4章 キミは神様なんかじゃなくて
第24話 海沼ひまわり4DX
「ごめん、待った? ……なんて台詞、そのまま言うのはどうかな……、でも気にしすぎかな」
待ち合わせ場所である駅の改札に来てすぐに、海沼はそんなことを言い出した。
七月十九日。七月の第三月曜日――海の日。いよいよ今日は、海沼との、一対一の、デートの日だ……。
「ううん、今来たところだよ……って台詞、言ってみたかった――みたいなやり取りすらベタなのかな? どうだろ?」
俺も一緒になって、定番のやり取りに改めて疑問を投げかけてしまう。
「実際のところどうなの、桜庭くん。待ち合わせ時間より少し前だけど、待った?」
「いや、本当に今来たとこだよ?」
「そっか。ならよかった」
――嘘だった。
本当は三十分前に来たが、そんなことを海沼に正直に言うはずがない。
気にさせても嫌だしな。こういうのは言わぬが花。
さすが二周目の俺、成長している……、一周目は準備に手間取ってギリギリでした、情けない。遅刻してなくても、海沼より後に来てしまうと自分で自分を許せなくなるのだ。
二人で並んで歩いて目的地へ向かう。
やって来たのは映画館。
なぜ最初に映画館か。俺の脚本の中で、主人公は小説家志望だが、女優志望のヒロインに誘われて演劇の脚本に挑戦することになる。
……聞いた話だって?
実は、文化祭の舞台でやる話は、俺が考えていた『小説家志望の主人公と、女優志望のヒロイン』の作品と、雪草が考えていた時間モノをミックスしたようなやつになる予定なのだ。
……なんというか、当たり前といえば当たり前だし、奇妙といえば奇妙なのだが、まるで俺の今の状況のような感じになる。
図らずも、俺の人生もまた小説家志望が主人公の時間モノだしな。
まあ、その作品の中ではさすがに『タイムリーパーの正体を探るゲーム』なんて絶対に出さないから大丈夫なはず。この作品から俺の正体がバレることはない。
仮にそう結びつけるやつがいたとしても、誰がアイデアを出したのかわからないはずだからな。俺か、それとも雪草か、はたまた演劇部の誰かなのか。確定させられないのだから、これは決め手にはならない。
ただ疑うきっかけにはなり得るので、正直なところもういい加減ゲームを終わらせてしまいたいな……。
最後の一人になるまで潰し合うのではなく、残っている参加者全員で協力関係を結ぶ、というのが理想の終わり方だが……実現できるかな。
――そこで浮かんでくるのは、例の声だ。
――――「このままでは、絶対に勝てない……みんな消されて、それで終わりだ」
あの声が、今のこのゲームに関係あるとすれば、参加者の中に積極的に相手を潰そうとするようなやつがいるってことか?
だとすればそれは、俺のまったく知らない相手なのか、それとも――……。
ああ、いやここでそんなこと考えても仕方がないな。今は海沼といるんだ。別のことに割く思考リソースなどない。
デートに――そう、デートに集中しよう。
まごうことなき、正真正銘の、一対一のデートに。……いや、脚本取材だけどね。
「……桜庭くん、そんなに真剣に何を見るか迷ってるの?」
「え……あっ、いや……」
やべ、変なやつだと思われたか? いかんいかん、これじゃ一周目の二の舞。取り戻していこう。
「じゃあ、せーので選ぼっか?」
「ん、わかった」
「「せーのっ」」
声を揃えて、俺達は同時にいろいろな映画のポスターの中から、一つを選んで指差す。
俺達が示したのは、泣けると話題の青春映画だった。
「本当にこれでいいの? こっちのアクション映画とかじゃなくてもいい? 私に合わせにいったんじゃないの~?」
「確かに俺はそういうのも好きだけど、青春モノも好きだよ。実際今書いてるし」
「そ? 無理してないならいいけど」
海沼のためなら無理とか思わないけどな。……そうじゃなくても、好みの映画は全部一周目に見てるんだよなあ……という。
二周目生活でつらいのがここだ。一周目で見ていない作品ならば新鮮に楽しめるのだが、俺は一周目で物語を作るトレーニングのために選り好みせず片っ端から創作物を摂取していた。
なので二周目で新鮮に楽しめる作品が少ないのだ。これはつらい。その分、自分の人生が楽しいのでいいけども。
……それでもすげーつらいことがある。未来に帰ってワールドトリガーとか呪術廻戦とかチェンソーマンとかアクタージュとかの続きが見たい。この時代じゃ見る方法がない。
