第31話 ×××なんて、使わなくても



 海沼は、話していく内に静かに涙をこぼしていった。

 声も出さずに、淡々と語っているのに、ただ頬には涙が伝う。まるで自分が悲しんでいることに気づくことすらできないみたいに。

「わかったでしょう? ……私がどれだけ最低な人間か。私は、勝手に逃げたの。あの後どうなったのか……、正直聞くのが怖いよ。でもそれより、ハルヤに嫌われるのが怖い。……ほんと、ずるいね、この期に及んで」

 海沼はボロボロ涙を流したまま、不器用に笑ってみせた。

 そして俺は――――。

「……なんで……っ……、ハルヤ……なんで、まだ……」


 ――俺はただ、海沼を抱きしめた。


「……なんで……。変だよ、ハルヤ。これじゃまるで、私のこと嫌いになってないみたい」

「――なるわけ、ないだろ」

「……なんでよ……」

「だから言ってるだろ、全部全部、お互い様なんだよ」

「違うよ。先に逃げたのは私。ハルヤの夢の邪魔をしたのも私。悪いのは私で、ハルヤは悪くない……」

 違う、違うんだよ海沼。

 知らないだけなんだ。俺が海沼のことを知らなかったように、ただ知らないだけ。

「……俺も、なんだ」

「……なにが」

「自殺したのは、俺もなんだ……」

「なんで、そんなこと……」

 海沼が語ってくれたんだ。

 今度は俺の番だ。

 怖くても、ちゃんと話さないといけないだろう。

 ――どうして俺が自殺したのか。

 大枠としては、海沼と同じ。

 映画化の件がなくなったこと。パクリ騒動で炎上したこと。

 でも、そんなのは問題じゃないんだ。

 そこから這い上がって、巻き返すことは出来た。俺がパクリなんかする必要がないってことを実力で示せばいいいわけだから。時間はかかっても、なんとかなったんだ。

 けど、海沼はそこがわかっていなかったわけだから……やっぱり、俺達がすれ違っていることがいけないんだけど。

 俺が海沼に、『こんなの気にするな』って一言言えばいいんだから。

 俺が殺したも同然だ。

 そして、なぜ俺が死を選んだのか。

 ――怖かったからだ。

 映画化の件であの監督が選んだ別の作品。その作者の作品は、全部読んだ。

 そして、確信した。

 ――――こいつには、一生勝てない。

 俺と似た作風。俺と同じジャンル。だが、一生勝つことはできないだろう。ずっと下位互換で、パクリや劣化と叩かれて、そのまま終わる。

 その光景が、鮮明に浮かんだ。

 あいつには、勝てない――――なら、一生約束は果たせない。

 別に勝たなくたって、約束は果たせるかもしれないか? いいや、無理だ。

 あいつはきっと、ずっと俺の先を行き続ける。

 そうなれば、あいつの作品を映画化する時に使うのは海沼だ。

 あいつに勝てない俺の作品なんか、不要になる。

 敗北感。絶望。それに加えて、海沼との約束を果たせない不甲斐なさ。

 これが俺が、死を選んだ理由だ。

 俺達はどうしようもなく互いを想い続けながら、どうしようもなくすれ違い続けた。

 これが一周目の真相というわけか。

 なんというか……本当に、馬鹿だ。

「……な、お互い様だっただろ? 海沼は俺に自分を卑下するなっていうけど、それだって俺からすれば、海沼もそうだよ。全部自分のせいだなんて、ずるいだろ。……付き合うんだからさ、全部半分ずつ持たないと。俺としては……半分と言わず、もっと持ちたいんだけど……そこは、これからってことで……」

「じゃあ……、いいの……?」

「いいって、何が」

「私が先に逃げたことには、かわりないよ」

「良いに決まってる……今度は、もう逃さない……もう、絶対に離さない」

 強く強く、海沼がこの手から離れていかないように、逃さないように、彼女を強く抱きしめる。

「ハルヤぁ……」

「なんだ、ひまわり」

「ハルヤ……、……大好き」

「俺もだ。……俺も大好きだよ、ひまわり」

 

 そうしてまた、俺達は深く深く互いを求め合うように口づけをした。

 《スキル》なんて使わなくても、互いを深く求め合ってることは伝わってくる熱から簡単にわかった。



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