第25話 拗らせすぎたオタクの心理

「ほわぁぁぁ~~~~~…………ふわふわ可愛い~……いーやーさーれーるぅぅ~……」

 次の目的地は水族館だった。

 ちょっと驚いたのだが、今海沼が見ているのはクラゲだ。

 てっきりペンギンとかイルカが見たいのかと思っていた。もちろんそれらも見たがっていたが、海沼は一般的に女子が好きそうな生物以外にもすごく良いリアクションをする。

「あ、桜庭くん、みてみてみて、カニだよ、カニ、かーにー」

 かーにー、と言いながら手で作ったチョキのハサミを開閉している。

 ナニ、コノ、カワイイ、イキモノ。

 可愛いな。

 外ヅラモードなのか、本性モードなのか、よくわからない。でも、俺といる時の海沼はいつも俺をからかう女王様の雰囲気なので、今はいつもより五割増しで無邪気見える。

 なんだよ、かーにーって。幼女かよ。可愛いかよ。可愛いだよ。可愛いだなあ……。

 俺も真似してチョキチョキしてみた。

「ん、あいこ」

 俺のチョキを海沼のチョキが挟んでくる。

 なにこれ楽しい。

 世のカップルってこういうことしてるの? バカなの? いいなあ。


 館内の薄暗く狭い通路には人が集まっており、人の波に乗ってしまうとそのままはぐれてしまいそうだった。一応ケータイはあるけど、それでもはぐれないに越したことはない。

 海沼と人波に流されそうになった時――思わず彼女の手を取ってしまう。

「……あっ、ごめ……」

 さっき映画館で散々触れたというか、触れられたというか、触れて頂いたというか……、今のほんの一瞬の接触時間など、さっきに比べたらなんてことないのに、思わず手を離してしまう。向こうに手を触られるのと、こっちが触るのじゃ全然違う。

「繋いでくれないんだ?」

「え?」

「はぐれないようにするものでしょう? 彼氏なら、ね?」

「彼氏……!?」

「なに今更驚いてるの。……脚本の中で、主人公とヒロインはいずれ付き合うでしょう? だったら、彼氏彼女の作法っていうのを知らないとダメなんじゃない?」

「……海沼は、そういうの知ってるのか? 付き合った経験とか……」

 ありそう、だよな……。 

 別に、いいけど。だってこんなに可愛いんだ、ないほうが変だろ。

 今はどうなんだろう。さすがに今はいないのかもしれないけど、もしいたらヤバいよな……俺、彼氏に殺されるんじゃ……、つーか普通になんか悪い気がしてくるな。

「――いないよ」

「そ、そっか……今は、彼氏いないか、そりゃな……」

「今だけじゃなくて。今も、過去も、彼氏いたことないけど?」

「…………えっ!?」

「だって、そんな暇なかったし」

「ああ、そっか……」

 千寿の話の時に、自分も千寿と同じと言っていたか。二人とも、夢のために生きているから、そんな暇はないと。

 ……んん? …………んんん? ってことは、海沼、これまで俺をからかいまくってたけど、でも、海沼も異性との経験が豊富なわけではない……?

 マジか。絶対経験豊富なもんかと……。っていうか、ならどうしてああも落ち着いていられるんだ。同じ恋愛経験がない同士、条件は対等のはずなのに。

「なーにー、私に彼氏いないと嬉しい?」

「や、えっと、それは……」

「なら、私のことなんてどうでもいい?」

「いや、それも違うというか……」

「え~、どういうこと?」

 やばい、説明が難しい……というか、伝わるか? っていうか、キモがられないか……?

 上手く誤魔化すか。いや、それは違うな。ちゃんと正直に話してみるしかないだろう。

「……一般的に……というか、だいたいのうちの高校の男子生徒は、海沼に彼氏がいなかったら、嬉しいと思う……、その……アイドルとかにそう思うみたいな感じで」

 なんだよ一般的に、とか思いつつ、俺はこの拗れた想いの説明を始めた。

「でも、俺は恋愛禁止のアイドルみたいに、海沼に恋愛して欲しくないとか、そうは思わない。別に海沼はアイドルじゃないし、そんなのは自由だと思う。だから、えっと……さっきの質問に答えるのなら、『海沼に彼氏がいなかったら嬉しいとは思うけど、いたとしてそれに文句を言うような傲慢さもないです』って感じ……か……?」

「……ふーん……? なーんか……理解あるファンの考え方っていうか……」

 海沼にしては珍しく、歯切れ悪く言葉を詰まらせた。

「桜庭くん自身が、どう思ってるかが見えない。一歩引いてるみたい」

「一歩引いてる……」

 そうか、確かに。そうだ、俺は一歩引いてるのかもしれない。だって、一歩踏み込むなんて出来ない。そんなのは恐れ多い。

 ――そんなのは、あまりにも怖いんだ……。

「この話は……また、今度ゆっくりにしよっか。それよりもっといろんなとこ回ろー、私もっとみたい子達がいっぱいいるんだからっ」

 強引に雰囲気を切り替えるように、明るい声を出す海沼。

 ああ、ダメだな……、なんか気まずい雰囲気にさせてしまった。

 海沼との会話で時々あった違和感みたいなのが、表に出てしまったのだろう。

 俺自身、正直そこについてはどうすればいいか答えがない。

 わからない……海沼は、俺にどうして欲しいんだ……? もっと気にかけろってことか?

 十分そうしてるつもりだけど、どうすれば伝わるのか……。

 というか。

 海沼のそういうところ、なんだか変だ。どうして必要以上に、俺のことなんて気にするんだ。


 それじゃあ、まるで…………。


 海沼は、俺のことが…………。


 いいや、そんなわけないな。

 こんな馬鹿なことは、考えなくていい。



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