これがマジでつらい。……フォールは俺がいた時代よりさらに未来にいたんだから、俺が楽しんでた作品がどーなってるか知ってるのかな? でもネタバレされんの嫌だな……。
まあ、そういうオタク特有の悩みもあるが、今は我慢だ。
全てが上手くいけば、いずれ二○二○年に辿り着く。その時に一周目より誇れる自分になって、一周目の続きを楽しめばいい話だ。
チケットを買って、二人で席につく。席はなぜか海沼が率先して決めた後方右端の席だ。
もっと中央よりで前列の方が空いていたのに、そこを選ばなかったのはなぜだ? 普通にここよりも見やすい席もあったのに。
疑問に思っている、その時だった――
「もっと良い席あったのに、なんでだと思う?」
耳元でそっと囁かれる。耳にほんの少し吐息がかかる。こそばゆい。ASMRかよ。絶対売れるよ。
「え、な、なん、で……」
全然わからん。あとドキドキして思考が動かん。
「ね、手だして」
「え?」
海沼は俺の左側に座っていた。思わず俺は利き手である右手を差し出す。
「違う、逆」
言われるがまま、左手を差し出す。
すると次の瞬間、信じられないことに、海沼は俺の左手に、自分の右手を絡ませた。
恋人同士がするみたいに、指と指を深く深く絡ませる繋ぎ方。
「ひ、ぁ……なん……!?」
やべえ。生娘みたいな声出た。生娘というか、どうて……、うるせえよ。
「練習。本物の恋人なら、こうするでしょ? 私達は偽物でも、少しでも本物に近づくように努力しないとダメでしょう? 本物を知らなきゃ、本物を書けない。本物を演じられない」
なんという説得力。
それは正しい主張に思えた。が、しかし、それでも……、待って、俺が死ぬ、キャパが、やばいって、……、まってまって……。
海沼の手、柔らかっ……、小さい……細い……、爪とかすげえ綺麗、白い、感触も、なんもかんも、俺の手と、全然違う……え……? 女の子の手ってこんなちっちゃいの?
知らない、こんなの知らない、二周目とか、関係ない。
こんなの、一周目になかったし、やべえ、終わる……、死ぬ……、幸福とかで死ぬ。
手が触れ合うと、こうなるのか。肌と肌が擦れ合うだけで、まったくの未知。人間って、すげえ、女の子って、すげえ……。いや、それだけじゃないのかな。なんていうか、尊敬している人間というか……神様みたいに思ってる、触れてはいけないって思ってる人に触れてる、そういう感覚もあるのかな。
海沼に、触れてる。
ありえないことが、起きてる。
「……ごめん、やだった?」
「いや、逆……、嬉しすぎて」
「……ちょ……もう……、ばかあ……」
海沼が手を引いてしまう。指を深く絡められたのに、俺は衝撃で全然力が入らなくて、だから簡単にほどけてしまった。
「へ、へんなこと言わないでよぉ、もぉ~……」
海沼の顔が少し赤くなって、それを両手で覆って隠している。
「や、だって……、」
あー、全然上手く喋れねー。
思考が、口が、空回り、空転、どーしよ、 、 空白 、 思考 、 、停止停止、
…………。
……。
いやいや。
落ち着け。
このままキョドってても話にならねえ……、俺は明日太を導いた男。
あいつと同じ轍は踏まねえ……、ありがとう明日太……。
明日太を思い出すことで落ち着くメンタルコントロール術。
「もっかい……する?」
また、囁かれる。
声を聞くだけで、溶かされそうだ。
「え、と……」
します、とは言えない。なんか、禁断の力みたいな。やばい力みたいな。手を出したら終わるみたいな、そんな気がして。あと手汗やべーし。
さりげなく膝下に手を置いて、汗を拭く。
「じゃあ、もう完璧? もう主人公とヒロインが手を繋ぐシーンとか、完璧に書ける?」
「書けない」
これは本音。同時に、建前。
もう一つの本音。海沼と手を繋ぎたい。
「ん、わかった」
ぎゅ、とまた海沼の指が俺の指を絡め取っていく。
海沼の手も少し温かくなっていて、かすかに震えていて、でもそれを隠すような演技も上手くて……、余裕そうに見える。
翻弄されてる、遊ばれてる……けど、でも、海沼も、たぶん、ちょっとは緊張してて、頑張って、俺を翻弄してるんだと……思う、たぶん……。
それがなんだか愛おしくて、可愛くて。
なんか、思わずそのまま抱きしめたくなるけど――――いやいやいや、アホか、違う、違うだろ、俺はそういうのじゃないだろ。
俺達って、そういうのじゃなかったろ。
……雰囲気か? 雰囲気に飲まれてるのか?
