第27話 夢になんかさせないから



  夜。静寂に時折交じる波の音色。

 俺と海沼は、二人で浜辺のベンチに座っていた。

 先刻の激しいやり取りから一転、お互いに落ち着いて、ゆっくりとした時間が流れる。


 あの後、なんか周りの人にすげー拍手されて、お幸せにーとか言われて。

 鐘を鳴らして、鍵をかけて。

 当初の心境とはまったく別の状態で、結局ジンクスをやり抜いた。

 ……これで二人は結ばれるわけだ。

 何この超展開、ついていけない。マジ? なにが起きた?


 思いっきり頬をつねる。

 痛い。


「………………い、づづづづづぁ、いだい!!!!」

 海沼が頬をかなり強めにつねってくる。


「夢になんか、させないから」

「夢じゃない、夢じゃないから離じて、いだい……」


「ごめんね? よしよし」

 つねられたほっぺたを撫でてくる。許しちゃう~……。


「にしても……こう言っちゃなんだけど、驚いた」

「ん~?」

「まさか、その、海沼が……俺のこと……」

「かなり露骨だったと思うけどなあ……。ま、別に驚いてくれてもいいかな。脚本には驚きが大事でしょう?」

「全部脚本通りか?」

「……んーん……、全然。……もっとスマートにできると思ったんだけどね……いやあ、おはずかしい……」

「それはお互い様だ……」

 いきなり二人して感情をぶちまけて。スマートさの欠片もない。

 まあ、主に俺がバカなせい。俺が悪い。

 しかしこんなバカを、海沼は……。

「なあ、海沼」

「あ」

「ん?」


「いつまでそれなのかなー、ねー、ハルヤ?」

「……ぅ、ぇえ!?」

 不意打ち、下の名前、呼び捨て。破壊力ぅ~……。


 そして、俺も、そうしろと……?

 ハードルたっけえ。

 頑張れ、俺……、海沼だって、もう呼んでくれたんだ。


「…………ひまわり」

「おおー」

「…………さん」

「ああ~……」


「……ごめん、海沼……、もうちょい、心の準備ができるの、待って……な? 楽しみはとっておいた方が良いだろ? 俺の成長をゆっくり見守るのも楽しいと思うぞ?」

「うーん、超情けないのに説得力がある」

 超情けないと言われた。

 事実過ぎる。反論できず。


「じゃ、ゆっくり頑張ってね、ハルヤ~。ハルヤハルヤ~」

 ぐっ、このガキィ……、なめやがって……。

 たぶん、たぶんガキだよな?

 海沼はシロ寄りの情報が手がかりが二つあるしな。


 あー。

 そういえばなんかやってたね?

 タイムリーパーを探すゲームとかね、あったあったそんなの?

 うーん、もういいんじゃない? 


 …………あ。

 そうか……、海沼が自殺したのって、もしかして……俺と、同じ……?

 

 全然考えもしなかったけど、海沼も約束が大切で、でも上手くいかなくて……。

 もしもそうなら、そんな心配はもう必要ない。

 今度は絶対に、一周目のようなことにはならない。

 実質、もうゲームクリアと言える。

 ……もちろん、まだ別の可能性もあるので、完全に油断するわけにはいかないが。

 なんだか長い間ずっと抱えていた重荷を少し降ろせるようになった気分。


「はぁ~~~~~…………よかったぁ~……」


 消えてしまわないか確かめるように、海沼の手を握ってしまう。


 大丈夫。ここにいる。

 ちゃんと、いる。生きている。

 海沼ひまわりが、生きている。 


 …………大丈夫。大丈夫。俺が、守る……なんて、恥ずかしいこと、本気で思う時がくるなんてな。

 付き合いたての中学生かよ。

 まあ、精神的には同じようなもんだが。

 いや、別に恋愛感情なんてなくたって、絶対守るって思ってたけどさ、あんなにも強い気持ちを抱いていて、もうこれ以上の気持ちなんてないと思ってたのに。

 そこにさらに大量の、強い気持ちが乗る。想いは無限っていうか……、驚くな。自分の感情って、こんなにも強くて、こんなにも溢れ出るものなんだって。


「…………は、は、ハルヤぁ……? ど、どうしたの……?」

「なんでもないよ」

「で、でも、手ぇ…………手がぁ……」


「なんでも、ないんだ」


 泣きそうだ。

 海沼が生きている。

 当たり前の事実で、どうしようもなく泣きそうになる。

 泣くな。変なやつだと思われる。もう思われてるだろうけど、さらに。


「もう……、変なハルヤ……。いいけどねー、別に。…………ハルヤのほうから、してくれるの、嬉しいし……」


 なんでこのおなごは、常に俺を殺す台詞を出し続けてくる?




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る