第28話 真実のトリガーを引くのは


「そういえばさ」

「んー?」

 俺の言葉に、素っ気ないようで、しかしどこか弾むような響きの声で応じてくる海沼。

「その……俺達は、正式にお付き合いするということで、いいんだよな」

「……ふふっ、なに言ってるの当たり前でしょう? あれで付き合ってなかったらなんなのかな~?」

 そりゃそうだ。だが、こういうのは一つ一つ確認しないと不安になってしまう。なぜならそういうことがよくわからないので。

「……このこと、みんなには言う?」

 懸念点だった。

 俺は《リーパー》。海沼と付き合うなんて、もう特大の変更点だ。さすがにこれは一発で確定されそう。

「あー……ううーん……桜庭くんはどう思う?」

「ずっと隠す必要はないとは思うけど……明かす時期は少し選んだほうがいいと思う。例えば……文化祭を終えてから、とか」

 それらしい理由をつけて、開示を遅らせる。

 本音は《ゲーム》のことが理由ではあるが、それでも建前の方の理由も嘘ではない。

「堂々と周囲がわかるようにイチャイチャしたりしたら、やる気ないと思われそうだろ。俺達は引っ張っていく立場だからこそ、その辺り気にしたほうがいいかなって」

「……うん、確かに。じゃ、まだしばらく隠さないとね。学校とかでイチャイチャできないのは寂しいけど……」

 まーたそーゆーことを~……。毎秒死ぬのか俺は?

 海沼を騙しているような形になるのは気が引けるが、こればかりは仕方がない。

 それよりも、早急に、確実に《ゲーム》を終わらせないとな。

 俺はもうこのまま《ゲーム》を放棄していいくらいだが、相手はこっちの都合なんか関係ない。相手に狙われたら……そう考えると背筋が冷える。

 ここで負けたら……。

 勝てる、という確信があったからあまり考えてなかったけど……恐ろしいな。

 また、あの未来へ戻るのか。

 海沼のいない未来なんて、冗談じゃない。

 そんなのは、断じて認めない。

「……どうしたの、ハルヤ?」

「いや、なんでもない。……どうやって隠し通すかなとか、考えてただけ」

 嘘をつく度に胸は痛むけど。これは海沼を守るために、必要な嘘で、必要な痛みだ。

「……ねえ、ハルヤ」

「……なに? うみぬ……っ……、ひまわり」

「あ」

「……なんだよ」

「ふふ、じゃあ、ご褒美」

 刹那、

 海沼が体を寄せてきたかと思えば、

 直後、唇を重ねられた。

 温かい、柔らかい感触。

 なにが起きたのか、理解が追いつかない。

「…………え、…………え…………えええッッ!?!?!?」

「はい、また驚きいただきましたー。言ってるでしょー、脚本には驚きが大事なんだよ?」

 指先を唇に当てて、感触を反芻し、楽しむように淫靡に笑う海沼。

 ……う、奪われちゃった。ファーストキス。……奪われちゃったよ、最高の形で。

「はじめてだった?」

「も、もちろん」

「うれしかったー?」

「……もちろん!」

「えへへ、私もぉ」

 あーもーかわいいー、なんなの? なんで? キレそう。

「……しばらく隠さないとで、たぶんこれからあんまりイチャイチャできないからさ、今のうちに思いっきりイチャイチャしようよ……ね、いいでしょ?」

「もちろんもちろんもちろん」

「わー、ハルヤ目ぇこわーい……ひゃ~、私どうなっちゃうんだろう?」

「結婚するまで変なことしないよ」

「け、けっこ……っ……あうっ……」

「ごめん……、キモかった……!?」

「ううん……そんなはずない……けど……ずるいよ……」

 真っ赤になる海沼。

 俺の童貞特有の思考により、付き合う=結婚という数段飛ばし思考になったが、期せずしてそれが海沼の不意を打てた。この戦い、何が力を発揮するかわからないな。

 

 ――――このあと、めちゃくちゃイチャイチャした。



 ◇



 生まれてきてよかった。

 人生って、このためにあるんだな。

 帰り道。

 海沼と分かれて、一人歩く。めちゃくちゃ寂しい。寂しいと同時に、海沼のことを思い出す度に、めちゃくちゃ幸せが溢れてくる。

『寂しいよー』

 海沼からメールが来た。

 この時代、ラインが普及する前だ。まだメール使ってたんだよな。

 俺も寂しい。そんな惚気けた言葉も、今なら簡単に書ける。

 指先で送る君へのメッセージ。恋しちゃったんだー。

 メールを返しつつ、また海沼を反芻する。

 甘い声が、柔らかさが、匂いが、言葉の一つ一つ、仕草の一つ一つ、長い髪の毛の手触りが、

伝わってきた体温が、なにもかもが、全部が愛おしい。

 そうやって心が満たされている瞬間に――――〝それ〟は来た。


 ――――「この《ゲーム》に参加すれば、人生をやり直せるってわけね」

 

 ――――「ふぅん……地味だけど良い《スキル》なんじゃない?」


 ――――「大丈夫だよ、桜庭くん…………今度は約束、絶対叶えるから」



 誰かの記憶が。いいや、誰かのじゃない。

 俺は、この記憶が誰のものか知っている。

 海沼の記憶が、浮かび上がってくる。

 どうして――? 簡単だ……、ああ、コントロールに失敗してた。使い慣れていないし、それにこんなこと、予想していないから。


 《スキル》 《読心》


 効果 相手の思考を読むことができる。


 効果制限 読み取れる情報量、どれだけ相手の深い部分にある思考を読み取れるかには、段階的な条件が存在する。


 レベル1 相手の■を見る  その瞬間に相手が考えている表層的な思考を読み取る。

 レベル2 相手の■に触れる さらに深い部分まで読み取ることができる。

 レベル3 相手と■■をする ほぼ全ての情報を読取ることができる。


 これは、確かに、明日太の《スキル》だ。

 だが、《スキル》は倒した相手から奪って使うことができる、とは事前に説明されていた。

 そして、その時に俺は別の可能性も浮かべていた。


 それは――――『倒さずとも、《スキル》を借りることができるのでは?』というもの。


 フォールに確認したところ、誰も思いつかないし、思いついたところで利害の関係で実現できないだろうが、可能ということだった。

 そして、俺と明日太ならば、それができる。

 だから俺は、明日太の《スキル》を借りていた。

 

 レベル3 相手と■■をする ほぼ全ての情報を読取ることができる。


 レベル3 相手とキスをする ほぼ全ての情報を読取ることができる。


 

 俺は今日、海沼とキスをした。

 だから、海沼を記憶まで読み取ってしまった。



 確定だった。

 ――――――海沼ひまわりは、《リーパー》だ。






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