映画館、暗闇、周囲に人はほぼいない、でも少し離れたところにはまばらに観客が、まるで二人きりみたいな、でもぎりぎり違う、ちゃんと声はひそめてる、二人以外には聞こえてない。
世界から二人で秘密を隠して共有するような、そういう雰囲気が、気持ちを高ぶらせているのだろうか。
……はあー、やばいぞこれは……。
ちゃんと脚本取材できるか? というのはもちろんだけど、さらにもう一つ。
俺は、海沼ひまわりに飲み込まれずに、自我を、正気を保ったまま、このデートを終えられるのか? というところだ。
沼じゃん。
すげー深い。
それでも、やり遂げてみせる。
それが俺の、クリエイターとしての誇りだから。
きっと海沼は俺を信じてくれてる。調子こいて、俺がすべきことを見失うやつじゃないと信じてくれてる、はず。
だから、俺はその期待に応える。
…………それはそれとして、この感覚を、きっと俺は一生忘れないだろう。
映画を見ている間も、たまにジュースを飲んだり、髪を直したりする時に手をほどくんだけど、またトントンと無言で海沼が手を叩いてきて、また指を絡める。
いいシーンの度に、ぎゅっと握られる。
映画の中で主人公とヒロインの気持ちが盛り上がる度に、海沼の手から、海沼の感情が伝わってくるみたいだった。
少し退屈なシーンになると、弄ぶように俺の手の甲に指を這わせる。
ちょっと気が散るからやめろよって思ったけど、海沼だからいいや。許しちゃう。
なんだこの映画体験。
海沼4DXだよ、とんでもねえな。
世の中のリア充ってこんなことしてたん?
許せねえ、とんでもねえ世界の秘密を隠してやがったな。
……うん、この怒りと気づきで、たぶん良いシーンが書けそうだ。
本当に、海沼には感謝だな。
映画が終わって、席を立とうとした時。
俺が先に立ち上がるも、海沼は座ったままで、手も離してくれない。
海沼の方を見ると――、
「……もう離しちゃうの?」
寂しそうに、名残惜しそうに、またぎゅっと俺の手を握ってくる。一生離さねえ……。
「……いや、え、え、今日、ずっと……?」
「……なーんて。……ね、今の演技、上手かった?」
パッ、と手を離して立ち上がる海沼が、楽しそうにニヤついてくる。
「上手かった……」
「へへ、でしょ~」
「……演技って……どこから、どこまで……?」
「さーて、どこからでしょ~? ……さ、次いってみよー、次!」
にししっ、とまた心から楽しそうにクシャっと笑った後、彼女は軽やかな足取りで進んでいく。俺はそこに遅れてついていく。
ああ、どこまでも振り回される。けど、嫌じゃない。
こうして、俺と海沼のデート、最初の目的地でのイベントを終えて、次なるイベントへ。
あー、俺……今日死ぬんじゃねーの?
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