日太でも勝てなかった

 ・海沼を守ってくれ


 細かい言い回しは抜け落ちてるだろうけど、メッセージの大意は損ねていないはず。

 内容をメモしたノートをひまわりにも見せる。

「……私も考えてみるけど……、役には立てないと思うよ。ハルヤみたいに頭よくないし」

「俺なんか別に……」

「えー、ハルヤが賢くなかったら、私はなんなの?」

「いや、そういう意味じゃ……」

「冗談冗談……。頑張ってね、頼りにしてるよ」

「ああ、任せてくれ」

 虚勢だろうが、力強く応える。

 当たり前だが、俺がやるしかない。

 結局、こういうのはただひたすら地味で地道な作業になる。他の誰かがやってくれるわけがない。劇的で簡単なショートカットなどない。

 少しずつ少しずつ、一つずつ、可能性を潰して、答えを探す。化石でも掘り出すように、謎を削って削って、答えを掘り出す。

 その日、帰宅してからもひたすら考え続ける。

 なにか、なにか方法はないのか……。

 ――どうすれば、『最後の《リーパー》』とやらを探し出せる?

 ――どうすれば、そいつの《スキル》を暴ける?

 ――どうすれば、そいつを倒せる?

 わからない、わからなければ。

 わからないのに、わからないといけないことが多すぎる。

 考えというのは、ただ頭の中でこねくりまわしているのでは効率が悪い。同じようなことを考えてループする非効率的な時間を避けるために、考えたことは紙に書き出していく。

 思考量が視覚化され、それが部屋に降り積もっていく。

 送られた記憶の中でも、俺の部屋はそういった思考の痕跡が見て取れた。


「……ずいぶん散らかしてるわね」


 現れたのは、フォールだった。

「ああ、お前か」

 声でわかったけど、振り返らずにそれだけ言う。

「……なによ。こっちみなさいよ」

「――忙しい。用は?」

「《ゲーム》についての大事なお知らせよ」

 そこで俺はやっと振り返って、フォールの方を見た。

「なんだ?」

「残りの《リーパー》は四人よ。この人数になったら、一人倒されるごとにアナウンスされるようになるわけ。ゲームを盛り上げる追加要素ね。……でも、今回に限ればあまり意味はないのかしらね」

 こいつも俺、明日太、ひまわりが組んでいることは知っているのだろう。

 ああ、そういうことか……。

 だから『最後の《リーパー》』なのだ。

 最後の、謎の四人目――それが俺達の敵。

 記憶を送ってきた方の俺は、この情報を知った後だったのだろう。

「なに……? リアクション薄いわね」

「やったーあともう少しだー、とはならないんだよ……」

 あと一人。

 それが途方もなく遠い。

「……フォール」

「なによ」

「飲み物取ってくれ」

 俺は部屋に置いてある小さな冷蔵庫を指差す。その中にはお茶やコーラが入っている。

「はぁ? アタシはアンタの召使いじゃない」

 言いながらもフォールは冷蔵庫から取り出した缶を手渡してくれた。

 ぷしゅ、と缶を開ける音が響く。

「……悪いな、今は俺も考えてる最中だから、お前と推理ゲームやってやる暇はない」

「あっそ……。じゃあ、わかったら呼びなさいよ」

「ああ、わかったらな」

 それだけ言葉を交わすと、フォールは姿を消した。

 明日太との戦いとは訳が違う。

 まったく答えが見えない暗闇の中に取り残されたような不安感。

 足掻いて、藻掻いて、彷徨って、それでも答えは出なかった。



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