第22話 海沼ひまわりが命じる
立て続けに不安要素が湧き上がり、どうにかしてそれらを隠して、気持ちを押し殺して普通に振る舞おうとしていたところに、普通に驚きのリアクションが出るような事態が起きた。
「――――今度こそ、デートをしましょうか」
「……え!?」
不安に支配されてたというのに、心が弾む。現金なものだけど、これは仕方がないだろう。
「えっと、どゆこと……?」
ついこの間みんなで行ったデート(脚本取材)。正直、海沼と二人で出かけるという、それを経験したのなら速やかに死んでもいいくらいの僥倖が流れたのはつらかったが、海沼もいたし、みんなで遊ぶのも楽しかったし、結局海沼と良い関係も築けたしで、あの日はすごく充実した一日だった。
だが――欲を言えば、そりゃあまあ、海沼と出かけられたら、嬉しい。
海沼は現状だと……、
1太田先輩の《スキル》を受けても変化なし(推定)
2明日太の《スキル》によってシロ判定が出ている(これも推定)で、かなりシロの可能性が高い。
シロ――《リーパー》でない、つまりはゲームのことを考えなくていい相手。それは俺にとって、かなり心が休まる。
……いや、おかしな話だな。本来、海沼と出かけるなんて不安だらけしかないのに。
不安によって、緊張が打ち消されてるのか。微妙に異なる話だが、自分より激しい緊張をしてるやつ(明日太)を見ると、緊張が減ることもある。
でも、安心もできないな。
俺は一周目で、全然上手く海沼と過ごすことができていなかった。先日のデート(脚本取材)では、複数人ということで、二人きりでないというのがかなりの気が休まる要素だった。
二人きりとなると、そうはいかない。
上手くできるだろうか……、今度こそダメなのではないだろうか。
「なによ、嫌なの?」
「いやいやいやっ、そんなことはあろうはずがないけど。でも、脚本取材ならこの間行ったばかりだから……、俺ごときが海沼の時間をそう何度も奪うなんて……」
「……っ。……桜庭くんさあ……」
あれ、なんかめっちゃ表情が険しくなった。なんかちょくちょくあるな、なんだこれ……ちくしょう、大人になった俺ならば、当時の俺より上手くやれる気がしたんだけど、上手くできてない気がしてくる。
そりゃ未来でも女性経験はないので、二十六歳の俺もただの女慣れしてない根暗なんだが、それでも高校卒業から約十年の間、ずっと女心について考えた経験がある。
女性誌とか少女漫画とか、恋愛ドラマとか、ラブコメ漫画とか、いろいろ見たし、恋愛モノを書いたりもした。
……なら全部机上の空論というか、耳学問というか、とにかく意味ねーだろ、ということになりそうだが……ないよりましだろう。一周目の俺は女性経験がない上に、女心を考えたころもろくにないのだから。考えてるだけ今の俺のがマシ。たぶん。マシであれ。頼む。
「桜庭くんは、自分のことを『海沼ひまわりが時間を使うに値しない人間』だと思っているわけ? じゃあ今、こうして私が話してるのは何? これはなんの時間?」
……ああ、そっか。そうだよな、そりゃそうだ……。
そんな簡単なこともわかってないのか、俺……。
「悪い、海沼。過度な卑下は海沼にも失礼だよな」
「……うん、そうだよ……わかればよろしい」
「………………、…………」
「ちょ、なに黙って赤くなってるのよ」
「だって、ちゃんと俺が海沼に評価されてもいいとしたら、良い舞台をやれた後のはずだ」
もっと厳密に言えば、これからすることになる約束を、ちゃんと果たせた後だ。
舞台を成功させて、それから約束をして、ちゃんと将来、海沼に相応しい物語を作って。
そうしてやっと、俺は素直に海沼から称賛されてもいい人間なんだと思える。
そんなこと今言ったって通じるはずがないから、絶対に言えないけど。
「……もぉ。志が高いんだから。そういうとこ良いとは思うけど、ちょっとめんどくさい」
「めんどくさい……」
――グサッ。俺の繊細な心は傷ついた。
「ちょっとね。良いとは思うって。好きよ、志の高い人」
「そりゃよかった。俺の志はK2だから」
「エベレストじゃないの?」
意外とツッコミが速い海沼だった。※補足 エベレスト(8848m) K2(8611m)
「……ま、確かに舞台はやってみないとわからないし、その評価は観客に委ねられるけど……それでも、上がってきてる脚本に私なりの評価はできるでしょう。私は今もあなたを評価してるわ。……で、そこで聞きたいんだけど」
「……おう」
なんだろう?
「前回のデート……というか、大勢でわいわい遊んだ経験で、主人公とヒロインが二人きりでデートに行くシーンの参考にできる?」
「……まあ、無理だな」
脚本の中では、ヒロインと二人きりでデートするシーンを盛り込む予定だ。やっぱりそっちの方がよりヒロインとの関係を深く描ける。大勢で遊ぶのは楽しいし、そういうシーンもいろんな人物を出せるけど、やっぱり一対一のデートシーンは必要だ。
「でしょう? なら、二人きりでいかないとダメでしょう?」
「ダメですか」
「ダメよ。異論は?」
「あるわけない」
「なら、私とデートに行きなさい」
「イエス、マイロード」
アニメ・コードギアスのネタ。2006年なのでセーフ。
そんなわけで、今度こそ二人でデートに行くことになった。
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