第20話 クロは誰だ?





 

 ――あの日、明らかに怪しい動きをしていた人物がいたのだ。




 ここで重要になるのが、《スキル》の条件だ。俺にも、明日太にも、《スキル》にはなんらかの制限や発動条件がある。であれば、他のプレイヤーの《スキル》も同様と考えるのが自然だろう。

 ならば《リーパー》は《スキル》を使うために、条件を満たそうとする。

 その条件らしき行動を暴けばいい、というわけだ。

 怪しい行動をしていたのは――。

 

 ――――「財布を見れば金運がわかるってご存知かしら?」

 ――――「春哉さん、アナタの財布を見てあげましょうか?」

 

 なにげない会話にも思える。それでも、これが条件と仮定すればいろいろとそれらしい可能性が浮かび上がってくるのだ


『財布に触れる』、『相手に要求を通す』、『相手の所持金を把握する』というような条件だったとして、どういう能力なのか。

 明日太と同じように、『相手の心を読む』だとしても強いし、俺と明日太の《スキル》が違うように、また別の能力かもしれない。

 『財布』というポイントからして、金銭に関係するものだとすれば、自然に繋がる気がする。

 一人撃破すれば一億。《スキル》をゲームマスターへ売却すれば一億。

 つまり、俺達は最初から『一億』という大金を与えられているのだ。

 これらを踏まえると、かなり鮮明に『財布』に関係する《スキル》がどんなものか読めてきそうだ。

 『心を読む』でなくとも、『相手の認識している資産を把握する』とか『相手の持っているモノの金額を把握する』とか。『心を読む』より、『財布』というキーと関係している分それっぽい気がするが、まあ細かい効果はなんでもいい。

 とにかく、『財布』が太田先輩の《スキル》の条件に絡むなら、それを警戒しておけばいいだけだ。

 太田先輩が《リーパー》とわかっているのなら、警戒のしようはいくらでもある。

 で、ここからが難しいのだが――できれば彼女も交渉によってこちらへ引き入れたい。そうやって《リーパー》を全て引き入れて、ゲームを成り立たせなくすれば、それが俺達にとってのゲームクリアだ。

 ただ、そこは彼女の動機次第だ。

 これだけの推理が揃っても、まだ動いてないのはそういう理由。こちらから警戒できる以上危険度は低い。だから時間をかけてでも、確実に太田先輩を懐柔できる策を揃えるのが優先というわけだ。

 もちろん、そもそもこれらの推理が全て外れているという可能性もある。

 まだ確証はないのだから。

 太田先輩の行動はただまぎらわしいだけでした、彼女は《リーパー》じゃありません――という可能性もゼロではない。まあ、さすがにそれはないと思ってるけど。

 だが――例えば、《リーパー》の誰かが太田先輩にそういうミスリードを誘う行動を取らせている、とかって可能性もある。

 とにかく、今はまだ動く段階ではないというわけだ。

「今んとこ動きなしって感じかなー。演劇の練習とかではよく会うけど。千寿も特に怪しいポイントはなし」

 明日太は千寿のことをキョドらずに呼べるように成長していた。小さすぎる成長。少し前まで『せせせせ、千寿……さん』で面白かった。雪草っぽい(各方面に失礼な思考)。

「こっちも特になし。やっぱ以前の推理通りかなあ」

 以前の推理――デート後に考えたものなのだが、太田先輩は、海沼の財布を触っているのだ。

 そこでの太田先輩のリアクションや、その後の二人の様子に変化がない。

 つまり、海沼はシロ――《リーパー》ではないと考えて良いのかもしれない。

 根拠はもう一つある。


 ――それは、明日太の《スキル》だ。

 『レベル1 相手の■を見る  その瞬間に相手が考えている表層的な思考を読み取る』というのがあったが、あれは『相手の目を見る』だった。

 実際に《スキル》を使用して条件を満たすと、隠されていた部分が読めるようになったのだ。

 で、それを使って明日太は怪しい相手を調べている。

 あのデートの日も、明日太は既に《スキル》による捜査を実行していた。

 『表層的な思考を読み取る』というのが少し厄介で、実験してみたのだが――例えば明日太が俺に対し、普通に《スキル》を使ってみても、《リーパー》の証拠を掴むのはほぼ無理だ。

 俺が記憶を飛ばす《スキル》で対策するまでもなく、常に《リーパー》のことなど考えていないのだから、表層を読んでも『こいつイケメンでハラタツー』とかしか読めないわけだ。

 では、『レベル1』は使い物にならないのか? 

 そうでもない。こういうのは使いようなのだ。『表層』しか読めないのなら、表層で《リーパー》に関係することを考えるように誘導してやればいい。

 デートの場で、『もしも未来から過去へ戻れたらどうする?』という話を振ってみた。いきなりそんなことを言い出せば怪しすぎてリスキーだが、演劇でやる脚本がそういう話だ、そこと絡めれば自然に話を運べる。

 で、明日太はその際に相手の思考を読んでいった。

 その結果は――。

 

 ・千寿マリ   限りなくシロ。動揺する素振りもなく、明日太の読心でも《リーパー》関係のことはなし。


 ・海沼ひまわり 限りなくシロ。千寿マリと同じく、《スキル》を使っても怪しい点は出てこなかった。


 ・雪草エリカ  限りなくシロ。そもそも目を合わせてくれないので《スキル》が使えなかった。目を合わせてくれない、ってのは別に疑わしいポイントにはならない気がする。なぜかと言えば、仮に雪草が《リーパー》だとしても、明日太の《スキル》条件なんて知っているはずがないからだ。話自体には動揺していないし、脚本に関する話なので積極的に乗ってくれた、って点はむしろ怪しさを下げる部分か?


