第34話 「ハルヤだけになら、いいよ?」
太田先輩についての、結果が出た。
…………それも、最悪といっていいようなものが。
太田先輩とやり取りしていたひまわりから、その報告を聞いた。
「…………部長には、恐らくもうゲームに関する記憶がないと思う」
どういうことか。
ひまわりは、明日太の《スキル》で相手を探りつつ、文章で自分の素性を明かさないまま交渉を行ってもらっていた。
一度は太田先輩は、交渉に応じてくれたのだ。
太田先輩の参加動機は、未来において自身の父が所属するゲーム会社が倒産してしまい、生活が苦しくなることを回避するため。
切実な願いだ。争うのはやめましょうだとか、ただの綺麗事では、絶対に説得できないだろうが、だからこそ、相応の金額を提示すれば交渉できる願いでもある。
太田先輩としても、戦わないで済むのならばそれでよかったらしい。
ただ、やり直しを続けていれば、自力でその未来を回避することはできるそうだ。
だが……その後、太田先輩の記憶が消えた。
《スキル》でも確認したが、確実にゲームの記憶は持っていないようだ。
これはつまり、誰か他の《リーパー》に敗北したということ。
「一体、誰が……?」
当然だが、俺達の中の誰かではない。
そうなると、確実にもう一人は未知の《リーパー》がいるということになる。
やはりそいつが、『最強の《リーパー》』ということになるのか……。
本当に、そんなやつが存在しているのか?
存在したとして、そんなやつをどう倒す?
もうゲームは終了目前。
そう高をくくっていたところから一転……。
――――俺達の未来に、暗雲が立ち込め始めていた。
□
「待て待て待てっ! 一旦止めろ、どうした!? 今日おかしいぞ、ひまも、月見も!」
放課後――、迫る文化祭に向けての稽古中。
千寿が一度、演技をやめさせる。彼女の言う通り、今日のひまわりと明日太は演技がどこかぎこちなかった。
二人の不調は伝播して、舞台全体が上手く回らなくなっていく。
理由はわかっている。
――――今も二人に心配そうな視線を送っている演劇部の部長、太田先輩のことだ。
彼女にはもう、ゲームをしていた記憶がない。だが、ゲームをしていたこと隠す以上は、そのことで何か変化が出ているかは、ほぼわからない。
しかし、ひまわりや明日太は違う。太田先輩を倒した誰か。その恐怖は、常に重圧としてのしかかる。
今この瞬間にも、その何者かによって《告発》されてしまえば、やり直しは終わってしまう。
明日太は二周目で得た千寿との関係を。
俺とひまわりは、長いすれ違いの果てにやっと結ばれたこの関係を。
一瞬で消え去ってしまう……淡い夢のような、脆すぎる幸せ。ゲームが進行している以上は、所詮はやり直し生活など砂上の楼閣だった。
あまりにも残酷なシステム……、いいや違う。それは、変えられるはずだったんだ――願いを賭けて潰し合うデスゲームを覆すことができたはずなのに……。
――未だ潜む《何者か》のせいで、俺達全員の願いが脅かされている。
□
帰り道――、俺とひまわりは、少し周りと帰る時間をズラして、こっそりと二人で帰る。
付き合ってるの隠すのってすげードキドキするな……。吊り橋効果的な? そんなもんなくてもひまわりにはドキドキさせられるけど、さらにそれを高められるなら悪くないかも……と、そんなのん気なことを考えられたはずだった……。
……これまで通りなら。
こんな状況でも、ひまわりといられることは嬉しいが、やはりどこかでぎこちなさが出てしまう。
周囲を見回す。怪しいやつがつけてきてないか、誰かに狙われてないか。
不安がそんな被害妄想を生み出す。
学校から最寄りの駅についた。ここから俺はバス、ひまわりは電車だ。本当なら俺はバスじゃなくてチャリでもいいんだけど、最近はバスにしてる。
……そういや、この年代って二人乗りとかどうなんだっけ? 普通にダメか? 元の時代(二○二○年)よか見かけた気がするけど……。
「じゃ、また明日」
「……ね、ハルヤ」
ぎゅ……、とひまわりに手を握られる。
「どした?」
「もう少しだけ…」
そう言って手をひかれ、向かったのは駅の中にある古本屋だった。
二周目とはいえ、世の中に存在している本を全て読めているわけではない。世の中にはたくさんの本がある。本当に全部読もうと思ったら、一体人生は何周必要なのか……。
そんなわけで、本屋は二周目生活でも楽しめる場所だ。
ひまわりの好みは結構手広く、女子らしく恋愛メインのもの、少女漫画も好きだが、意外と少年向けも読むみたいで、話が合う。どういう役でもできるように、どういう作品も楽しんでいけるように、選り好みせずなんでも見るようにしているらしい。いい心がけだと思う。
「んー……」
本棚の前で真剣に悩む。高校生の財力だ、よく考えて選ばないと。
「これなんかどうかな~?」
ひまわりが手渡してきたのは、ちょっとえっちな描写があるラブコメ漫画だった。
「え、なんで……」
「女の子可愛いし」
「ええ……」
どう答えるのが正解なんだよこれ。『ひまわりの方が可愛いよ』か? 今そういう話してるんじゃないとか、キザ過ぎるとか思われちゃう。
「ひまわりは……俺がこういうの見てても、嫌じゃない?」
「まさか。ハルヤ、なめないでよね~、私だって物語に携わる人間だよ? ハルヤが可愛い女の子をたくさん研究することが、作品のために繋がることくらいわかってるよ」
「おお、理解がある……」
「でっしょ~?」
ふふん、えっへん……と嬉しそうに胸を張る。そのポーズは刺激がちょっと……。
「あとでどこがよかったか教えてよ。真似してあげる」
「…………え!?」
いいのか!? この漫画、結構過激なシーンとかあるぞ!?
「あんまりえっちなのはまずいって?」
「そりゃ、な……」
「いいよぉ、別に。だって付き合ってるんだよ? ハルヤだけになら、いいよ?」
「………………、…………、…………」
俺は口をパクパクさせるしか出来ない。
なんという魔性……、ひまわりめ、どこまで俺の心をかき乱す気だ、油断ならねえ……。
なんか自分は実は臆病で……とか言ってたけど、少なくとももう俺の前では違うじゃん……、絶対俺のが臆病なんだけど。
このままじゃやられっぱなしだ……。
強くならねば……、という謎の誓いをしてしまう、そんな帰り道だった。
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