 ・太田ヤマブキ 限りなくクロ。『財布』に関する《スキル》の条件説もあるが、ここでも彼女は怪しい。明日太は唯一、彼女から《スキル》で『動揺』を読み取れたのだ。


 やはり今のところ、怪しいのは太田先輩一択。

 ただ、油断できないのは、《スキル》による確認でほぼシロと思える千寿と海沼だって、もしもなんらかの《スキル》でこちらの対策をしてると、《スキル》によるシロ判定すら信用できなくなってしまう。そこまで考えていくとキリがないが、それでも可能性としてある以上、頭の片隅には入れておかないと。

 確定でないところを確定と勘違いして進めると、土壇場で痛い目に合いそうだしな。

「で、他に怪しいやついた? 紅葉とかどーなん」

「ないだろー。あれだぞ?」

「あれだしなあ」

「また春哉に絡まなかったか?」

「蹴られた。教育がなってませんなあ、おたくのお子さんは」

「わりー。春哉のこと好きすぎるからなー、多めにみてやってくれ」

「なわけねーだろ……嫌われてるんだよ。別に子供に嫌われたところでなんとも……いや、子供に嫌われるのはちょっと傷つくが」

 海沼に嫌われるわけじゃあるまいし、まあノーダメージだ。

「……あ、そうだ」

「どした?」

 そこで俺は少し気になっていたことを口にする。

「明日太のゲームマスターってどんな人だ?」

「どんな……? んー……、よくわかんないな。最初しか会ってないし、ゲームのルールのことしか話さないからな。なんだ、どんな人って、そんなこと気になるか?」

「……最初しか、会ってない……?」

 フォールとのあまりの違いに驚いてしまう。

「そっちは違うのか?」

「……ああ。なんか、ルール説明以外のことについて話したりは? まったくないのか?」

「ないな。え、それが普通だと思ってたけど……」

「そうか……」

 フォールはゲームマスターとしておかしい? いや、だがそれがどうしたというのだろう。 

 ゲームマスターごとに性格の違いがあったとして、それが不利になるか? むしろ有利になりそうなものだが……、別にフォールにゲームに有利になる情報を教えてもらったりはしてないな。

 フォールの言葉通り、ゲームマスターはゲーム自体には不干渉、というのは確かか。

「モモちゃんの方は?」

「……あー、それなんだが……」

 桜庭モモ――俺の妹についての話だ。



 □



 モモが部屋に隠していた謎の小説のことは、あれからずっと気になってはいた。

 なんというか、大変人聞きが悪いのだが、俺は定期的に妹の部屋に侵入していた。

 小説が隠してあった勉強机の鍵がかかった引き出し。あそこを何度か確認しているのだが、小説の続きはなかなか書かれていないようだ。なんというか、好きな小説の続きがなかなかでないような、そんな気分。

 ……あのモモに、そんな気持ちにさせられるってのは、なんか悔しいし、不思議な感じだ。

 だが――ある時、小説が書いてあるノートとは別に、なにやら異質な物が入っていた。


 □





「……これ、見てくれ」

 俺が差し出したのは、一枚のコピー用紙をケータイ電話で撮影したものだ。

 そこにはこんな文章が印刷されている。





『例の件は、彼に知られずに進めてられていますか?』





 ただ、それだけ。

 ――『例の件』とは何か?

 ――『彼』とは誰なのか?

 こうは考えられないだろうか。『例の件』とは、何かこのタイムリーパー同士のゲームについてのこと。

 『彼』とは、俺のこと。

 つまりモモは《リーパー》で、俺と明日太のように誰かと組んでいた、なんらかの策に俺を嵌めようとしている……こんな推理が通ってしまう。

 通ってしまう、というだけだ。どうとでも解釈できる情報量の少ない文章だからこそ、嫌な方向へ考えていってしまう。現段階で、何も確証はない。

「……マジか。まあ、それっぽいというか……、あのモモちゃんがよくわからんやつと接触してる、って時点でこえーな。まあ、こんなん友達同士でそれっぽい遊びしてるだけ、とも考えられるが」

「モモが《リーパー》ってのはない……とは思う。ただ、印象だけで安心はできない。いずれタイミングを見て、明日太の力を借りるよ」

 明日太の《スキル》ならシロ判定がかなり楽になる。

「そうだな。安心が得られるならそれが一番だしな」

 同じ妹を持つ身として、抱えた不安は共有できるようだ。

 モモが《リーパー》はないにしても、例えばさっきの『太田先輩は誰かの策略で誘導されて、怪しい行動を取っている』とかが、こっちに当てはまるかもしれない。

 他には、なさそうな案ではあるが、モモが太田先輩を誘導している……とか。

 そういうどんでん返しというか、衝撃的な展開は、まあ面白いかもしれない。これが物語だとすれば――という話だが。俺としちゃ冗談じゃない。

 ただ、このゲームが未来人が楽しむための見世物である可能性だってあるのだ。

 そういう展開にするために、あえてモモを《リーパー》に選ぶというのも、ありえない話ではないだろう。

 ある種のメタ読み。どういう展開になれば面白いか。

 物語を作る者として、そういう思考もしてしまう。

 それから俺と明日太は、今後どう動くかを細かく詰めていく。

 話している間も、俺の胸の中には言葉にし難い小さな不安がずっと蠢いていた。



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